前回までのローズ・ピアノ特集は一旦、ポーズをとり、今回の特集はシンセサイザーという電気の楽器にかける残響をテーマに考えていこうと思います。
この話は前から取り上げたかったテーマです。私たち達の周りの音楽に残響が付いていないものは存在しません。そんな残響と残響装置、残響が生かされた音楽についてご紹介します。
音が響き、空気が震えるとは…
バスタブに浸かって歌を歌うと、下手な歌でも上手く聞こえます。上手く聞こえるのは残響という効果によるものです。
昔のバスルームは一般的には狭く、部屋全体にタイルが貼られていました。小さなバスルームで発せられた声は固いタイルの壁にはね返り、上手になった気になる響きを作り出しました。一般的な表現をすればエコー(残響)がかかっていたことになります。山に登り、「ヤッホー」と叫んで山にはね返って聞こえる「やまびこ」も立派なエコーです。
アコースティックギターは、本体に弦の鳴りを豊かにするボディを持っています。アコースティックピアノも、ハンマーで打弦された音が響く響版や躯体に空間を有しています。バイオリンやウクレレなども同様です。
その空間から残響が起き、生音と共に我々の耳に届きます。
残響のないドライな音は、人間にとってあまり心地良いものではありません。
ヨーロッパで誕生したバイオリン。日本古来の和室で演奏した場合、あまりいい音には聞こえません。和室の構造は音が響きにくい素材によって構成されています。畳や障子、襖、土壁などは音を吸収し、豊かな響きを作り出すことはありません。
一方、ヨーロッパは石の文化が背景にあります。私がお邪魔したウィーンフィルのトランペット奏者のお宅は、ほぼお城でした。天井は高く、壁の素材には石が使われていました。デッドな和室に対して、とてもライブな空間でした。
この時、素材の違いで聞こえ方や響きが違うことを目の当たりにしました。
以前、シンセサイザーの特別番組を制作中にカワイ楽器さんの無響室に入ったことがありました。無響室の扉が閉まった瞬間、「これは一体…何?」ということと「気持ち悪い」という2つの言葉が浮かびました。
実際の無響室は四方をスポンジのお化けのような吸音材に囲まれ、中に入る人間はその吸音材のお化けに囲まれた空間の中心にいるのです。
中に入った途端、強力な何かで耳が塞がれたような感覚に陥りました。周囲の音は全く聞こえてきませんし、話をしても違和感しかないのです。平衡感覚もなくなったように思えました。
楽器メーカーは、製作した楽器の音の特性などをこの無響室で測定をするそうです。

無響室の内部, CC BY-SA 4.0 (Wikipediaより引用)
無響室から出た瞬間、自分はどれだけ多くの音やノイズの中に生きているのかと言うことを強く意識しました。音は様々なところに様々な状況で存在し、反射し、我々の耳に入ってくるのです。音は空気の振動であり、音の響かない、空気が揺れない世界に我々人間は存在できないだろうと思いました。
空気を揺らさないシンセサイザーの原音
さて、楽器の話に戻ります。シンセサイザーは単なる機械装置です。機械装置からアウトプットされる音はケーブルを通ってアンプで増幅されます。シンセサイザーからアウトプットされた音は、アンプに届くまでのプロセスで空気を揺らすことはありません。そしてアンプから出た音を聞いた場合、随分そっけない音に聞こえます。
それはシンセサイザーから出た音に残響という「空気のコーティング」がされていないからです。
アンプには大概、リバーブ(残響)のつまみが付いています。残響のレベルをアンプ側で設定することができます。アンプから出た機械装置の音は、残響を加えることで艶やかな使える音に生まれ変わります。
シンセサイザーに絶対必要な残響装置。ディレイ、リバーブ!
残響の装置には幾つかの種類があります。ディレイ(反響)やリバーブ(残響)です。
私たちがラジオやCD、レコードで聴く殆どの音にはディレイ、リバーブが様々な形でかけられています。特にシンセサイザー音は言わずもがなです。
最近、殆どのシンセサイザーにはディレイやリバーブは内蔵されています。逆に高価なプロフェット5やミニモーグなどのプロ仕様のシンセサイザーには、内蔵されていない場合もあります。レコーディングの際にプロは内蔵されているディレイやリバーブは使わず、高価な外付けのエフェクター(ディレイ、リバーブ)をかけるからです。
アマチュアレベルのシンセサイザーには殆どの場合、残響エフェクターは内蔵されています。シンセサイザーの生音に残響は欠くことのできない要素だからです。
モノフォニック時代のシンセサイザーは
1976年頃のシンセサイザーといえばコルグのminiKORG700Sかコルグ800DV、ローランドはSH-3、SH-5といった単音しか発音しない(800DVは2音)モノフォニック・シンセサイザーが主流で、まだヤマハはモノシンセをリリースしていませんでした。
当然、アマチュアにとって残響装置などは夢のまた夢の世界でした。
私はSH-5を所有していましたが、大学の軽音楽部のミキサーには残響装置はなく、むき出しのSH-5の音で練習をしていました。当時は残響に対する知識がなく、SH-5から出るその音はザラザラなシンセ音でした。
大学2年生の頃、BOSSのアナログディレイを3万数千円で購入。
渋谷のライブハウス「屋根裏」で観たスペース・サーカスのライブでギタリストの佐野さんが同じアナログディレイを使っていたので、そのセッティングを記憶し、同様のセッティングでSH-5にかけると音が見違えるようになりました(変な日本語です)。佐野さんスミマセン(;^_^A。
「残響」という重要なファクターをこの時に思い知らされました。
■ 推薦アルバム:『U.K. 憂国の四士』(2003年)

プログレッシブ・ロックの大御所であるジョン・ウエットン(B)、エディ・ジョブソン(key)、ビル・ブラッフォード(Dr)、アラン・ホールズワーズ(G)の4人が集まり、結成したスーパー・プログレバンド「U.K.」。
キーボードのエディ・ジョブソンはフランク・ザッパバンド、カーブド・エア、ロキシー・ミュージックなどを渡り歩いたマルチキーボードを操るテクニシャン。ミニモーグ、ヤマハCS80、プロフィット5、EMS VCS3など、プレイするシンセサイザーは多岐にわたる。
推薦曲:「アラスカ」
「シンセサイザー」、「残響」というテーマで一番最初に思い浮かぶのがこの楽曲。
ヤマハの6音ポリフォニックシンセサイザー、CS80 1台で演奏されている。まるでオーケストラが演奏しているかのように聴こえる。その要因はこの音色に深くかけられたディレイ。たっぷりとした残響がホーンや弦のリアル感を高めている。
数年前、ヤマハのワークステイションシンセMODXに特別プログラム特典としてCS80 の音をインストールした。すると「アラスカ」そっくりな音色に出くわした。まさにあの音だった。深く残響エフェクトがかけられていた。
ためしにエフェクトをキャンセルした。「生音はこんな音なのか…」何とも言えない気持ちになった。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:エディ・ジョブソン、ジョン・ウエットン、ビル・ブラッフォード、アラン・ホールズワースなど
- アルバム:『U.K. 憂国の四士』
- 推薦曲:「アラスカ」
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