「ジャズ」という音楽になじみの薄い方々でも、気軽に聴いてみようというコンセプトの当ブログ。今回は第87回アカデミー賞にノミネートされた映画「セッション(Whiplash)」に登場する楽曲『Caravan』をご紹介します。
■ 楽曲『Caravan』について
ビッグバンドでもコンボジャズでも人気のCaravan。この曲は前回ラストにネタ的に紹介していたデューク・エリントン (Duke Ellington) と、その楽団に所属するトロンボーン奏者のファン・ティゾール (Juan Tizol)が1935年に作曲しました。特徴的な激しいビートによって、アフロ・キューバン・ジャズの代表曲と言えます。
また途中のリズムチェンジ(アフロ・キューバン ↔ 2ビートジャズ)があることにより、初心者の登竜門として使われているようにも思いますね。上記の通りビッグバンド・ジャズでも演奏されることから、しばしば吹奏楽でも演奏されるようです。
楽曲の構成としてはA-A-B-Aの64小節。特徴的なイントロは演奏者によってカットされることもありますね。素早いビートに対して、意外と旋律はゆったりとしています。ジャズにおいてテンポの速い楽曲は概してこのような傾向にあります。
この旋律とテンポのギャップによって、アレンジの可能性が無限大に広がっており、実際近年のジャズミュージシャンによるアレンジはとても面白いのです。
■ 色々なアレンジを比較してみよう
今回はそんな『Caravan』について、複数のバージョン(アレンジ)を比較してみる、という実験を行いましょう。ジャズの面白い部分は、アレンジの方法や組み合わせが無限にあるということ。『Caravan』は生まれてから90年近く経過しており、今までに数多く演奏されていることからも、長く愛されている楽曲であることが分かりますよね。
・Duke Ellington版『Money Jungle』
やはりまずは原点からですよね。デューク・エリントンはビッグバンド・ジャズをけん引する存在として人気の高い作曲家・編曲家・ピアノ奏者・オーケストラリーダー。「デューク」は公爵という意味のニックネームであり、それほど身だしなみや立ち居振る舞いを気にしていたという逸話が残っています。カウント・ベイシーやベニー・グッドマンのような、まさにビッグバンド・ジャズ全盛期のアーティストと肩を並べる実力者です。
作曲家としての才能も素晴らしく、東京ディズニーシーのビッグ・バンド・ビートで演奏されることでも有名な『It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing)』や、ジャムセッションの定番曲『C Jam Blues』、可愛らしい雰囲気が特徴の『Satin Doll』など彼の代表曲を聴いたことがある方も多いのではないでしょうか。
演奏者、リーダーの才能としては、前回のブログで最後にご紹介した『Take the ‘A’ Train』は彼のバンドのテーマ曲とも呼ばれるほど知名度が高く、またジャズ史に残る名演も多くあります。
・映画『セッション』サウンドトラックから
冒頭でご紹介した映画にて、エンドロールまでのラスト9分、緊迫した雰囲気の中演奏されます。映画中の音楽に対する価値観自体は、ジャズ奏者としてあまり良く思わなかったのですが、ただ音楽を志す者であれば絶対に見るべき9分間だと考えています。
「ジャズ」は決して”オシャレな”音楽というだけではない、ということを訴えてくれるのが何ともアツい。
そういえば個人的にジャズドラマーに「バース(管楽器などのソロ→ドラムソロを短く繰り返す演奏)」や「ドラムソロ」って楽しい?と聞くと、だいたい嫌いと返ってくるんですよね。これくらい演奏できれば楽しいだろうなあと思いつつ、難しいし完全に1人になってしまうのが心細いのでしょうか。
いずれにせよセッションのラスト9分間に交わされる、孤独なアンドリューと熱血フレッチャーのわずかな機微も映画の魅力のひとつです。
・ビッグバンド版 (The Steven Feifke Big Band feat. Chad Lefkowitz-Brown & Jimmy Macbride)
このビッグバンドアレンジは『セッション』を観た当時、検索してハマっていたバージョンです。結構スタンダードなアレンジではありますが、イントロ部分はラテンらしさを抑えつつ、リズムを崩すことで怪しげな雰囲気を醸し出しています。
途中で2ビートに戻すという手法はビッグバンドでは良く取られるアレンジであり、正直めちゃくちゃテンション上がりませんか?このアレンジの譜面もバンド側で販売しているので、もし興味を持ったジャズプレイヤーがいましたらYouTubeの概要欄もチェックしてみてくださいね!
・Art Blakey & Jazz Messengers版『Caravan』
ドラマーがリーダーを務めるジャズメッセンジャーズ。やはり『Caravan』においてもブレイキーのかっこいいドラムが光ります。イントロ部分は、コンボジャズでありながらピアノが担当するという、ほかのアレンジと異なっている点も面白いです。
本アルバムはブレイキーがリバーサイド・レコードと契約した後の最初のアルバムであり、このリバーサイド・レコードは、初回にご紹介したBill Evansが契約していたことでも有名ですね。まさに彼の代表作、そして傑作ともいえる『Portrait in Jazz』『Explorations』『Waltz for Debby』『Sunday at the Village Vanguard』も、リバーサイド・レコードが出版しています。
話を本題に戻して、このアルバム中のブレイキーはかなりアグレッシブなドラムソロを披露します。0:00~0:30、5:02~7:17、8:24~8:50の合計3分にも及ぶ長いソロの中にもジャズの魅力とも言える「緊張感」が常に張り巡らされ、ドラマーとしての才能を感じざるを得ません。
・Wynton Marsalis版『Marsalis Standard Time - Volume I』
このアルバム全体を通して、マルサリスなりにスタンダードを再解釈したような異質なアレンジが多く、『Caravan』も例に漏れずかなりトリッキーと言えます。
4拍子でリズムを取ると、テーマ部分でおっとっと、となりませんか?実は、Aパートのラスト4小節だけ、ベースは2拍目を頭にしているという、結構変態的なアレンジになっているのです。(もっと言えばピアノもだいぶテクニカルなことをしていますが、話が長くなるので触れないでおきます……)
もちろん、マルサリスのソロパートも最高です。個人的にはマーカス・ロバーツのピアノソロが綺麗めなので、もうちょっと『Caravan』っぽさがあってもなあとは思いますが……。結局その辺も含めてジャズの再定義と言えるアルバムなんですよねえ。
・上原ひろみ版 (Hiromi’s Sonicbloom)『Beyond Standard』
いきなり余談ですがジャズをテーマにした漫画『BLUE GIANT』が映画化した際、劇伴に上原ひろみを起用しており、大変驚きました。「あの」上原ひろみを使ったのか!?という。
さて、このBeyond Standardというアルバムですが、収録されたどの楽曲もかなり不思議なアレンジを施されている、というのが特徴です。
上原ひろみ以外にも、Aパートのラスト2小節を短く取る、という遊び方をするアレンジもあり、「思ったより一般的なんだな」と感じたことを覚えています。
また、当の上原ひろみはジャズ奏者というよりもプログレ寄りみたいな部分も多く、全体的に後年のMOVEやALIVEに通ずるポイントがあるように感じます。
いかがでしたでしょうか。私がジャズで最も面白いと思うことの1つが、このアレンジや解釈の幅です。リズムだけを取りあげても、上のように様々なバリエーションがあり魅力的だと思いました。
今までの「聴いてみよう!ジャズ入門」では、視聴環境を構築する商品をご紹介してきましたが、いっそ部屋ごと用意しても良いのではないでしょうか?
たとえばこんな簡易防音室を用意して、大音量で楽しんでみちゃうとか!!