近年、至る所で耳にするようになった「キャビネット・シミュレーター」。
単体機にとどまらず、デジタル系のペダルを中心に、あらゆる機材に搭載されるようになった機能ですが、「正直、よく分からず使ってる」そんな方も、多くいらっしゃるのではないでしょうか。
ということで、今回はキャビネット・シミュレーターの意味するところから使い方までを、ざっくりとレクチャーいたします。
◆ キャビネットとは
キャビネットは、エレキギター用の独立したスピーカーシステムを指します。
本来はスピーカー本体(スピーカーユニット)をマウントする”箱 (筺体)”の事なのですが、エレキギターの世界では、スピーカーユニットと筺体を含めたシステム全体をキャビネットと呼んでいます。

スピーカーユニット(左)とキャビネット(右)
また、アンプとスピーカーが一体になっているコンボアンプでは、特にキャビネットという呼び方は使われませんが、性質は同じなので、「キャビネット = ギター用のスピーカーシステム = コンボアンプのスピーカーの部分」
と考えていただければと思います。
まとめると下記のようになります。
スピーカーユニット |
:音を発する本体部分 |
スピーカーシステム |
:スピーカーユニットを筺体にマウントして、使用できる状態になったもの |
キャビネット |
:ギター用のスピーカーシステム |
◆ ギター用のキャビネットは、クセが凄い。
ギター用のキャビネットは、PAやホームオーディオ用のスピーカーシステムとは特性が大きく異なります。
端的にいうと、高音域が出にくく、中~低音域がブーストされたような特性になっています。
稀にiPodなどのポータブルプレーヤーを接続できる家庭用アンプがありますが、いざ鳴らしてみると、すごくモコモコしたサウンドになるのが分かるかと思います。
他にも、大型のキャビネットではいわゆる”箱鳴り”感があったりと、通常のスピーカーとは大幅に異なるチューニングがされているのがギター用のキャビネットなのです。
しかし、逆に言うと、その”クセ”がないと誰もが聞き慣れた”エレキギターのあの音”にはなりません。
試しにギター用のキャビネットを使用せずに、エフェクターボードやプリアンプから直接ミキサーやPA用のスピーカーに接続して音を出してみても、シャリシャリとしたチープな音しか出ないことがわかります。
つまり、ギター用のキャビネットを使用しないと、”エレキギターらしいイイ音”が出せないのです。
しかしながら、誰もが家に防音室やレコーディングスタジオを完備していて、いつでもキャビネットを鳴らして大音量で練習や録音ができるわけではありません。
そこで登場するのが、キャビネット・シミュレーターです。
キャビネット・シミュレーター、通称キャビシミュは、ギター用のキャビネットを通した際に得られるサウンド特性の変化を疑似的に再現する機能(機材)です。
例えばヘッドホンで練習したい時や、ギターから直接PCに接続して録音をするときなどに、実際のキャビネットを鳴らしているわけでは無いにもかかわらず、あたかもキャビネットを鳴らしてそれをマイクで拾っているかのような迫力のある音を再現することができるのです。
◆ キャビシミュの種類
1. ダミーロード内蔵タイプ
最もベーシックなのは、まさにキャビネットの代わりとして、ギターアンプのスピーカーOUT端子に接続するものです。
TWO NOTES ( トゥーノーツ ) / Torpedo Live

たとえばこのTorpedo Liveであれば、ダミーロードを内蔵しているため、スピーカーレベルの信号を直接入力可能です。そのため、アンプのパワー管の特性までそのまま生かすことが出来ます。
2. ダミーロード無しタイプ
スピーカーレベルの信号は入力できません※が、アンプのラインアウトや、プリアンプペダルなどから接続することが出来ます。パワーアンプを通せないため、パワーアンプの特性を再現することが出来る、パワーアンプシミュレーター機能を装備したモデルもあります。 ※別途ダミーロードを接続することでスピーカーレベルのシグナルを入力することができるモデルもあります。

3. マルチエフェクターやプリアンプなどの中に内蔵されたキャビシミュ。

最近のマルチエフェクターの中には、あたかもエフェクターを選ぶかのようにキャビネットモデルやマイクモデルを選択して使用できるモデルが多くラインナップされています。つまり、エフェクターの一つとしてキャビシミュを選択し、ONにすることによって、そのキャビネットを通して鳴らしたかのようなサウンドを簡単に得ることが出来るのです。
◆ ギターアンプを使用するときは基本的にキャビシミュを使用しない。※
キャビシミュのことをよく理解されている方なら、当然と思われるかもしれません。
ギターアンプ(キャビネット)とキャビシミュを同時に使用することは普通ありません。
キャビネットを二回通すことになるからです。
つまり、キャビネットを鳴らしてマイクで拾った音を、もう一度別のキャビネットに入力することになってしまいます。
もちろん音作りに正解など無いため、いい音が出ればそれが正解なのですが、この”キャビネット二回通し”をすると、モコモコしてレンジが狭く、抜けない音になってしまう傾向にあります。
ですので、本物のキャビネットやコンボアンプを使用するときは、キャビシミュやマイクのシミュレーターはOFFするのがオススメです。
※キャビシミュとキャビネットを並行して使用することはあります。例えばアンプのスピーカー出力をキャビネットに接続し、同時にLINEアウトからキャビシミュに接続して両者を同時使用します。
「キャビシミュを使用しない」というのは、簡単なように思えますが実は、「知らないうちにやってしまっている」ことがあります。
たとえば先に紹介させていただいた、Torpedoなどの、単体の機材としてのキャビシミュであれば、その機材を使用しないか、バイパスすればいいだけです。
気にかけていただきたいのは、マルチエフェクターやプリアンプなどの中に「内蔵されたキャビシミュ」です。
キャビシミュをエフェクターの一つとして扱うマルチエフェクター系の機材では、キャビネットモデルをシグナルチェーンから外すなどして、意図的にキャビシミュをOFFにする設定が必要です。それを忘れてアンプに接続してしまうと、先程の説明したキャビネット2回通しになってしまいます。 よくあるのが、キャビシミュを使用して自宅で練習を行った後、そのままの設定でスタジオのアンプに接続してしまう、というケースですね。
ひと昔前のマルチエフェクターなどでは、「ヘッドホンが接続されるとキャビシミュがONになる」なんていう仕様のものもありました。
最近のモデルは、仮想上のシグナルチェーンの中にキャビシミュを、エフェクトの一つとして組み込む形で設定するモデルが多いので、アンプを使用する時と使用しない時とでプリセットを使い分けることが必要になってきます。
◆ アナログのキャビシミュとデジタルのキャビシミュ
キャビシミュのサウンドは、アナログ回路のモデルとデジタル回路のモデルで大きな差があります。
アナログのキャビシミュは基本的に、キャビネットを通した時のサウンドに近くなるように周波数特性を調整するものです。あくまで似せているだけなので、再現度という意味ではデジタル系のものに劣るのですが、利点は何よりレイテンシーがなく、アナログならではのオーガニックなレスポンスが得られる点です。
完全アナログのキャビシミュペダル、SUHR ( サー ) / A.C.E.

アナログのキャビシミュを搭載するプリアンプペダル、AMT ELECTRONICS / R-2


デジタル系のキャビシミュで多いのが、IR (Impulse Response)と呼ばれる技術を使ったもの。これは、ざっくりとした平たい説明にはなりますが、キャビネットを通すことによって得られる音の変化を関数に変換し、再現する技術です。音の再現度は非常に高く、ハイエンドなものだと実際のキャビネットを使用した音と聞き分けがつかないレベルのサウンドが得られます。しかし安価なモデルなどでは、いわゆる「マルチ感」のあるサウンドになりがちだったり、若干のレイテンシーがあったりします。
XLR出力やAUX入力、ヘッドホン端子など、入出力が豊富なキャビシミュ・ペダル、HOTONE ( ホットトーン ) / OMNI IR CAB IR Loader

◆ ライブでもキャビシミュ!?
基本的には実際のギターアンプからキャビネットを通して使用するであろうライブでも、時にキャビシミュは大活躍します。
例えば、ライブハウスに用意されているアンプのサウンドが自分好みでない時や、マイキングや音作りにあまり時間をかけられない時など、キャビシミュを使用してPAシステムにライン接続することによって、どんな環境でも自分好みのサウンドを安定して出すことができます。
また、ラインで接続することによりアンプからの生音がなくなるので、PAチームにとっては最適なミックスを作りやすくなり、小規模のライブハウスなどでも、理想的なバンドサウンドを得やすくなります。
もし身近に、「生音が大きすぎて、PAさんもお手上げ!」なんていうギタリストがいたらキャビシミュとライン接続を勧めてあげてください。
◆ まとめ
エフェクターで音を作り、アンプで出す。
初心者の方にはこういう認識を持っている人が多いと思いますが、アンプやスピーカーがサウンドにどれだけ大きな影響をもたらしているのか、なんとなくご理解いただけたのではないかと思います。
キャビシミュは、実際にアンプを鳴らさずにエレキギターらしい迫力のあるサウンドを再現することができる、非常に便利なアイテムです。正しく使えば、レコーディングや練習を非常に充実したものにしてくれるはずです。