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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その136 追悼 アストラッド・ジルベルト ~永遠の歌姫アストラッド~

2023-06-20

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

ボサノバの歌姫、アストラッド・ジルベルトの訃報

6月8日の朝刊を開いたときに目に飛び込んできたのはアストラッド・ジルベルトの訃報でした。
彼女はボサノバの女王、ボサノバのミューズなど多くの冠をまとったブラジルの歌手です。
アストラッド・ジルベルトは1940年ブラジル北東部サルバドル生まれで享年83。世界的大ヒットとなった「イパネマの娘」を歌ったことで知られています。
アストラッド・ジルベルトは6月5日にアメリカ、フィラデルフィアの自宅で死去したとメディアが伝えていました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

アストラッド・ジルベルト(1966年), CC0 1.0 (Wikipediaより引用)

アストラッド・ジルベルトの歌唱が聴けないとは…

アストラッドは私の大好きな歌手であり、ボサノバというジャンルで一番耳にした女性シンガーでした。
歌が上手いのかと言われれば、特別歌唱技術が優れているという訳ではありません。どちらかといえば「味のある」と形容したほうがいいタイプに区分されると思います。
その歌唱は情感たっぷりに歌い上げるのではなく、あっさり、さっぱりとした歌い方でベタベタしておらず、どこからか吹いてくるそよ風のような印象がありました。それが彼女の持ち味であり、ボサノバというジャンルに最も適した声質だったのだと思います。
一度聴いたら、また聴きたくなる…。聴くものを魔法にかけてしまうワンアンドオンリーなシンガーでした。
ある種の美貌を備え、ボサノバブーム到来と同時に世界的ブレイクを果たすという幸運も味方をしました。そしてアストラッドは一発屋で終わることなく、長きにわたりボサノバというジャンルだけに括られることなくワールドワイドな活躍を続けました。その歌声が聴けなくなることは本当に残念でなりません。

ふとしたキッカケが…そのエピソードとは

アストラッド・ジルベルトは1959年にボサノバの巨匠であるジョアン・ジルベルトと結婚し、アメリカに渡りました。
アストラッドは結婚当時、プロの歌手として歌を歌ってはいませんでした。そして、ふとしたキッカケにより歌を歌うことになるのです。

敏腕プロデューサーであるクリード・テイラーがアストラッド・ジルベルトとジョアン・ジルベルトの自宅を訪れた際、キッチンで料理を作っていたアストラッドの鼻歌が耳にとまります。その鼻歌を気に入ったクリード・テイラーが急遽、イパネマの娘の英語バージョンを思いつき、レコーディングをすることになった…という逸話は多くの人に知られています。
そして1963年、アストラッド・ジルベルトは世紀の名盤「ゲッツ/ジルベルト」のレコーディングでマイクの前に立つことになります。

■ 推薦アルバム:『ゲッツ/ジルベルト』(1964年)

ボサノバ・ブームを世界中に巻き起こした永遠の大名盤。全米でアルバムチャート2位を記録。ジャズ系のアルバムがヒットチャートの2位を記録するというのはこのジャンルでは快挙だったはず。ジョアン・ジルベルトとアストラッド・ジルベルト二人の歌手に加え、サックス演奏者スタン・ゲッツ、ピアニストはアントニオ・カルロス・ジョビンなど、ボサノバの歴史を背負うことになる素晴らしいミュージシャン達が名を連ねています。

このアルバムでアストラッドは「イパネマの娘」を初めてプロ歌手としてレコーディングします。ギャラは$120だったそうです。その歌詞は母国語であるポルトガル語ではなく、英語で歌われています。この英語の歌詞がブラジルからアメリカに渡り、大ヒットのキッカケを作ることになります。
爽やかで湿度が低く、一度聴いたら忘れられない歌いまわしに世界が酔いしれる唯一無二の歌唱でした。

推薦曲:「イパネマの娘」

世界的な大名曲。アルバムタイトルの「ゲッツ/ジルベルト」では主役はスタン・ゲッツであり、ジョアン・ジルベルトである筈です。しかし冒頭曲の「イパネマの娘」ではジョアンの歌唱はワンコーラス目のみ。その後の構成はツーコーラス目とサビ部分はアストラッド、スタン・ゲッツソロ、ジョビンのピアノソロ、最後のサビもアストラッドが歌っています。私はこれまでこの楽曲の構成を気にとめることはありませんでしたが、アルバムタイトルの「ゲッツ/ジルベルト」であるジョアン・ジルベルトの出番がこれ程少ないとは意外でした。
また、ジョアン・ジルベルトがワンコーラス目をポルトガル語で歌い、ツーコーラス目をアストラッドが英語で歌うというのもおかしな話です。でも全く違和感はありません。これが彼女の歌唱によるものなのか、クリード・テイラーのマジックなのか?

この楽曲も含め、アストラッド・ジルベルトを脇役に抜擢したのはプロデューサー、クリード・テイラーの慧眼であったといえるのではないでしょうか。
脇役であるアストラッド・ジルベルトが世界の架け橋となるチケットを持っていたことに驚きを感じると共にアストラッドの歌唱こそが「ボサノバ」であったとも言うことができるのだと思います。それだけアストラッドの歌唱は圧倒的だったのです。

シングルカットされた「イパネマの娘」はジョアンのスキャット直後にツーコーラス目のアストラッドの歌唱から始まる編集が施されています。このシングルは全米シングルチャートで5位を獲得します。
そしてこのアルバムはグラミー賞の2部門(最優秀アルバム賞/最優秀エンジニア賞)を獲得。また、「イパネマの娘」が最優秀レコード賞も受賞しています。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:アストラッド・ジルベルト、ジョアン・ジルベルト
  • アルバム:「ゲッツ/ジルベルト」
  • 曲名:「イパネマの娘」

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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