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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その126 ~珠玉のシンセサイザーソロとアンサンブル 海外編~

2023-03-24

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

ピンクフロイドのポリフォニックシンセサイザーソロとアンサンブル

前回はTOTOのファーストアルバムから、シンセサイザーソロとポリフォニックシンセサイザーによるアンサンブルなどを取り上げました。
今回はピンクフロイドによるシンセサイザーソロとアンサンブルを検証します。

「狂気」「あなたがここにいて欲しい」名盤を作り出したシンセサイザー

ピンクフロイドは英国プログレシブロック・バンドとして高い知名度を誇っています。
その代表作は1973年リリースの「狂気」です。このアルバムは発売年から1988年まで741週に渡り、チャートインした名盤として世界に知られています。アルバム発売当時、シンセサイザイーはまだ和音を出せる状況ではなく、モノフォニック(単音)シンセサイザーが主流でした。
ピンクフロンドの使用したシンセサイザーはミニモーグとEMS(エレクトリック・ミュージック・スタジオ)のシンセサイザーでした。EMSシンセサイザーは坂本龍一さんもコメントしている通り、VCO(発信機)のクオリティが良く、ミュージシャンの間では高い評価を受けていました。
アルバム「狂気」においてEMSシンセサイザーのシーケンス機能を使った楽曲、「走りまわって」を初めて聴いた人達はシンセサイザーという未知の楽器を強く意識し、刻々と変わる得体のしれない音色やシーケンス・フレーズに度肝を抜かれました。
そしてその先進的な取組や楽曲にも関心が集まり、ピンクフロイドというバンドの名は人々の胸に刻まれることになりました。

EMS Synthi AKSシンセサイザー

EMS Synthi AKS, CC-BY-3.0. (Wikipediaより引用)

イギリスのシンセサイザーメーカー、EMS(エレクトリック・ミュージック・スタジオ)社の1972年発売のモノフォニックシンセサイザー。スーツケース型でない、デスクトップ型(VCS3)も存在した。AKSの鍵盤はタッチセンサーのタイプ。指で触れて音を入力した。
EMSはブライアン・イーノもヘビーユーザーとして知られ、イーノの数多くの名盤にもこのシンセサイザーはフィーチャーされている。
楽曲、「走り回って」でのシーケンス・フレーズはギタリストのデイブ・ギルモアがこのAKSのタッチ鍵盤に触れ、「走り回って」のフレーズを再現しているシーンもYouTubeで見ることができる。

■ 推薦アルバム:『狂気』(1973年)

心臓の音からこのアルバムはスタートする。この心臓音もミニモーグシンセサイザーから合成された音。また「走りまわって」ではEMSシンセサイザーによるシーケンス・フレーズが聴かれ、そこにアナウンスや人の呼吸音、走り回る靴音なども挿入される。こういったギミックともいえる音(SE)がアルバムに効果的に使われるのは私が知る限り「狂気」が初めて。複数のSEが楽曲と混じり、ピンクフロイドの世界が展開される。
シンセサイザーはこのアルバムで楽曲のテーマをとったり、イントロ冒頭で使用されたりすることはない。何故なら当時のシンセサイザーは単音しか出すことができず、和音での演奏ができなかったという理由が考えられる。そういう意味で単音のシンセサイザーを効果的に使う方法は限られていた。
ピンクフロイドはシンセサイザーの使い処を認識し、効果的に使う頭の良さを持ったバンドだった。歴史的名盤の立役者は間違いなくシンセサイザーだったのです。

推薦曲:「走り回って」

度肝を抜くシンセサイザーのシーケンス・フレーズで知られることになった楽曲。
機械的で無機質なシーケンス・フレーズとハイハットを思わせるシンササイザー音のシンクロは人間が作り出す音楽へのアンチテーゼとして多くの人の耳をクギ付けにした。

推薦曲:「お好きな色に」

アルバム「狂気」で冒頭から唯一長めのミニモーグ・シンセサイザーのソロが聴ける楽曲。
ピンクフロイドのキーボーディスト、リック・ライトはイエスのリック・ウエイクマンやキース・エマーソンなどとは異なり、テクニックを前面にだすタイプのミュージシャンではなかった。高速フレーズや難解なコードを弾く訳ではなく、分かり易く、覚えやすいフレーズを練り上げて弾くタイプだった。ミニモーグのノコギリ波を使い、ポルタメントをかけたソロは芯があって粘り気がある。典型的なミニモーグサウンド。
リックにとってこの時期はシンセサイザーの使い方を模索している時代。ソロはピアノやオルガンで弾くもので、シンセを弾くという概念も薄かったのではないかと思われる。

■ 推薦アルバム:『炎(あなたがここにいてほしい)』(1975年)

1975年発表されたピンクフロイドの9枚目のオリジナルアルバム。結成当時のメンバー、シド・バレットの不在と想いをテーマにしている。
ピンクフロイドはアルバム「狂気」以上にシンセサイザーというテクノロジーを武器にした楽曲を志向した。
一方でアルバム「狂気」が大ヒットアルバムとなったため、彼らはそのプレッシャーとも戦わなければならなかった。
ピンクフロイドらしい「クレイジー・ダイアモンド」をアルバムの最初と最後に配し、その中間に彼らの得意とするフォーキーな楽曲が並ぶという構成になっている。
シンセサイザーは1曲目の「クレイジー・ダイアモンド」パートⅠ、そして5曲目のパートⅡではテーマを歌うパートで大きくフィーチャーされ、他の楽曲にも使用される面積を増やしている。(ダイアモンドはシド・バレットのこと)
アルバムジャケットのアートワークはヒプノシス、ストーム・トーガソンによるもの。

推薦曲:「葉巻はいかが」

このアルバムを通してミニモーグの使用頻度が高くなっている。後半部のシンセサイザーソロはミニモーグの発振器であるVCOのノコギリ波のチューニングを僅かにズラし、音に厚みを持たせている。また、ポルタメントの使い方も上手い。ソロのそれぞれのポイントでポルタメントタイムを変えながらソロに表情を持たせている。

MOOG ( モーグ ) / Minimoog Model D 2022年モデル

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推薦曲:「クレイジー・ダイアモンド パートⅠ、パートⅡ」

ミニモーグが大活躍をしている。パートⅠでのホルンを思わせる音色は三角波が使われソフトな音色であるものの、芯のあるミニモーグ特有のサウンド。僅かにポルタメントがかかっている。パートⅡも冒頭からミニモーグの音が炸裂する。パートⅠよりもVCFのレゾナンスを上げ目にし、くぐもった音色ながらパートⅠよりも強い印象を持つ音色が使われている。
いずれにしろミニモーグのサウンドはVCOの質が高く、VCFのカットオフで波形の頭を削っても、オケに埋もれない音色を確保できるメリットがある。レゾナンスの効きも鋭い。これらの特徴をリック・ライトは理解し、上手くミニモーグを使いこなしている。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:ピンクフロイド、リック・ライト
  • アルバム:「狂気」「炎(あなたがここにいてほしい)」
  • 曲名:「走り回って」「お好きな色に」「葉巻はいかが」「クレイジー・ダイアモンド パートⅠ、パートⅡ」
  • 使用楽器:EMS Synthi AKSシンセサイザー、ミニモーグシンセサイザー

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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

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