エレクトリック・ピアノは現在の音楽シーンにとって欠かすことのできない重要アイテムです。幾多のエレクトリック・ピアノの中で最も普遍的なエレピであるフェンダーローズ・ピアノを前回に続き、取り上げたいと思います。
フェンダーローズ・ピアノのビブラフォン的な音色は多くミュージッシャンから支持され現在に至っています。その音色はジャンルを問わず多くの楽曲にマッチし、歴史的な名曲を作ってきました。
■ 推薦アルバム:グローバー・ワシントンjr『WINE LIGHT』(1980年)

アートワークはまるでグラモフォンかなにかのクラッシックレーベルを想起させるしつらえ。それが当時学生だった私が池袋パルコのレコードショップでこのアルバムを見たときの感想だ。入れるべきレコード棚を間違えているのではないかと思った。
『WINE LIGHT』は1980年にリリースされた黒人テナーサックス奏者であるグローバー・ワシントンjrの大傑作アルバムだ。このアルバムは当時業界で流行りだったアーバン・メロウともシンクロし時流に乗った。お洒落なアルバムとしても名を馳せた。アルバムの内容は黒人テナー・サキソフォン奏者とは思えない洗練された内容になっている。黒人ミュージシャン特有のねっちりとした音楽はそこに存在していない。
その要因はアルバムプロデュースを手掛けたパーカッション奏者であるラルフ・マクドナルドの音楽性が影響していると考えられる。ラルフ・マクドナルドがプロデュースしたアルバムを聴くと『WINE LIGHT』と同様にシックで洒落た音楽がパッケージされている場合が多い。
ラルフ・マクドナルドはトリニダートトバコ出身の音楽家を父に持つ米国人。打楽器奏者であるものの作曲能力にも長け、ロバータ・フラックとダニー・ハサウェイがデュエットした「Where is love」ではグラミー賞も獲得している。
ある種の洗練とふくよかさを持つラルフ・マクドナルドの音楽性は彼の演奏するスティール・パンの軽やかな音色からくるものなのかもしれない。
『WINE LIGHT』はまるでトミー・リピューマがプロデュースしたアルバムを聴いているかのような印象を抱いてしまう程だ。
そしてこの極上サウンドを「スタッフ」のメンバーであるリチャード・ティー(key)、スティーブ・ガット(Dr)、エリック・ゲイル(G)に加え、ベーシストのマーカス・ミラーといったニューヨークの腕利きが支えている。
そしてもう一つのキーポイントがリチャード・ティーの弾くフェンダーローズ・ピアノである。このローズ・ピアノは洒落た音を紡ぎだすのには最も適したエレクトリックピアノだと言える。出音自体が洗練されているうえ、ギターやベースといった他楽器とのマッチングにも優れている。このアルバムではローズ・ピアノとロバート・グリニッジが紡ぎ出すスティール・ドラムの音色がアルバムのタッチを決めているといっても過言ではない。ラルフ・マクドナルドはこの2つの楽器の融合により、これまでにないアーバン・メロウなサウンドを作り上げたのだ。
推薦曲:グローバー・ワシントンjr「Just the two of us」
元長野県知事で作家の田中康夫さんが書いた名著に「なんとなくクリスタル」がある。1980年には「クリスタル」という言葉が世に溢れていた。その出元が「なんクリ」、「なんとなくクリスタル」だ。
優雅な生活をしている女子大学生や一部の富裕層の人間は当時、「クリスタル族」と言われていた。「クリスタル」という言葉は時代の気分としてもてはやされ、ブランドブームの発端ともなった。この「なんとなくクリスタル」はベストセラーになり映画化もされた。
そのサウンドトラックの1曲になったのが「Just the two of us」だ。日本語タイトルは「クリスタルの恋人たち」。流麗なメロディラインと洒落た曲の設えから、このタイトルが生まれたのだろう。
この楽曲でフェンダーローズ・ピアノを弾くのは当時旬のバンドであった「スタッフ」のキーボード奏者、リチャード・ティー。リチャード・ティーはアコースティック・ピアノを弾かせればワン&オンリーなミュージシャン。そのアコースティク・ピアノの奏法はどうやって弾いているかが分からない程、圧倒的なものだった。キーボードプレイヤーは皆、リチャード・ティーのようにアコピを弾きたかったが、誰も彼のようには弾けなかった。それほどリチャードの演奏は素晴らしかった。
一方、フェンダーローズ・ピアノを弾かせてもその腕前は頭抜けていた。アコピの強力なタッチとは裏腹に柔らかなタッチで奏でるローズ・ピアノは果てしなくメローでとろける様に美しかった。
「Just the two of us」におけるローズ・ピアノのアルペジオ的で複雑な演奏はリチャード・ティーでなくてはできないものだろう。
私もバンドでこの曲を演奏したことがあるが、ゆったりと聞こえるものの実際にはそうではない。1小節の中でコードが4つ変わる箇所があるなど、意外にせわしない演奏になってしまう(涙)。一方、このコードに乗せてアドリブをする場合はそのコード進行の特性から綺麗なメロディを創り易いという印象もある。
そんなコード進行から多くの楽曲に用いられ、この進行を使った楽曲はヒットを多く生み出している(コピーしたのではなく結果として、先述のコード進行になったのかもしれない)。
椎名林檎さんの「丸の内サディステック」やオリジナル・ラブの「接吻」などはその好例。ミュージシャンの間では広く知られるコード進行だ。
そのコード進行にリチャード・ティー、御用達の エレクトロハーモニックスのフェイザー、「スモール・ストーン」をかけたフェンダーローズ・ピアノがフィーチャーされれば圧倒的な楽曲が出来上がる…。「Just the two of us」にはこの鉄板法則が見事に当てはまっている。
ELECTRO-HARMONIX ( エレクトロハーモニックス ) / SMALL STONE
現在はこの形のエフェクターだが、リチャード・ティーが使用していたものは銀色のステンレスケースで作られていた。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:グローバー・ワシントンjr、リチャード・ティー、マーカス・ミラー、エリック・ ゲイル、スティーブ・ガット、ロバート・グリニッジなど
- アルバム:『WINE LIGHT』
- 推薦曲:「Just the two of us」
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