前回の楽曲「スペイン」繋がりで、今回はアル・ジャロウに白羽の矢を立てました。
アル・ジャロウは卓越したパーカッシブなボーカル唱法を駆使し、米国のジャズ、ポップシーンにまで、その領域を広げたボーカリストです。80年代にはジャンルにこだわらないボーダレスな活躍でジャズ、ポップ、R&Bの3部門でグラミーを獲得しています。しかし今回のテーマはアル・ジャロウではなく、エレクトリック・ピアノをテーマにした名盤です。
表題はアル・ジャロウではありますが、今回の主役はラリー・ウィリアムズというキーボーディストです。
ラリー・ウィリアムズはハワイのジャズ・フュージョンバンド「シーウィンド」でシーウインド・ホーンセクションとして一世を風靡したホーンプレイヤーであり、キーボードプレイヤー。80年代にはシーウィンド・ホーンセクションは引く手あまたのミュージシャン達でした。ジェリー・ヘイ(tp)をリーダーとするホーンセクションはテクニカルでキレのいいブラスサウンドで80年代を彩り、多くのアーティストからファーストコールの称号を与えられていました。
ラリー・ウィリアムズの特性はホーンプレイヤーだけではなく、キーボードプレイヤーとしても非常に優秀なミュージシャンであることです。そしてその腕前は今回取り上げたアル・ジャロウの名盤『THIS TIME』でも聴くことができます。
■ 推薦アルバム:アル・ジャロウ『THIS TIME』(1980年)

天才ボーカリストと言われたアル・ジャロウの1980年にリリースされたアル4枚目の大傑作アルバム。
LAのバンド、エアプレイの売れっ子ギタリストであるジェイ・グレイドンをプロデューサーに迎え制作された。アルバムはエアプレイ人脈特有の緻密なサウンドにアル・ジャロウの圧倒的なボーカルが合体。大ヒットアルバムとなった。
このアルバムの話題をさらったのはチック・コリアの名曲である「スペイン」のボーカルバージョンだ。誰もあの早いフレーズにボーカルが乗るとは思っていなかったはずだ。そういう意味では早いパッセージの難曲をアルに歌わせようと考えたプロデューサー、ジェイ・グレイドンの発想に感服してしまう。しかもそれを歌うことができるのはパーカッシブなボーカルを得意とするアル・ジャロウしかない…。まさにプロデュース力の勝利だ。
これまでジャズの名曲には様々な形で歌詞を付けたボーカルバージョンが録音されてきたが、スペインに歌詞を付けるのはまさかのチャレンジ。しかしアルの歌唱を聴いて思わず納得してしまった。あの早いパッセージに乗る歌詞を見事に歌いこなしていたからだ。まさにこの辺りが天才ボーカリスト、アル・ジャロウの真骨頂と言えるだろう。
1981年、23回目のグラミー賞でアルバム1曲目の「ネバー・ギヴィン・アップ」が最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンス賞にノミネートされるが、残念ながらジョージ・ベンソンの「ギブ・ミー・ザ・ナイト」にさらわれてしまった。
アル・ジャロウのアルバムで初めてアルバム・チャートでビルボードのトップ40、R&Bチャートのトップ10に入りし、ジャズ・チャートでは首位も獲得した。アル・ジャロウにとっての出世作となった。
このアルバムでは多くのキーボードプレイヤーが鍵盤楽器を弾いている。アコースティック・ピアノはグレッグ・マティソンなど2名。シンセサイザーはマイケル・オマーティアン、スティーブ・ジョージなど3名。エレクトリック・ピアノはこのアルバムのプロデューサーであるジェイ・グレイドンとエアプレイのユニットを組んだデビッド・フォスター、これまでのアルのアルバムで中心的にキーボードを担当したトム・カニング、フランク・ザッパバンドでキーボードを担当したジョージ・デューク、そしてラリー・ウィリアムズだ。錚々たるメンバーが顔を連ね、アルバムに花を添えた。
推薦曲:「スペイン」
アンサンブルの中心はラリー・ウィリアムズのフェンダーローズエレクリック・ピアノとスティーブ・ガットのドラム、エイブ・ラボリエルのベースのトリオ演奏だ。この3人によるグルーブしまくる演奏に尽きると言ってもいいだろう。
冒頭のコードを弾いたところからフェンダーローズの音がこれまでにないクリアーでエッジの効いた音になっていることに気付く。このローズピアノの音にアルのパーカッシブで滑らかなボーカルが乗ればもう最強というしかない。おそらくスペインというパッセージの細かなメロディを際立たせるには、まろやかな音よりもエッジを効かせたローズの音が必要だったのだろうと想像する。
中間部にはアルによるスキャットのアドリブがあるが、その裏でのローズのバッキングが素晴らしく、ラリー・ウィリアムズの実力の一端を知ることができる。
またラリーの弾くミニモーグのシンセサイザーソロも歴史に残る名演だと記しておく。
この「スペイン」でのスティーブ・ガットによるドラミングの評価も高く、多くの評論家からはガットきっての名演とされている。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:アル・ジャロウ、ラリー・ウィリアムズ、ジェイ・グレイドン、デビッド・フォスター、トム・カニングなど
- アルバム:『ジス・タイム』
- 推薦曲:「スペイン」「ネバー・ギヴィン・アップ」
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