前回は楽曲「スペイン」を端緒にしたフェンダーローズエレクトリック・ピアノの名盤を紹介しました。
今回は本来の名曲がボーカルバージョンに生まれ変わり、さらに名曲の呼び声にふさわしい新たな楽曲が生まれたアルバムを紹介できればと考えています。
長い間、音楽を聴いていると「アレ?この曲、インスト曲のはずだけどボーカルバージョンがあったんだ」と思うことがあります。有名曲のメロディは脳みそが記憶しているのでこういうシーンは意外によくあることではあります。さらにその楽曲に耳を傾けているとアレンジやメロディのフェイク部分などが分かり、それはそれで楽しい瞬間であります。
そしてそれがメジャーな楽曲ならばなおさらです。
そして今回の楽曲は「バードランド」です。
この曲名「バードランド」はニューヨーク、マンハッタンのジャズクラブの名称で、バードとはジャズの巨人であったチャーリー・パーカーのニックネームです。
この「バードランド」にはチャーリー・パーカーはもちろんのこと、マイルス・デイビスやアート・ブレイキー、ジョン・コルトレーンといった多くのジャズの巨人たちが出演したことでも知られています。
■ 推薦アルバム:ウェザー・リポート『ヘビィ・ウェザー』(1977年)

ジャズファンであればこのアルバムを知らない方はいないだろう。スーパーグループであるウェザー・リポートが1977年にリリースした7枚目のアルバムだ。このアルバムは前作「ブラック・マーケット」で2曲のみで参加だったベーシスト、ジャコ・パストリアスがミロスラフ・ビトウスに変わりレギュラーメンバーとなり、スーパーグループの名を決定的にした大名盤だ。
ウェザー・リポートのキーボーディストであるジョー・ザビヌルのジャコ・パストリアスの評価は「エレクトリックベースでウッドベースの音を出せるベーシスト」。これまでにジャコの様なミュージシャンは見たことがなかったという。ジャコはフェンダー、ジャズベースのフレットレスでアコースティックベースの音を出す類まれなミュージシャンだったのだ。
アルバム『ヘヴィ・ウェザー』はダウン・ビート誌から5つ星の評価を受け、読者投票では1977年のジャズ部門で「アルバム・オブ・ザ・イヤー」を獲得!グループ最大のヒット作となった。
ウエイン・ショーター、ジョー・ザビヌル、ジャコ・パストリアスという稀代の音楽家3人がスーパーな化学反応を起こしたことはこのアルバムを聴けば理解できる。
推薦曲:「バードランド」
『ヘヴィ・ウェザー』の冒頭曲が「バードランド」。この「バードランド」は既にジャズのスタンダード・ナンバーとなっている。
一度聴いたら忘れないキャッチーなベースラインを受けてジャコ・パストリアスがフレットレス・ベースでピッキング・ハーモニクスを使いメロディを歌う。ジャズというカテゴリーに収まらないポップでキャッチーな楽曲が幕を開ける…。
作曲はキーボーディストのジョー・ザビヌルだ。これほどのキャッチーな楽曲はジャズのフィールドでは後にも先にも思いつかない。
私はウェザー・リポートが1980年に来日した時にジャコ・パストリアスの演奏を聴く機会に恵まれた。その演奏は圧倒的だった。スタジオ録音の「バード・ランド」と比較しても残響感には違いがあるもののスタジオ録音と殆ど変わりがないのだ。むしろオリジナルよりも躍動感がありその高度な演奏力に驚愕した記憶がある。おそらくスタジオ録音の際もダビングをすることなく一発録音だったと推測される。
アルバム『ヘヴィ・ウェザー』の後に『8:30』というタイトルでのライブアルバムをリリースしているが全体を通してのパフォーマンスの高さに驚かされる。
■ 推薦アルバム:マンハッタン・トランスファー『エクステンションズ』(1979年)

1979年リリースのマンハッタン・トランスファーの出世作であり、マンハッタン・トランスファーのベストアルバム。プロデューサーは当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったエアプレイの片割れ、ジェイ・グレイドンだ。なんといってもアルバムの最大の話題となったのがウェザー・リポートの大名曲「バードランド」のカバーしたトラックだ。
しかしカバー曲は「バードランド」だけでなく、ジェイ・グレイドンとデビッド・フォスターによるユニット「エアイプレイ」のアルバム『ロマンティック』からも「あなたには何もできない」も同曲がクレジットされている。4人のボーカルアンサンブルこそがオリジナルを凌ぐ程の「バードランド」のカバーを作り上げることに成功した要因だと私は考えている。
推薦曲:「バードランド」
ウェザー・リポートの「バードランド」は一聴するとポップでキャッチーな楽曲ではあるが、演奏者が卓越した技術をもってしての楽曲。様々な楽器が入り組み、複雑で高度な楽曲を構成している。並みのミュージシャンではコピーなどできるはずもないこの難曲をマンハッタン・トランスファーのジャズ・ボーカル4人で表現しようというのだ。
この無謀すぎるアイディアを実現するのは並大抵のことではないが、ジェイ・グレイドンは違っていた。入り組んだ楽曲に歌詞をつけてそれを4人で歌いこなすというのはアメリカ人音楽家達の懐の深さなのかもしれない。
最初に聞いたときには開いた口が塞がらない程の衝撃を受けた。細かに計算され尽くしたボーカルパートのアサインが素晴らしく、本家の演奏のニュアンスが細部に渡りボーカルアンサンブルで再現されていた。
おまけに楽曲の骨格をなすシンセサイザーの音も素晴らしかった。ジョー・ザビヌルが出すオーバーハイムシンセザイザーのベース音は野太く、ザラっとした特徴がベースの音としてはデフォルト的に捉えられる程、ミュージシャンの間では知られている。アルバム『エクステンションズ』でシンセサイザーを担当するのはイアン・アンダーウッド。フランク・ザッパバンドでのキャリアのあるキーボーディストだ。このイアン・アンダーウッドが出すシンセサイザーの音はアナログシンセサイザーで出す音としてはこれ以上にないと言っても過言ではない、アナログシンセの典型的ないい音を作っていた。冒頭のベース音も素晴らしいがブラスを模したアナログシンセの音だけで私はノックアウトされてしまった。
マンハッタン・トランスファーはこの「バードランド」で第23回グラミー賞の最優秀ジャズ・フュージョン・ボーカル賞とボーカル編曲賞を受賞。なお、1982年にはウェザー・リポートとの共演も果たしている。当然、「バードランド」はセットリストに入っていただろうから、ウェザー本家のオリジナル「バードランド」の演奏とマントラのコーラスワークの合体を聴きたかったのは私だけではないはずだ。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:ウェザー・リポート、マンハッタン・トランスファー、ジェイ・グレイドン、ジョー・ ザビヌル、イアン・アンダーウッドなど
- アルバム:『ヘヴィ・ウェザー』『エクステンションズ』
- 推薦曲:「バードランド」
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