日々働いていると、にっちもさっちもいかなくなったり、ストレスが溜まったりと、なにかしら生きにくい社会であります。そういう時に音楽は気持ちを鎮める役割をしてくれます。音楽がなければ自分の人生はもっと殺伐としたものになったことは容易に想像できます。
そんなとき、個人的にはパンクな音やヘビメタを聴く気持ちにはなりません。特にギター、ベース、ドラムといったトリオによる演奏は全てではありませんが音的に少しキツく感じてしまいます。例外もありますが……。
私はそんなトリオの音に鍵盤楽器が加わることで全体がまろやかになり、アンサンブル的に「かど」が取れた音になると考えています。特にパッドの音などは全体を包み込みますからリラクゼーション・ミュージックにはマストアイテムといえるかもしれません。
そしてそんな音楽が過去、日本にも存在していました。
前回は1978年にリリースされた『Pacific』をご紹介しましたが、今回のオープニングは同様のシリーズからリリースの第4弾です。
アルバムのコンセプトやアプローチは同じベクトル上にありますが、ミュージシャンが違うとまた別の音楽が聴こえてくるのがこの世界の面白いところです。
■ 推薦アルバム:『シーサイド・ラバーズ』松任谷正隆、井上鑑、佐藤博(1983年)

松任谷正隆、井上鑑、佐藤博という日本を代表するキーボーディストが集結して制作されたオムニバス形式のリラクシング・ミュージック。当時、流行っていたリゾート・ミュージック的な観点でのシリーズ第四弾。立川直樹氏が担当した「ビーチ・ハウスを舞台にした幻想のラブストーリー」という良く分からない(笑)コンセプトがベースになり制作された。
3名のキーボーディストでありアレンジャーであるミュージシャン達だけに、どれも粒ぞろいの楽曲ばかり。このアルバムは海外でも人気が高く、輸入盤でアナログ再発もされたという驚きの一枚。
推薦曲:「ラバーズ・パラダイス」
印象的なメジャーセブンスのコードが連なり、松任谷正隆お得意の弦フレーズがからむ。アコースティックピアノの水彩画的ハイトーンで幕を開ける。
インストバージョンかと思いきや途中からリゾート感漂う女性ボーカルが入る。Jポップの要素が強い。松任谷氏は景色を想起させる音楽制作が上手い人だ。
推薦曲:「イブニング・シャドウズ」
フェンダーローズとシンセサイザーの絡み合いからリン・ドラムマシーンのフィル・インという佐藤博の名盤、『アウェイクニング』の1曲を彷彿させる楽曲。
ベンディングを効かせたシンセサイザーソロは佐藤博の真骨頂。絡まり合うキーボードの積み重ねはまるでモザイクの様だ。
■ 推薦アルバム:『TAKANAKA』(1977年)

『虹伝説』が一番、いや『JOLLY JIVE』でしょう!と高中正義のアルバムを語る時に必ず出てくるのが2つのアルバムタイトル。しかし私のナンバー・ワンはこのアルバム以外には考えられない。高中正義がメジャーになる前の音が聴ける。
日本の音楽シーンを背負って立つ若手ミュージシャンが一堂に会し制作された。アルバムの仕上がりは若いエネルギーと勢いが横溢した素晴らしい内容となった。
若手ミュージシャンは村上ポンタ秀一(Dr)、深町純(key)、佐藤博(key)、小原礼(B)など。彼らがその後のミュージック・シーンに与えた影響は計り知れない。
それ故か、複数のボイス・パーカッションによるイントロや楽曲展開においても多くのチャレンジが見られる。シンセサイザーの使い方にも各ミュージシャンの個性と気概が反映されている。まるで「音楽の実験室」のようだ。
そんなミュージシャン同士の化学反応の中からラテン風味色濃いリゾート・ミュージックが聴こえてくる。
推薦曲:「サマー・ブリーズ」
日本の梅雨が明けていく景色を鍵盤楽器で見事に表現している。梅雨明けを思わせる雷鳴の音はミニモーグシンセサイザー。雨雲の間から太陽光が射す光景はソリーナ・ストリングス・アンサンブルで。品のいいMXRのフェイザーが時間経過までもイメージさせる。そこにフェード・インしてくるのはアープオデッセイのサンプル&ホールド(S&H)音。ランダムに響く音程感のないS&Hの音はかなりのチャレンジだったのではないか。そこにギターのキメフレーズが被り音楽がスタートする。この展開だけでも一聴に値するトラックだ。結構、ファンクなJポップリゾートミュージック!

ソリーナ・ストリングス・アンサンブル(Wikipediaより引用)
ソリーナはストリングスやホーン系の音が出るオランダ製の鍵盤楽器。70年代に大活躍し、ポリフォニックシンセサイザーの役割を果たしていた。当時55万円という高価な鍵盤楽器だった。日本メーカーもソリーナを模した機材を半額程度でリリースしたが、ソリーナ程の音質ではなかった。私もコルグのポリフォニックアンサンブル・オーケストラ、PE- 2000(27万円)という楽器を所有していた。音質は悪くはなかったが今一歩だった。
ソリーナは音楽の種類を問わず、プロミュージシャンの間ではファーストチョイスだった。
■ 推薦アルバム:『渚にて』スティーブ・ハイアット(1983年)

ファッション・フォトグラファーであるスティーブ・ハイアット。1960年代、プロのギタリストとして活動をする。ディレクター、デザイナーを経てプロの写真家へ転向するという異色のミュージシャンでもある。『Vogue』等のファッション誌で写真家としても活躍。このアルバムと同じタイトルの写真集も発売され、話題を呼んだ。
南の島で聴く音楽……このアルバムは外国人アーティストによるものですが、日本のミュージシャンも多く参加しているので内容の素晴らしさからのリストアップです。
スティーブ・ハイアットが東京滞在中に加藤和彦やムーンライダーズの岡田徹、白井良明らとレコーディングした隠れ名盤。
スティーブ・ハイアットは全編にわたり深い残響をかけたエレキ・ギターをプレイ。
レイジーなムード漂う環境音楽の様で技術的には取るに足らないもの。しかし統一されたアルバムの世界観は素晴らしく、ボサノバに通じる脱力感に惚れ込んでしまった。これが音楽の面白いところだと感心する。間違いなく、チル・ミュージックとしてもお勧めだ!
カメラマンだけあり、ジャケット写真も一味も二味も違う。光と影の使い方が素敵すぎる!
私はリリース当時のアナログ盤を所有。レコード売却の際、普通1枚50円程のアナログ盤がこのスティーブ・ハイアットの盤に限って3000円以上の値が付いたのには驚いてしまった。
推薦曲:「ブルー・ビーチ - Welcome To Your Beach」
アンビエント・ミュージックであり環境音楽の香り漂うオープニングの楽曲。全編に渡りブルージーで浮遊感漂うギター・サウンドにやられてしまう。肩の力抜けた演奏が心地よい。
スティーブの音楽はスティーブ自身が描く景色が見えているのだろう。どこに行きたいのか、そのために「何」をするのかが分かっているクリエイターのしたたかなメンタリティを感じる。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:松任谷正隆、佐藤博、スティーブ・ハイアット、加藤和彦など
- アルバム:『シーサイド・ラバーズ』『TAKANAKA』『渚にて』
- 推薦曲:「ラバーズ・パラダイス」「イブニング・シャドウズ」「サマー・ブリーズ」「ブ ルー・ビーチ - Welcome To Your Beach」
コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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