
私たちが耳にしているものは、音源が周囲の環境の影響を受け、耳と脳により音として変換されたものです。この記事では、人の聴覚に関するある側面と、それによる音の知覚への影響について考えてみます。
聴覚マスキングとは
私達の耳と脳は、聞いた音のイメージを頭の中に作ります。音は、耳の器官(鼓膜、骨、蝸牛など)に直接伝わり、聴覚神経を通して受ける情報を脳により解読します。聴覚マスキングと呼ばれる音の知覚を変えてしまうという、興味深いものがあります。
聴覚マスキングは、ある音の存在により、ある音の認識が損なわれることです。周波数領域でのマスキングは、同時マスキング、周波数マスキング、スペクトラムマスキングとして知られています。時間領域でのマスキングは、テンポラル・マスキングまたは非同期マスキングと呼ばれます。この記事では、「聞きたい音が同時に鳴っているマスキング音により損なわれる」同時マスキングについて説明します。
マスクされた場合の閾(しきい)値
「マスキングされた場合の閾(しきい)値」の意味について考えます。まず、「マスキングされていない閾値」は、マスキング信号が存在しない状態で認識できる最も小さい信号レベルと定義されます。これに対して「マスキングされた場合の閾値」は、マスキング信号と組み合わされたとき、認識できる最も小さい信号レベルです。
マスキングの量はマスクされたときと、されないときの差で表します。例えば、「マスキングされていない閾値」が20dBで「マスキングされた場合の閾値」が36dBのとき、マスキングの量は16dBです。
聴覚マスキングのテストは、まずテスト信号の「マスキングされていない閾値」を計測します。それから、マスキング信号を固定の音圧レベルで出力しながら、テスト信号を同時に流します。テスト信号のレベルを徐々に上げていき、「マスキングされた場合の閾値」を計測します。
近い周波数の同時マスキング
同時マスキングは、原音と同じ長さのノイズ(マスク音)により原音が聞こえなくなることです。マスク音が原音の「マスキングされた場合の閾値」をどれだけ上昇させるかは、原音の周波数とマスク音の周波数に依存します。
最大のマスク効果が起こるのは、マスク音と原音が同じ周波数のときです。原音がマスク音の周波数からずれるほどマスクの影響は少なくなります。この現象は「同一周波数マスキング」と呼ばれています。マスク音と原音が同じ可聴フィルター領域にあり、両者(原音、マスク音)を区別できない状態です。
図1では410Hzを中心としたマスク音を使用した、同時マスキング現象を表しています。聞こえ方への影響はマスク音の強度により大きくなることがわかります。低いレベルでは、マスク音が20から40dBあたりの音なら、聴力に影響を与えません。マスク音強度が50~80dBに上昇すると、特にマスク音より高い周波数で影響は広くなります。これを「上昇拡散マスキング」と呼び、干渉音は、低い周波数より高い周波数の信号をより強くマスキングすることを示しています。

低周波数におけるマスキング
150Hzマスキングトーンを使用して実験、効果は高周波に向かって広く上向きに広がります。聴覚マスキング現象は強くなり、音声スペクトラム全体に拡張していくことがわかります。

音の知覚変化
スピーカーとサブウーハーのセットアップにより聴覚マスキングが音の認知にどう影響を及ぼすかを考えます。上記の例とグラフから、低周波数から中低域周波数の再生レベルが高いと、聴覚マスキングが起こり、高い周波数のサウンドの聞こえ方に影響を与えると予想できます。
PAシステムにおいて、屋内、屋外問わず、サブウーハーが過剰な低音を再生するとき、聴覚マスキングが起こり、中低域がぼんやり濁ったようになり、明瞭さやダイナミクスが失われるように感じます。中低域がぼやけて焦点がずれ、特定の楽器のレベルが低すぎと感じられ、ミックスのバランスが崩れます。中低域領域において、音の一部が失われるのです。
スピーカー1台でも部屋の角、2面の固い壁に近づけて置かれ、低域の減衰が起こらない場合に同じ現象が起きます。配置により、スピーカーの音響放射特性が変わり、200Hz以下で最大12dB低域の増幅が発生。これによって、中低域の音が聞こえにくくなります。
音のマスキングを最小限にする
過剰な低音が生成され、結果的に理想のサウンドが得られない場合はよくあります。これを防ぐ答えはとてもシンプルです。
PAを使用してミックスやダイレクトの過剰な低域レベルを減らします。低音が物足りないと最初不満を感じるかもしれません。しかしながら、そうすることにより、中低域に対して音の明瞭さやクリアさをすぐに取り戻すことができます。適切なバランスが重要です。
実際に、過剰な低音レベルをどうやって減らすか。1つは、ミキサーのメイン出力のミックスバランスを調整。特に録音済みのサウンドを再生する場合はPAシステムにて調整する必要があります。QSC K.2シリーズ・スピーカーとKSシリーズ・サブウーハーはEQが搭載されていて、200Hz以下をシェルビングフィルターにより簡単に調整できます。この使いやすく簡単なEQによりマスキングを調整し、ユーザーシーンとして内部メモリーに保存、いつでも呼び出し可能です。
また、QSC TouchMixミキサーは、EQによりメインやAux出力を精密に調整する機能を搭載しています。
結論
過剰な低周波の音は、音のマスキング効果を発生させ、特定の音を聞こえにくくします。低域レベルを下げることにより、ミックスにおいて全要素のバランスが取れ、適切な立体感のあるサウンドステージを作ることができます。私たちが聴いている音は、音源、環境、そして私たちの耳と脳が音をどう認識するかという、複雑な組み合わせの相互作用であることを忘れないでください。それゆえ音を調整するあらゆる要素を正しく理解する必要があります。
参照
Egan, J.P. and H.W. Hake, On the masking pattern of a simple auditory stimulus. The Journal of the Acoustical Society of America, 1950. 22(5): p. 622-630.
Tobias, J.V., Low‐frequency masking patterns. The Journal of the Acoustical Society of America, 1977. 61(2): p. 571-575.