オープンリールの基本構造をSATINの内容に沿って解説したいと思います。 SATINは、オープンリールを構成する部品を数種類モデリングして、それを自由に組み合わせて使えるようになっています。よって特定のオープンリールをモデルにしたものではなく、より汎用的な構成となっています。
オープンリールの物理的な構造がイメージできるように図を用意してみました。 ただし、ヘッド構成はデッキによってさまざまなので、ここでは一番シンプルな構成にしています。
テープスピード ips(Inch Per Second インチ/秒)
テープスピードは音質にかかわる重要な要素です。 オープンリールは速度を可変でき、通常は15ipsで録音されマスタリングも行われます。 一般に普及したカセットテープが1.875ipsなので、8倍も速いことが分かります。
速度インチ/秒 | 速度センチ/秒 | |
---|---|---|
1.875 | 4.75 | コンパクトカセットテープ速度 |
3.75 | 9.525 | |
7.5 | 19.05 | 低速度 |
15 | 38.1 | 標準速度 |
30 | 76.2 | 高速度 |
テープ幅は下記表のようにいろいろあります。 トラック幅もいろいろですが、カセットテープが0.6mmに対してオープンリールの代表的なトラック幅は1mmと広く、テープスピードも速いため、記録面積が増えます。またダイナミックレンジも拡大するので、結果的にS/N比が向上します。カセットテープのようなヒスノイズに悩まされない要因です。
テープ幅(インチ) | テープ幅(ミリ) | |
---|---|---|
1/8 | 3.81 | 4ch コンパクトカセットテープ |
1/4 | 6.35 | 4ch 一般向に売られていたサイズ |
1/2 | 12.7 | 8ch マルチトラック用 |
1 | 25.4 | 16ch マルチトラック用 |
2 | 50.8 | 24ch マルチトラック用 |
SATINのテープスピードは、1.875~30ipsなので、 オープンリールの枠を超えてカセットテープのスピードまで扱えます。 さらに無段階なので、実機では無理な設定も可能です。
またテープスピードは、音質だけでなく、ヒスノイズの周波数特性が変化します。 速いと中域が凹んだドンシャリで、15ips当たりはホワイトノイズに近く、遅くなるとピンクノイズのようになっていきます。 ノイズと音質のバランス、本物であればコスパも考慮して15ipsが標準的に使われました。
音サンプルです。SATINなし、30ips、15ips、7.5ips、1.87ipsという代表的なテープスピードを順番に鳴らしています。 分かりやすいようにノイズレベルは最大にしています。 ノイズの音質が大きく違うことが分かると思います。 またスピードが落ちるにつれて、高域がこもる方向になっています。 SATINでは、Pre-Emphasisでギャップロス調整をすることで改善は可能です。
テープの種類
オープンリールではノーマルテープが主流で、他の種のテープはあまり使われません。 一方、カセットテープは、IEC Type I(ノーマル)、II(ハイポジション)、 IV(メタル)と、かなりバリエーション豊かです。当初は手軽な記録用として開発されたカセットテープ規格ですが、音楽用として使われ始めてから一気に音質改善されていきます。 テープ種増とノイズリダクションシステムは、限られたサイズやスピードの中で音質改善するための手段でした。
このカセットテープで開発された高性能テープは、オープンリールにはあまり展開されませんでした。 ハイポジション対応デッキは、たまに見かけますが、多くはノーマルポジション専用でした。 その基本性能の高さから、音質もノイズレベルも不満がなかったことがうかがわれます。
SATINのテープ種はModernかVintageしか選べません。 おそらく両方ともノーマルテープですが、音質の傾向が違います。 下画像は、なるべく倍音が出る設定にした状態で、1kHzのサイン波を入れたところです。 ノイズ量と倍音の出方、そして安定性が変化します。 Vintageは入力を上げていくと高域が飽和し、中低域が強くなります。
下音サンプルは、SATINなし、Modern、Vintageに切り替えています。 Modern、Vintageで、かなりノイズの音量差があるのが分かります。 またヒスノイズは聞き取りやすいように最大にしています。 音楽的ではありませんが、かなり高周波のグロッケンのような音を使っています。 このような、きわめて高い音にノイズは引っ張られやすいので、それが確認できると思います。
VUメーター(Volume Unit Meter)
SATINにはAES-17に準拠した針式風VUメーターと、LED風ピークメーターとなっています。 これらは入力もしくは出力の切り替えが可能です。
VUメーターに馴染みがない人が多いと思いますが、多くの民生用カセットテープデッキに搭載されていた普通のメーターでした。 そもそも1939年に米国のベル研究所、CBS、NBCによって、電話回線信号の音量感をモニターするために開発された古い規格で、現在では時代にそぐわなくなり、RMSやラウドネスメーターに置き換わりつつあります。しかし音楽制作では、その使い勝手の良さから、まだまだ現役で使われ続けています。
VUメーターは他のメーターと少し使い方が違っていて、基準値を自分で決めてよいメーターです。 SATINの調整範囲は-24~0dB。レファレンスレベル(0VU Ref.)は-12dBが初期設定となっています。 設定値は自由ですが、用途や慣習で-12dB、-16dB、-18dBがよく使われているように思います。 考え方としては一番見たい閾値を0dBに設定するという感じでしょうか。 実機であるアナログUVメーターは毎回調整します。1kHzのサイン波を-12dBのレベルで出力し、VUメーターで0dBになるように設定します。SATINはデジタルなので、ノブで値を設定するだけで特に調整の必要はありません。
原理は割愛しますが、VUメーターの針は300ms後を表示するため、反応は少し鈍くなります。 その代わり音量感とマッチした動きになり、人間の感覚に合っていると言われています。 対照的にピークメーターは、信号の一番高い値の瞬間を表示するため、機敏で人の感覚とは少し違う印象になります。動きを監視するというよりも、見逃してしまうような瞬間のピークレベルの監視です。
また目盛りが対数表示になっているところもポイントで、-20~+3dBが標準的です。 リニアな目盛りですと、忙しくメーターが動いてしまいますが、 対数目盛りでは適正音量付近だけを監視するという感じです。 VUメーターは0dB付近を監視するためのものです。
SATINではVUメーターとRMSメーターの切り替えが可能になっています。 RMSは実効値を表し、2乗平均平方根で計算するメーターで、その針の動きから、おそらくラウドネスメーターと同じ400msの平均だと思われます。とてもゆっくりした針の動きになるので、VUが機敏と感じられた場合は、RMSを使うのもありかもしれません。 何といってもレファレンスレベルを自由に設定できる、対数目盛りRMSメーターになるので、他にはない使い勝手が得られます。
個人的にはプラグインというか、PC上でのメーターは、どれも使い勝手が悪いと感じています。 特にVUで気持ちよく見れるメーターは見たことがありません。 アナログは滑らかな針の動きをしますが、プラグインでは滑らかな動きはできません。せいぜい30fpsぐらいでしょうか。どうしてもピクセルごとにガタガタしてしまいます。 特に実際のメーターを意識した扇形タイプのメーターの動きは、さらにぎこちなさが増してしまいます。 そういう意味ではSATINは針風ですが、直線的な動きなので、ぎこちなさを最小限に食い止めています。 プラグイン用として、よく考えられているメーターだと思います。
次回はオープンリールならではのメカ部分について解説します。
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