和製ボサノバの圧倒的トップミュージシャンは?
夏必聴!のボサノバ名盤、名曲を作曲家や演奏家などから検証してきましたが、今回からは日本人ミュージシャンによるボサノバ特集を考えています。
日本人がボサノバを歌うということにピンとくる人は少ないと思います。
しかし、日本にもボサノバを生業にした素晴らしいミュージシャンが存在しています。
和製ボサノバのマエストロ、中村善郎
日本のボサノバの第一人者と言えば、私は迷わず、この人の名前を上げます。
その人の名は「中村善郎」さんです。中村さんはボサノバの日本人ミュージシャンで、ボサノバを歌い、作詞作曲をし、演奏し、プロデュースなど幅広く活動しています。
その声はベルベットボイスと言われ、日本のジョアン・ジルベルトとも称されています。
中村さんの声にはリバーブ(残響)の成分が含まれており(私が勝手に思っています)、エフェクトをかけていなくても艶やかで、奥行感があります。まさにボサノバを歌うために生まれてきたかのような方です。
中村さんとの出会いはアコーディオン奏者の取材から…
中村善郎さんとの出会いは私が浜松で勤務していた1995年。アコーディオン奏者のパトリック・ヌジェさんの取材に遡ります。ヌジェさんは中村さんと共演歴があり、中村さんと六本木のライブハウス、ピットインに出演した際、インタビューにお邪魔したのが始まりです。
その後、中村さんには私が制作したドキュメンタリー番組のナレーションにもご出演いただきました。イタリアの世界遺産の街、アルベロベッロで静岡の染色家が奮闘する番組でした。
当初はナレーターに刑事役で名を馳せた有名男優や元関取タレントの名前が上がりました。しかし両者共、私のイメージとは異なっていました。
番組の牽引役であるナレーターの存在は番組の出来を左右する大きな要素です。中村さんの声質には人の心の内側までそっと入り込み、ある種の安堵をもたらすような独特の包容力があります。それは中村さんがサウダージ(哀愁、郷愁)の世界を歌ってきたボサノバミュージシャンだからだと思います。
繊細な染色の世界を表現するのに、私には中村さんの声が必要でした。
ローカル局の番組制作費はキー局ほど多くありません。中村さんは安価な出演料でも快諾して下さいました。
中村さんのナレーションは私のイメージ通りで、番組に豊かな風合いを与えてくれました。
■ 推薦アルバム:中村善郎『エスキーナ/街角』(1991年)

中村善郎さんは1952年生まれ、大阪府出身のボサノバ歌手であり、シンガーソングライターであり、ギタリスト。77年より南米へ遊学。ボサノバを学ぶ。
この「エスキーナ/街角」は氏の2枚目のアルバム。ブラジルテイストもあるが、ヨーロッパの香りも漂う。それはこのアルバムでデュエットをしているピエール・バルーさんによるものではないかと思う。ピエールさんはクロード・ルルーシュ監督の名作、「男と女」でサントラ(作:フランシス・レイ)を歌い、同映画にも出演している。「エスキーナ/街角」はボサノバのフルアルバムではあるが、このアルバムにはヨーロッパの洗練された知性のようなものも内包されている。
推薦曲:「春」
中村善郎さんと橋本一子さんによるデュエット。待ち望んだ春の到来といった、ウキウキとしたムードが漂う。ピアニスト、フェビアン・レザ・パネさんの弾くアコーディオンやヤヒロ・トモヒロさんのタンバリンといった楽器のアンサンブルも良く考えられている。中村さんの曲の良さやアレンジ力も光っている。
推薦曲:「出会い」「僕がサンバを作る時」
6曲目の「出会い」と10曲目の「僕がサンバを作る時」はタイトルの違う同じ曲。
「出会い」の詞は中村さんとピエール・バルーさんの合作で、バルーさんと中村さんによるデュオにアコースティックピアノのフェビアン・レザ・パネさんが加わったトリオ編成になっている。2人のデュエットはなかなか聴けるものではなく、貴重なトラック。 「出会い」という楽曲は中村さんとバルーさんとの邂逅により生まれたもので、日本、パリ、リオデジャネイロという距離を超えたボーダレスな風合いに溢れている。
中村さんはピエールさんに直当たりで共演を申し込んだが、なかなか同意は得られず、何日もピエールさん宅に通いつめたというエピソードがある。中村さんのボサノバ愛がこの名トラックを生んだといえる。
「僕がサンバを作る時」はバンドアンサンブルに中村さんのギターとボーカルが加わる。
とてもポップであり、ブラジルの伝統とヨーロッパのエスプリが混在している。フェンダーローズ・エレクトリックピアノを弾くフェビアン・レザ・パネさんのバッキング、オブリガートは素晴らしいの一言!
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲、使用鍵盤
- アーティスト:中村善郎、ピエール・バルー、フェビアン・レザ・パネ
- アルバム:「エスキーナ/街角」
- 曲名:「春」「出会い」「僕がサンバを作る時」
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