前回はシンセサイザーと残響関連の話題をお届けしました。
残響は音楽のムードやイメージを形作る為に欠かすことのできない重要な要素です。
残響が無ければ音楽はこの世に存在していないのかもしれません。
今回は前回のテーマを受け、「残響なくしてこの曲はない」と言っても過言ではない名曲と自身の身体を残響装置として使う稀有なミュージシャンを紹介したいと思います。
ワン&オンリーな英国バンド10㏄!
10㏄はギターとキーボードを操るエリック・スチュワート、ベースギターのグレアム・グールドマン、ケヴィン・ゴドレイ、ロル・クレームの才人4人で結成。
英国人特有のユーモアやエスプリを内包し、独特の世界を構築するバンドでプログレ的な側面もあったことから当時はプログレシブ・ポップバンドなどと呼ぶ人もいました。
特にテクニカルな音ではありませんが、音楽の中に想像を超えたアイデアや洒落た仕掛けがあり、それが10㏄の聴きどころでした。
エリックとグレアムは後にWAXというバンドでも名を馳せ、ケヴィンとロルはゴドレー&クレームのロックデュオとしても活躍しました。
さらにゴドレー&クレームはミュージックビデオのクリエイターとしてもその才能を開花させ、MTV全盛のアメリカで引っ張りだことなり、多くの賞を獲得しました。
またモーフィングという映像エフェクトも開発。「クライ」という楽曲では人の顔のアップサイズが次々と変化するビデオ作品も話題となりました。
■ 推薦アルバム:『オリジナル・サウンドトラック』/10㏄(1975年)

1975年にリリースされた10㏄の大ヒットアルバム。
このアルバムは一遍の映画サウンドトラックを想定し制作された名盤。めくるめく10㏄の音楽絵巻を聴くことができる。彼ら特有の美しい泣きのメロディやポップセンスがアルバム全体に散りばめられている。
推薦曲:「I’m not in love」
世界的メガヒットとなった「I’m not in love」は全英1位、全米で2位を獲得。
この楽曲は多くのリスナーから愛され、爆発的大ヒットとなった。現在でもこの楽曲をカバーするミュージシャンは後を絶たない。
この楽曲の最大のポイントは、ボーカルの背景に滲むようなパッド(男性コーラス)が流れていること。パッドといっても、この楽曲が制作されたのは1970年代中盤。ポリフォニック・シンセサイザーなどは存在していない。メロトロンで作ったとも考えられたがメロトロンのコーラスの持続音は7秒間しかないのでメロトロンとは考えにくかった。
現在ならばこのパッド的な音を出すのは難しくないが、当時は一体どうやってこの音を作ったのかが大きな話題になった。
ギターのブリッジ近くに装着する特別なエフェクターでコーラス音を作っているなど、様々な情報がメディアに流れた。しかし全てがガセネタで、その実態が明らかになったのは随分後になってからのことだった。
10㏄は「Ahaaa~」という数人のコーラスをテープに録音。その録音テープをかなりの回数ダビング。更にそのテープを繋ぎ合わせ楽曲に充てたという。
テープの長さは膨大でスタジオから廊下までを周回する程だったという。
超アナログなことを実践し、そのテープに深い残響をかけた。マニュファクチャー的苦労が実り、大ヒットに繋がったことになる。SN比は決していいとは言えないが、ボヤっとしたコーラス音と深い残響音がかえって楽曲に奥行きを持たせ、「I’m not in love」の特異なムードを作り上げる結果となった。
10㏄は起伏の少ない楽曲の中でポイントとしてアコースティックピアノを使っている。このアコピの音がコーラス音の中に際立つような効果をあげ、見事としか言いようがない。また深く残響をかけた女性の囁き声など、多くの仕掛けを含んでいる。
残響の長さや深さがAメロ、Bメロなど、ポイントポイントで変わり、絶妙に構成されている。残響のお宝箱とでも言いたくなる楽曲だ。
ボビー・マクファーリンの場合
自身の身体と空気の揺れを上手く使って音楽をしているミュージシャンがいます。その人の名はボビー・マクファーリンです。
ボビーはジャズ系のボーカリストであると同時にパーカッショニストでもあり、ベーシストでもあります。パーカッショニストといっても実際にパーカッションを使う訳ではありません。自身の胸などを手で叩き、ベース音をシミュレートしたパーカッシブな音を出します。
ボビーが親指や手のひらなどで胸を叩き、同時に声を発すると単に声を出したときの音でなく、親指や手のひらが身体に当たった音、胸の気道を通る音などが声と一緒に発せられます。そして口の形を変えることで様々なパーカッシブ音(声)を出します。まさに身体が残響装置として機能しているのです。
ボビーはボイスパーカッションやベースボイスを駆使し、ピアニストとのデュオなどで音楽を作り出します。
ボビーから発せられる声は時にはスラップベースだったり、4ビートを刻むウッドベースの様にも聴こえます。明らかに身体のある部分の空気が揺れた音がボビーの身体全体から発音されます。
■ 推薦アルバム:『ランデブー・イン・ニューヨーク』(2003年)/チック・コリア

チック・コリアの芸歴40周年、生誕60周年を記念して2001年12月に制作されたライブアルバム。多くのジャズレジェント達との共演を聴くことができる。
その中のハイライトがボビー・マクファーリンとのデュオだ。
2人によるデュオは息つく暇もない程のテンションに溢れ、しかもリラックスしている。インプロビゼイションというジャズ本来の楽しみを満喫できる。
推薦曲:「アランフェス~スペイン」
チック・コリアの名曲中の名曲。ホアキン・ロドリーゴによるアランフェスのメロディ部分からスペインのテーマまではボビーの変幻自在のスキャット。その後のテーマのコード進行から、ボビーの胸を手のひらで叩く音とボビーのベースボイスがスタートする。サンバビートのベースラインであるが胸を叩くハンドクラップとベースボイスが絶妙なグルーブを生み出す。その上をチック・コリアのアコースティックピアノのインプロビゼーションが炸裂する。
ボビーのベースボイスを聴くとボビーの身体が鳴っているのが分かる筈だ。ハンドクラップとボイスパーカッション、ベースボイスが一体となった、身体が響く音が伝わってくる。胸を叩いたその瞬間に喉や胸の奥から出る独特なパーカッシブ音は、空気のコーティングを纏い、更に低音ベースボイスに深みと艶を与える。身体自体が残響装置になっているからだ。
アコースティクピアノによるインプロビゼーションと、ボビーによるパーカッシブなスキャットとベースボイスが混在一体となって大団円を迎える。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:10㏄、エリック・スチュアート、グレアム・ゴールドマン、ケビン・ゴドレー、ロル・クレーム、ボビー・マクファーリン、チック・コリアなど
- アルバム:『オリジナル・サウンドトラック』『ランデブー・イン・ニューヨーク』
- 推薦曲:「I’m not in love」「アランフェス~スペイン」
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