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定時で帰れるのは夢の夢?? 業務改善の方法はまだまだ、いくらでもある!

2023-06-19

テーマ:サウンドハウス創業者のコラム「Rickの本寝言」

Rickの本寝言 サウンドハウス創業者が本音をついつい寝言でつぶやく!

今から15年ほど前、サウンドハウスが成長期の真っただ中にいた頃の思い出がよみがえる。当時、会社は成長軌道を突っ走っていたことから、営業や物流など、会社の根幹となる部署においては、とにかく新人を投入しなければと、毎日のように面接をしていたことを覚えている。成長企業にとって、人材は命だ。よって、サウンドハウスでは、社長自らが陣頭指揮をとり、面接はすべて社長が率先して行い、即決即断で結果を出していた。そもそも人事部もなかった時代なので、すぐに判断しなければ仕事にならなかったのが実態だった。

そのような毎日をどたばたしていた頃、物流グループの問題が浮き彫りになってきた。それまで物流グループは、毎晩、遅くまで出荷作業をするのが当たり前になっていた。そして21時を過ぎても作業が終わらないことは珍しくなくなっていた。しかも、他部署から動員し、営業グループからは連日のごとく、誰もが1日、1-2時間は梱包を手伝っていたのだ。そして物流リーダーからはいつも、「人が足りないんです!」という声が、頻繁に聞かれるようになっていた。

そこで人事を担当していた社長、つまり自分は、物流スタッフを補充するために、相当数の応募者を直接、面接していたのだが、いくら人を入れても、一向に終業時間が早まることがなかった。そして毎晩、20時すぎ、時には21時過ぎまで、物流スタッフみんなが会社に残っている日が続いているのを見て、危機感を覚えるようになった。そして或る日、普段よりも出荷件数が100件以上少ないのにもかかわらず、何故かその日も、終業時刻が変わらず21時になったことに疑問を持った。おかしい。。。人を投入しても、他部署からヘルプ要員を出しても、そして出荷件数が減少しても、なぜ、帰宅時間が変わらないのだろう。そんな疑問を抱えていた矢先、またまた物流グループのリーダーから、「スタッフが不足しているので、時間どおり終えられないのです」というコメントが自分の手元に舞い込んできた。

既に、やり方がまちがっていることには気が付いていた。何かおかしいぞ、と思って、物流グループがやっている業務内容をじっくりと、自分なりに見つめ直してみた。そうすると案の定、スタッフの頭数が問題ではなかったということがわかってきた。そしてあちこちに落とし穴があるのが目に入り、そのために、物流業務の流れが整然とされておらず、どうみても非効率になっている部分が見えてきたのだ。これでは物流スタッフをいくら投入しても、終業時間は変わらないのは当たり前。また、勤務時間が長くなることに嫌気がさし、辞めていくスタッフが出てきても仕方がないのだ。

ところが、その思いを物流リーダーに語っても、一向に取り合ってもらえなかった。彼らの意見は一貫して「人が足りない」という一点張り。それが原因で、夜遅くまで残っている、と思い込んでしまっている。しょうもない!それが明らかに間違っていることは、自分なりにわかっていたが、さて、どうするか。決断の時がきた。そこですぐに翌日、自分自身が物流に介入して、終日一緒に作業をすることとした。

当時、決定的にまずかったことは、ひとりひとりが皆、同じことをやっていたことだ。新人もリーダーも、誰もが自ら商品を探してピッキングし、それを自分で出荷場に持ち込み、自らの手で梱包を仕上げていく。その繰り返しを、全員で行っていた。どこからどう見ても、非効率なのは一目瞭然。みんながピッキングが早い訳がない。広い倉庫、慣れている人は1分で探せる商品でも、経験がなければ、10分たっても探せない。それでも、とにかく全員が同じ作業をするという流れで、遅かろうが、早かろうが、それぞれが1日を終えていたのだ。これでは、仕事が早く終わるわけがない。

やるべきことは、すぐに見えてきた。物流業務の効率化を実現するには、職務分担、すなわち、タスクを分けてそれぞれが管理し、処理スピードを上げることが一番であると確信した。そこで自分が介入した当日、早朝からしょっぱな、すべて自分が陣頭指揮を執る、と全員の前で、まず大声で断言した。そしてやり方を大幅に変えるので、指示に従って実行するようにと、全員に指示をした。はったりか、大風呂敷か、何と思われようとも、まずは、全員で仕事を最短速度で終わらせる、という指令がかかったことを心に留めることが大事と考えてのことである。

そして物流業務の1日が始まるや否や、すぐに業務を分担化した。そして商品のピッキングと梱包するスタッフを分けるだけでなく、ピッキングにしても、できるだけ種類ごとに集中して取ってこられるように、目線で伝票を見ながらチェックし、新しいやり方を物流スタッフに指示した。そして質問があるたびに即答し、どんなことでも遠慮なく問いかけるようにと言い続けた。とにかく現場に張り付いて全員に声をかけながら、陣頭指揮を徹頭徹尾、実行したのだった。

業務の分担と、即効の質疑応答、そして素早い指示の効果はてきめんだった。その結果、無駄に動き回る人がいなくなり、だれもがおよそ、やるべきことをわきまえ、一つひとつの作業を淡々粛々とこなしていくようになった。無論、わからないことがあればすぐ聞けるように、時折、大声で「わからないことあったら、すぐこちらに聞いて!」と語りつつ、みんなの物流作業を後押しした。

するとどうだろう。たった1日の介入であったが、効果は自分の想定を上回るほど、てきめんだった。決して自画自賛ではなく、実際に起きたことだ。その前日は、終業時刻が21時を回っていた。そして自分が介入したその翌日、前日よりも出荷件数が100件ほど多かったにも関わらず、18時15分で終了したのだ。その時の達成感は今でも覚えている。そして、みんなに「ご苦労様!」と挨拶を交わしながら、ほぼ定時で帰れる「偉業」を達成したことに感動を覚えた。やればできるじゃん。。何事も。

どんな業務もやり方によっては、時間を短縮することができる。短縮ができない業務など、所詮存在しない。そういう前提で仕事に取り組むことによって、思いもよらず、良い結果を生み出し、仕事が楽になるだけでなく、自分の思うとおりの時間に帰宅することができるようになるのだ。いつか、AIが導入され、今、行っている仕事の半分が、簡単に処理されてしまうようになるのも時間の問題だろう。それまでの間、日々、業務の改善を考えて試行錯誤を繰り返しながらも、工夫をし、提案し続けることが大事だ。

こうして何事もより早く、より確実に実行し、結果を出す方法をみんなで考えていけるような会社になってこそ、真の大企業と言えるだろう。サウンドハウスはまだまだ、よちよち歩きにしか見えないかもしれない。だが、だれか一人が立ち上がって駆け出すことにより、みんなも立ち上がって歩き始め、そして走ることを覚える。今こそ、更なるステップアップができる時だと確信している。

Rick - 中島尚彦 -

1957年東京生まれ。10代で米国にテニス留学。南カリフォルニア大学、ウォートン・ビジネススクールを経て、フラー神学大学院卒。GIT(Guitar Institute of Technology)第2期生のギタリスト。80年代にキリスト教会の牧師を務め、音楽ミニストリーに従事しながら、アメリカで不動産会社を起業。1989年、早稲田でライブハウス「ペトラクラブ」をオープン。1993年千葉県成田市でサウンドハウスを創業。2001年、月間地域新聞日本シティージャーナルを発刊。主幹ライターして「日本とユダヤのハーモニー」の連載をスタートし、2010年よりwww.historyjp.com を通じて新しい切り口から古代史の流れをわかりやすく解説。2023年、一般財団法人サウンドハウスこどものみらい財団を創設し、こどもたちの支援にも従事。趣味はアイスホッケー、ピアノ演奏、トレイルラン、登山など。四国八十八ヶ所遍路を22日で巡る。グループ企業の経営指導に携わるかたわら、古代史の研究に取り組み、日本のルーツ解明と精神的復興をライフワークとする。

 
 
 
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