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蠱惑の楽器たち 94.u-he SATIN テープエミュレータ 概要

2024-11-20

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 楽器

u-heのオープンリール・テープエミュレータのSATINを紹介したいと思います。 注意点としてはカセットテープのエミュレータではないことです。 そして特定の機種のエミュレートではなく、設定に幅を持たせてあります。 他のテープエミュレータにはない機能としてはコンパンダ(ノイズリダクション)のdolby(A、B)とdbx(I、II)も付いています。 正確なエミュレーションは、実際にエンコードされたテープのデコードにも使えるレベルです。 またテープエコーとテープフランジの機能も備わっています。 こちらは、やや飛び道具的な機能ですが、実際にオープンリールを使って、そのような試みがされていました。 歴史を知るという意味でも面白いと思います。

u-he ( ユーヒー ) / Satin テープマシン・エミュレーター・プラグイン

業務用オープンリールデッキとは

1950年代から1990年代ぐらいまでの半世紀にかけて、音楽業界の録音を支えたのがオープンリールです。 スタジオでの録音にはオープンリールが使われ、その上でミックスなどの作業がされていました。 しかし1990年代後半にもなると、デジタル化が進みコンピュータ上での作業に移行していきます。 完全デジタル化はクリアでノイズがなく、作業効率も上がりました。 しかし2000年代に入ると、テープ時代の独特な音質が見直されるようになります。 テープを通すと解像度は落ちるのですが、一体感や気持ち良い飽和感などがあり、温かみのある音になります。 解像度が高くクリアな音が必ずしも心地よいとは限らないわけです。 人が聴いた時に、どのように感じるかということが最も重要なことになります。 そこにはスペックだけでは通用しない世界が広がっています。 この時期からテープだけでなく、アナログの良さというものが見直されるようになり、現在に至っています。

下写真は録音スタジオでよく使われていたStuder社のオープンリールデッキです。テープ幅は2インチ(50.8mm)あり24トラック扱えます。90年代までのほとんどの曲は、このようなオープンリールを通った音となります。

Studer A827 analog 2inch 24-track, CC BY-SA 3.0 (Wikipediaより引用)
Ampex Grand Master 456 2" multitrack tape, CC BY-SA 2.0 (Wikipediaより引用)

以前、テープ関係の歴史の記事を書いたので、参考までにリンクを貼っておきます。

テープエミュレータの必要性

2010年ぐらいからでしょうか、各社がプラグインとしてテープエミュレータを出すようになりました。 SATINの発売は2013年です。10年以上経過した2024年現在もメンテされ続け、今年新しいバージョンが出てCLAP(CLever Audio Plug-In)にも対応しました。 現在テープエミュレータは珍しくなくなりましたが、テープに馴染みがない世代も多く、その必要性に疑問を感じる人も多いと思います。その効果も微妙で分かりにくいので、このコラムでは、なるべく音サンプルも付けて解説したいと思います。

テープエミュレータを使う理由は、微妙な音質変化にあります。以下のような効果がありますが、それぞれが関連していますので、順を追って説明します。

効果1 テープ・コンプレッション

一番わかりやすいのがコンプレッション効果です。 テープは録音時に入力ゲインを上げていくと、あるレベルから音が潰れ出します。 まるでコンプレッサーのように作用し、ダイナミックレンジを狭める効果があります。 音の潰れ方は、比較的自然で、コンプレッサーのようにスレッショルドできっちり切るような動きはしません。 音質は多くの場合、太く迫力のある音になっていきますが、上げ過ぎると音が割れてしまいます。 以下の動画はサイン波のレベルを上げていった時の歪み方です。丸みのあるアナログ的な矩形波に変形しています。

実際の音源サンプルです。ドラムなどが分かりやすく、アタックは潰れ飽和していきます。 まずはSATINを通さない音です。

次にSATINを通した音ですが、分かりやすいように、強めに潰しています。 低音が出て、全体的に迫力が出ています。 波形ピークレベルは上記と、ほとんど同じですが、音量感が違うのが分かると思います。 これがテープコンプの効果です。

効果2 テープ・ノイズ

テープに録音すると無音でもサーというヒスノイズが発生します。 本来邪魔者のノイズなので、除去するためのノイズリダクションが開発されてきました。 しかし、わずかなノイズであれば、それほど邪魔ではなく、むしろサチュレーション効果の一部として歓迎される場合もあります。

ヒスノイズだけの音を用意しました。実際のノイズは100dB前後のレベルですが、下サンプルはノイズだけを20dBぐらいまで持ち上げてノイズの音質を聞き取れるようにしています。 そして、テープスピードを30ipsから1.87ipsまで徐々に落としてます。 テープ速度によって、ノイズ成分が大きく変わることが分かると思います。

下はプリセットのSE A827 30ipsのノイズを測定したものです。 -100dB前後にノイズが乗っているのが分かりますが、このレベルは音量をかなり上げないと聞き取ることが難しいレベルです。

効果3 テープ・サチュレーション

サチュレーションという言い方をしたときは、飽和したような歪みのことを指しますが、 同時に倍音成分の付加も起きているケースが多く、非線形な特性を持っています。 代表的なサチュレーションとしては、真空管とテープでしょうか。アナログ回路には大なり小なりサチュレーション効果はあります。 上記のコンプ、ヒスノイズも入力信号に反応するため、サチュレーション効果に影響を与えます。

具体的に付加される倍音成分について見てみます。 まずSATINを通さない1kHzサイン波を鳴らし、次にSATINをオンにし、最後にSATINに1kHzサイン波を通しています。下記設定は、音の違いを明らかにするために、かなり極端に倍音成分を発生させています。

SATINを通すと、倍音が生じるだけでなく、高域成分がノイズと共にナイキスト周波数まで豊富に出てきます。 また3、5倍音等の奇数倍音が出るようになります。 入力がない無音時はヒスノイズも下がり、ほとんど聞こえなくなります。

効果4 接着効果

かつてのテープ全盛期のように、すべてのトラックにテープエミュレータを使い、ミックス後にも通してみます。 昔のテープ録音では、オーバーダビングやピンポン録音も使われ、テープダビングがかなり行われていました。ノイズが増えていく問題と、鮮明さが失われていきますが、逆に温かみが増し馴染みが良くなり、トラック全体の一体感が出ます。エミュレータを使う場合はノイズの調整もできますので、ベストな音質を作り出すことが可能になります。

各トラックにSATINをインサートして使う場合、グループ化することで、設定を共有することができます。例えばストリングスを扱う4トラック全てで同じ設定にしたい場合、微調整を4トラック分行うのは手間です。そこでグループ化して、1回の操作で4トラック分を連動させることができます。 最大8グループまで作れるので十分でしょう。

SATIN側では以下のように設定します。Groupを切り替えるだけで、この例だと7トラック分の操作ができます。

アンサンブルでの効果です。まずはSATINを通さない音です。

次にSATINを通した音です。わずかに音が柔らかい方向に変化させました。 極端にすると劣化となり意味がなくなるので、テープの風味を加えた程度にしています。

テープエミュレータの使いどころ

テープエミュレータを通すと、いずれも原音を劣化させる処理をします。 テープコンプに関しては、コンプレッサーの代替とも言えますので、必要性は理解できます。 しかしサチュレーションやヒスノイズは、解像度やS/N比が下がり、一般的に音質劣化ということになるので、疑問が出るのも当然のことです。どこに心地よさを求めるかで答えは変わってくると思います。

テープエミュレーターの必要性は、何を作りたいかというコンセプトで決まります。 生音と同等の音を録音に求めるならば、現代の技術を駆使しても難しく、録音、再生装置を含めて、まだまだ発展途上です。 逆に少し昔の独特なアナログ感が欲しい場合、機材が新しいと再現が難しくなります。 そうなると古い機材の活用となりますが、古い高価な機材を揃えるのは現実的ではありません。 本物のオープンリールは現在製造されておらず、中古しかなく、入手方法、メンテナンスなど課題が山積みになってしまいます。 そこでエミュレーターが使われるようになります。 近年のPCの高速化のおかげでエミュレート技術が満足行くレベルで実装できるようになってきました。 また長年培ってきたテープならではの良いお手本が音楽文化として膨大に蓄積されています。 20世紀に録音された音楽のほとんどはテープ録音で作られたものです。 この事実を認識し、テープエミュレータのあり方を考えるとよいかもしれません。

次回から数回に渡ってSATINが持つ機能とテープ技術について解説していきたいと思います。


コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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