イージーリスニング?ボサノバの音楽的正体は?
前回に続き、夏必聴!のボサノバ名盤、名曲を作曲家や演奏家などから検証するパートⅢです。
ボサノバはちょっと耳にすると、ただのBGMに聞こえてしまいます。百貨店やスーパーなど、商業施設のBGMで流すのにうってつけの音楽です。実際デパートでは季節に関係なく、ボサノバを耳にすることは多くあります。ボサノバは耳にきつくなく、邪魔にならない音楽、イージーリスニングミュージックだからです。ボサノバは聞き流せば、どうっていうことのない音楽に聞こえます。
しかし、曲の成り立ちは複雑で実際に演奏しようとすると、かなり難しく、テクニカルな音楽であるという側面があります。
ギターで弾こうとすれば、フォークソングの様なダイアトニックコード、Am 、Em 、G、Cといった3つの音で構成する簡単なコード(和音)は殆ど出てきません。譜面にはメジャーセブンスやナインス、サーティンス、オーギュメントなど、多くのテンションノートを含んだコードが並びます。
このテンションコードこそがボサノバの浮遊感やリラックス感を演出する正体です。譜面上のテンションを弾かずにダイアトニックコードで演奏しても、ボサノバの雰囲気を出すことができません。
何気ない楽曲が実は高度だとは…この辺りが音楽の面白いところだと思います。
夏の定番ボサノバのもう一つの重要盤は?
前回のボサノバクロニクルからのもう一つの歴史的重要盤はアントニオ・カルロス・ジョビンの「波/WAVE」。このアルバムは「ゲッツ/ジルベルト」に続き、クリード・テイラーがプロデュースした。
クリード・テイラーは数多くジョビンの名盤などをプロデュースしていますが、私はこの「波/WAVE」を推薦します。
■ 推薦アルバム:極上BGMと称されたボサノバの超名盤 アントニオ・カルロス・ジョビン『波/WAVE』(1964年)

お薦めの理由はやはり、楽曲の素晴らしさです。このアルバム、「ゲッツ/ジルベルト」と異なる点はインスト主体(ボーカル曲はラメントのみ)であることと、「弦」がフューチャーされていることです。
私は弦の入った音楽は余り好みではありませんが、このアルバムは別です。 弦のアレンジはクラウス・オガーマン。オガーマンの弦が「波/WAVE」の格調を高め、極上のリラクゼーションミュージックの形成に寄与しています。ボサノバは弦との親和性が高いといわれますが、このアルバムを聴けばその理由が分かります。オガーマンの弦がジョビンのメロディに寄り添い、時には旋律をとり、ジョビンミュージックをより際立たせています。
クラウス・オガーマンは弦アレンジの巨匠であり、マイケル・ブレッカー、ビル・エバンス、マイケル・フランクス、ジョージ・ベンソン、ダイアナ・クラールなど、多くのミュージシャンと共演しています。
また、ジョージ・ベンソン「ブリージン」、ダイアナ・クラール「クワイエット・ナイト」ではグラミー賞の最優秀アレンジ賞も獲得しています。
キリンが走る様子を捉えた歴史的写真がジャケットに!
アルバムジャケットに使用されている写真は米国人写真家ピート・ターナーによるもの。ピート・ターナーは大学で写真を専攻し、「ナショナル・ジオグラフィック」誌からキャリアをスタートしている。ヴァーブやCTIなどのジャズ・レーベルのジャケット写真も撮影した。この「波/WAVE」もピートの撮影した作品。
「波/WAVE」のジャケットは2種類あり、緑色のものと赤色のものが存在する。キリンが走る際には4本の脚が大地から離れているのは知られておらず、この写真で明らかになった。地球規模の自然や動物などをテーマに掲載する「ナショナル・ジオグラフィック」でのキャリアがあることから、この写真が撮影されたのにも納得がいく。

もう1つの「波/ウェイブ」アルバムジャケット
「A&M」など、ジャズ・レーベルのジャケットに起用されたピート作品は数多い。ブルーノートレーベルの一連のジャケットとは異なり、更にモダンで洗練されたデザインになっている。
その中核を担ったのが、ピート・ターナーの写真だ。ウエス・モンゴメリー「ザ・デイ・イン・ザ・ライフ」、CTIオールスターズ「リズムスティック」、ジム・ホール『アランフェス協奏曲』など、数多くのジャズジャケットに使用され、ジャズのイメージを分かり易く視覚化した功績は大きい。
2006年発売のピートのアルバム・カバー集『The Color of Jazz』の序文で、稀代のプロデューサー、クインシー・ジョーンズはピートの写真を絶賛している。
ピート・ターナー撮影によるアルバムジャケットの数々

「リズムスティック」CTIオールスターズ

「ア・デイ・インザ・ライフ」ウエス・モンゴメリー

「アランフェス協奏曲」ジム・ホール
推薦曲:「波/WAVE」
「イパネマの娘」に次ぐジョビンの超名曲。世界のスタンダートとなっている。ジョビンはこの楽曲でピアノとギターを演奏している。ガットギターのイントロから始まり、爽やかなAメロをジョビンのピアノが奏でる。サビの美しさもさることながら、ジョビンのピアノに寄り添う弦の爽やかさは筆舌に尽くしがたい。
2コーラス目でメロディを弾ききれていないのはご愛敬。ジョビンは決して上手いピアニストではないが、独特の味わいがあり、朴訥としたその語り口は自身の音楽性をよりふくよかなものにしている。
推薦曲:「レッド・ブラウス」
イントロからロン・カーターのベースラインにジョビンのガットギターが乗る。Bメロのジョビンによるピアノブリッジ後から密やかにオガーマンのストリングスが絡む。ブリッジからサビへの展開はジョビンのピアノとオーケストラのアンサンブルが絶妙。フルート、ピッコロ、ホルン、トロンボーンなど、柔らかな音の割り振りが楽曲に色彩感を加えている。2分台の曲が多い中、この曲のみが5分オーバーの長尺。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム
- アーティスト:アントニオ・カルロス・ジョビン、クラウス・オガーマン
- アルバム:「波/WAVE」
- 曲名:「波/WAVE」「レッド・ブラウス」
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