ここから本文です

シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その188 ~リゾートブームを牽引したJクロスオーバーアルバムがYMO誕生の布石に!?~

2024-07-09

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

夏本番かと思わせる陽気が続く中、皆さんはどんな音楽を聴いていますか?この後の本格的梅雨の到来を考えると憂鬱な気持ちになるのは私だけではないはずです。
これからの季節、何を聴くのかといえば私は迷わずブラジル音楽のボサノバを推薦します。

昨年の私のヘビーローテーションはブラジル人ピアニストであり、ブレッカー・ブラザーズの兄、ランディ・ブレッカー(tp)の元妻のイリアーヌ・イリアスが2022年にリリースしたボサノバアルバム、『Quietude』でした。
このアルバムでピアニストであるイリアーヌはバッキングのピアノはほとんど弾かず、ギタリストのオスカー・カストロ・ネイビスの紡ぎ出すリズムをバックにボーカルに専念。そこに彼女のアコースティックピアノソロが被るだけで至極の世界を聴くことができました。
ブラジル流チル・ミュージックと表現してもいいかもしれません。ブラジル音楽のいいところはただ快適なだけではなく、前回の「ブルー・ボッサ」でも書きましたが、そこにブラジル音楽特有の「サウダージ」、あまり日本語に訳したくはありませんが、「哀愁」「哀感」があることです。ある種の快適さに「サウダージ」が加わることでリゾート感をまとった音楽が生まれます。
そんな音楽が日本にあるのかと考えたときに、「サウダージ」はありませんが、ある音楽が浮かびました。
それが今回ご紹介するアルバムです。

■ 推薦アルバム:『Pacific』細野晴臣、山下達郎、鈴木茂(1978年)

細野晴臣、山下達郎、鈴木茂、高橋幸宏、坂本龍一など、日本のポップス・シーンを代表するミュージシャンによる南の島をイメージしたインストロメンタル・ミュージック。それぞれのミュージシャンがバント的な取り組みでアルバムに参加しているのではなく、コンセプトを基に個々がイメージする南の島の情景を映し出すアルバムとなった。
著名ミュージシャンを中心とした作品だけにそのクオリティの高さは半端ではない。一方、バンドサウンドとは異なる面があり、あくまでオムニバスアルバムだけに、アルバムの統一感には欠けるきらいもある。それぞれのミュージシャンの音楽への関わりかたが1つのベクトルに向かっていないため、オムニバス的な意味合いが捨てきれない。
一方でそんなアルバムなのでミュージシャンが好き勝手にリラックスしながら曲を作っているという感じも伝わり、そこがイイという評価も数多い。参加メンバーは、林立夫、村上秀一、高水健司、浜口茂外也、斎藤ノブ、佐藤準、大村憲司、土岐英史など。悪いアルバムができる訳がないと思うのは私だけではないはず。
このアルバムのエポックとしてYMO「コズミック サーフィン」の原石を聴くことができる。デモ的意味合いの強いバージョンとはいえ、そのクオリティは流石。オムニバスアルバムでYMO世界席巻前夜の音が聴けるかけがえのないアルバムでもある。

推薦曲:「最後の楽園」細野晴臣

シンセサイザーで作られた鳥の鳴き声とアコースティックピアノのイントロが楽園に誘う。
テーマを歌うのはアープ・オデッセイシンセサイザー。VCOに深くモジュレーションをかけたシンセサウンドとビブラフォンでメロディが展開する仕掛けになっている。
後半のシンセサウンドは同じテーマでありながらVCAにモジュレーションをかけたトレモロサウンド。コルグのポリフォニックシンセサイザーPS-3100だろう。ふわっとしたサウンドが坂本龍一氏のお気に入りだったようだ。シンセサイザーはどこにモジュレーションをかけるかで「揺らぎ」に違いが出る。VCOにかければビブラートになり、VCAにかけるとトレモロになる。鍵盤奏者はそれを意識してテーマを歌っている。
クレジットを見ると細野晴臣氏と坂本龍一氏の両者共、アープ・オデッセイとコルグのポリフォニックシンセを使っている。当時、2人とも鍵盤では同じ機材を使っていたのだ。この機材でYMOに向かっていくことを考えるとまさにYMO前夜のレコーディングということになる。
メンバーはこの2人に加え、高橋幸宏とパーカッショニスト、ギタリストの5名。
核となるのはYMOの面子だ。この3人がこの楽曲を奏でていると思うと何とも不思議な気持ちになる。コンセプトがYMOとは違うからだ。この楽曲をYMOとして演奏すればどうなったのか?考えてみるのも面白いかもしれない。
ベースラインはどこかとぼけた感じの細野さんのお得意のフレーズだ。

アープ・オデッセイ シンセサイザー, CC BY-SA 3.0 (Wikipediaより引用)

推薦曲:「ノスタルジア・オブ・アイランド」PART I:バード・ウインド / PART II:ウォーキング・オン・ザ・ビーチ 山下達郎

波のSEからフェンダーローズピアノに導かれリバーブがたっぷりかかったテレキャスターのメロディが南の島を想起させる。10分弱の組曲風大作の始まりだ。
メロディのバックにはソリーナ・ストリングスアンサンブルのフェイザーがかかった音が聴こえてくる。今となってはソリーナとMXRのフェイザーという鉄板の組み合わせが微笑ましく、懐かしい気持ちにさせてくれる。高中正義のセカンドアルバムにクレジットされた「SWEET AGNES」でも全く同じ音が聴ける。
山下達郎自身がほとんどの楽器を手掛けている。ドラムも山下達郎自身だ。この楽曲の白眉は7分50秒過ぎから山下達郎が歌う、たった4小節のボーカル・パートがある。達郎の歌唱で聴いている我々は一機に架空のリゾート地に飛ばされてしまう……。この見事な演出にハマってしまうのだ。この瞬間を聴くためにこのCDを購入してもいいと私は思っている。嘘ではありません(笑)。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:細野晴臣、坂本龍一、山下達郎、高橋幸宏など
  • アルバム:『Pacific』
  • 推薦曲:「最後の楽園」「ノスタルジア・オブ・アイランド」PART I : バード・ウインド / PART II : ウォーキング・オン・ザ・ビーチ

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
投稿についての詳細はこちら

鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
サウンドマートスキル出品を探す サウンドナビアフィリエイト記事を書く

カテゴリーから探す

翻訳記事

ブログカレンダー

2025年4月

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30

ブランドから探す

ブランド一覧を見る
FACEBOOK LINE YouTube X Instagram TikTok