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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その147 名プロデューサーの名盤特集 パート10~トミー・リピューマとジョアン・ジルベルト編~

2023-08-19

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

「アルバムでグラミー賞という栄誉に輝いた後のミュージシャンがリリースするアルバムをどうプロデュースするのか」という命題には難しい要素が含まれています。
音楽業界におけるグラミー賞は映画でいえばアカデミー賞と同義です。
頂点である賞を取った後にミュージシャンが目指すものは何か。さらなる多部門でのグラミーなのか、グラミー以上の何かなのか。そこにプロデューサーはどう関わるのか…。

今回のテーマはボサノバというジャンルにおける、トップミュージシャンであるグラミーアーティストをプロデューサーがどう料理をするのかを考えてみたいと思います。難題に向き合ったプロデューサー、トミー・リピューマの最終回です。

ボサノバのレジェンドと言われるジョアン・ジルベルト

ボサノバのレジェンド、ジョアン・ジルベルトはブラジルのバイーア州生まれ。父親からギターをもらったのをキッカケに音楽の道に入ります。1957年にアントニオ・カルロス・ジョビンと出会い、1958年にジョビンとヴィニシウス・ヂ・モライスによる楽曲「想いあふれて (シェガ・ジ・サウダージ)」をレコーディングします。この時にボサノバという新種の音楽伝説が始まります。

この曲はリオの若者たちの間で話題を呼び、ボサノバ・ブームの発端となります。1959年にはアルバム『想いあふれて (シェガ・ジ・サウダージ)』をリリース。ボサノバという音楽が世界に拡散されていくことになります。

■ 推薦アルバム:ジョアン・ジルベルト『イマージュの部屋』(1977年)

1977年のジョアン・ジルベルトの傑作アルバム。ある意味で先述の『ゲッツ/ジルベルト』と対極をなすアルバムと言ってもいいかもしれない。ジョアン・ジルベルトのボサノバはアコースティックギターで歌のバッキングをして自身が歌うという個人で完結するタイプの音楽。シンコペートするギターカッティングにボーカルが乗るというシンプルなスタイル。このギター奏法と歌唱との合わせ技はジョアン自身が考え出したスタイルと言われている。
実際にジョアン・ジルベルトの晩年のアルバムは『ジョアン 声とギター』『ライブ・イン・トーキョー』など、声とギター1本だけというアルバムが多い。最終的にジョアンが行き着いた音楽表現は声とギターだった。それはジョアンにとって究極のオーケストラだったのだと思う。

話をプロデューサー、トミー・リピューマに戻す。ジョアン・ジルベルトは1965年にクリード・テイラーのプロデュースしたアルバム『ゲッツ/ジルベルト』でグラミー賞を獲得している。そんなジョアン・ジルベルトにプロデューサー、トミー・リピューマはどのようなアプローチをしたのか…。

トミーはジョアンの音楽性に対し『ゲッツ/ジルベルト』とは対極をなすアプローチを試みる。その答えはオーケストレーションだった。トミーが使ったのはドイツ人のストリングスアレンジに長けたクラウス・オガーマンだった。
『ゲッツ/ジルベルト』はリズムセクションとスタン・ゲッツのサックス、アントニオ・カルロス・ジョビンのピアノ、ジョアンのギターというシンブルな楽器構成だった。しかし、トミーはジョアン・ジルベルトの歌とギターのバックにストリングスを配することを試みたのだ。

結果、トミー・リピューマの試みは大成功する。クラウス・オガーマンはストリングスアレンジのプロフェショナル。アントニオ・カルロス・ジョビンのアルバム『WAVE』やマイケル・ブレッカーとのアルバム『シティ・スケイプ』など、多くのストリングスアレンジを手掛けている。
濃厚なストリングスアレンジはシンプルなジョアンの歌の背景に奥行きを生み出し、リッチでラグジュアリーな世界を現出させた。
これがプロデューサー、トミー・リピューマが仕掛けた確信的であり革新的な演出だった。

特にマイナー系の楽曲に濃厚なストリングスアレンジが重なると楽曲に悲しみや寂しさが加わり、ボーカルと1つになることで従来のボサノバアルバムにはなかった複雑な階層や襞(ひだ)、艶を描き出すことになった。

推薦曲:「Estate(夏)」

ボサノバ、マイナー系の名曲「Estate」。ゴージャスなイントロが素晴らしい。ストリングスでしか表現できない世界。楽曲の持つ気怠さや寂寥感をストリングスアレンジが見事に後押しし、歌唱の向こう側に壮大な映像世界が描き出される。リズム隊は奥深く沈み込んではいるものの、アコギとのバランスが絶妙。間奏部分でストリングスをバックにメロディをとるのはフェンダー・ローズエレクトリックピアノというのも意外。

推薦曲:「ベサメムーチョ」

この楽曲に施された濃厚な弦が楽曲を際立たせる。リズム楽器のミックスは控え目ではあるが、薄く聴こえるリムショットやベース音はしっかりと曲を支えている。楽曲の骨格はジョアンの弾くアコースティックギターだ。
元々ジョアンの唱法は小節をジャストで歌わず、小節をわざとまたぐことで楽曲に永遠性を持たせているが、この唱法が弦と絡むことで更なる深みを加えることになった。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:ジョアン・ジルベルト、クラウス・オガーマンなど
  • アルバム:「AMOROSO(イマージュの部屋)」
  • 曲名:「Estate(夏)」「ベサメムーチョ」

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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