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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その162 ~日本のフォーク名盤探索 吉田拓郎編~

2023-11-30

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

日本のフォーク名盤探索

今回の名盤特集はこれまでとは毛色の異なるジャンルでお送りします。
1972年から1977年位までという短い期間に国内では日本固有のフォークソングブームが起きています。
ブームの始まりは吉田拓郎さん(以降敬称略)。1972年に「結婚しようよ」で世を席巻しました。そしてこの数年間でフォークソングの名曲が多く誕生しています。
「結婚しようよ」もその中の1曲です。
この時代はフォークソングの絶頂期で吉田拓郎以外には井上陽水、かぐや姫などのスターが生まれました。
彼らは当初アコースティック・ギター1本で歌を歌っていました。時代の支持を受けたのは彼らが自身の楽曲を演奏して歌ったことです。アメリカのフォークシンガー、ボブ・ディランの影響があったのは想像に難くありません。

鍵盤楽器が支えたフォークアルバム

しかしフォークソングとはいえ彼らのアルバムにはトラディショナルな鍵盤楽器が大きくフィーチャーされ、アルバムとしての音楽的屋台骨を支えていました。
しかし中学1年生だった私にはフォークシンガーのアコギ1本で歌う行為がカッコよく映り、アルバムにどういった楽器が入っているのかなどは全く理解できませんでした。
ほとんどの若者がそうだったはずです。ハモンドのバッキングやアコースティックピアノの演奏などは耳に届かず、ひたすらアコギとアーティストの歌に集中していました。
当時、エレキギターを弾く子は不良と言われ、その風潮にシンクロするかのように私もエレキギターにある種の嫌悪をしめし、アコギが作り出す音世界にしか興味を持てませんでした。

フォークソングの旗手 吉田拓郎

吉田拓郎は当時フォークソングの旗手として賛否両論の中で日本中に名を馳せました。その中で生まれたアルバムがあります。
『元気です。』は吉田拓郎の中では最高のセールスを記録したアルバムです。もう50年以上も前のアルバムで若い人達に知る人は少ないでしょうが、隠れ名盤として紹介したら意外な反響があるのではないでしょうか。
松田聖子の楽曲やアルバムが日本のノウハウを集約して制作されたアルバムだとすれば、『元気です。』も同様、当時ではかなり洗練度の高い音楽が制作されたと言えるのではないでしょうか。このアルバムには鍵盤楽器が多くフィーチャーされており、アルバムのムードを左右するほどの大きな役割を担っています。

■ 推薦アルバム:吉田拓郎『元気です。』(1972年)

1972年にリリースされた吉田拓郎の名盤であり、日本フォークの名盤。
当時の若者を代表するミュージシャンの無垢なメッセージがダイレクトに伝わってくる。このアルバムには3つの重要な要素があると私は考えている。
まずは楽曲の良さと参加したミュージシャンのクオリティの高さ、特に松任谷正隆のキーボードプレイとアレンジ力が楽曲の良さを引き立てている。当時、バッファロー・スプリングフィールドなど、アメリカ音楽に傾倒していた松任谷の嗜好を伺い知ることができる。また、岡本おさみや吉田拓郎自身による詩の良さも特筆に値する。
この3つの要素が融合し、名アルバムが誕生した。
吉田拓郎は日本の抒情的な風景やシーンを情感をあまり強調せずに表現できるミュージシャンなのだと思う。彼の楽曲には時代の空気を想起させるピースが凝縮され、それを聴いた若者が自分事として重ねる土壌があったのだろう。それが支持を得た大きな要素であると考えられる。
歌われているテーマは今とさほど変わっているとは思えないが、日本的な風景が昭和の時代には残っていてそれを楽曲にのせて表現する術に長けていたのだ。
そこに松任谷正隆、林立夫、小原礼、後藤次利、石川孝彦といった瑞々しい感覚に溢れるミュージシャン達の技術や熱量が加わる。若い勢いを実現する包容力が現場にはあったのだろう。

推薦曲:「春だったね」

この楽曲はイントロで決まりだろう。楽曲のスピード感は松任谷正隆が弾くハモンドオルガンによってもたらされている。当時、楽曲のアレンジは譜面に細かく記された訳ではなく、ヘッドアレンジが大半を占めていたようだ。ハモンドオルガンによる冒頭部のテーマも松任谷からの提案だったと吉田拓郎がラジオ番組で話している。
ドラマーは林立夫、ベースは小原礼というハッピーエンド人脈が務めていることから演奏はシャープできっちりとしている。ハモンドのバッキングも心地いい。演奏だけを聴けば古臭いイメージはない。この演奏の上に吉田拓郎のディラン的歌唱が乗るとまさに拓郎ワールドが全開になる。

推薦曲:「せんこう花火」

日本的情緒に溢れる歌詞が秀逸。せんこう花火から展開される映像をアコースティックピアノの刻みが鮮やかに描き出す。拓郎も感傷的にならず、その世界を淡々と歌う。この辺りが彼の上手いところ。テーマを歌うフラットマンドリンの旋律も秀逸。

推薦曲:「夏休み」

歌詞は吉田拓郎自身。童謡のような素朴な作品。麦わら帽子、かえる、絵日記、夕立など、日本の原風景を歌うシーン構築が巧み。
ハモンドオルガンのアウトプットであるレスリースピーカーのスロー、ファーストを切り替えるバッキングがシンプルながらいい効果をもたらしている。

推薦曲:「たどり着いたらいつも雨降り」

バンドサウンドによる楽曲とギターとバンジョーを中心としたアレンジが巧に構成されているのもアルバムの聴きどころ。
自身の想いをストレートに反映した歌詞も見事だが、サビ以降のメロディ展開は拓郎の初期作品の中でも突出している。

推薦曲:「祭りのあと」

拓郎の楽曲と岡本おさみによる歌詞のマッチング好例。ハモンドオルガンとアコースティックピアノ、フェンダーローズ・エレクトリックピアノのアンサンブルの妙がこの楽曲のキモ。ハモンドオルガンの最初に入るタイミングとフレーズは松任谷のセンスの良さが伺える。フェンダーローズの後半におけるフィルインも素晴らしい。当時、このようなシンプルな楽曲にキーボードを3台入れてアンサンブルを構築するという松任谷の発想に舌を巻く。デビッド・フォスターじゃないんだから…(笑)。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:吉田拓郎、松任谷正隆、林達夫、小原礼、後藤次利、岡本おさみ、石川鷹彦など
  • アルバム:『元気です。』
  • 楽曲:「春だったね」「せんこう花火」「夏休み」「たどり着いたらいつも雨降り」「祭りのあと」

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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