■ 「目立たなくてもいいが、無くては困る」
先日、友人との会話の中で「キーボードは目立たなくてもいいが、無いと困る」という話がありました。その友人はギタリストでした。
実際にロックバンドでキーボードが主体になる音楽はそれほど多くはありません。なぜならロックやポップスはギターが中心の音楽だからです。
キーボードが主体の音楽といえば、プログレッシブロックのエマーソン・レイク&パーマーやYMO、タンジェリン・ドリーム、クラフトワークといったテクノ系のバンドです。
ギターは比較的簡単に購入でき、1人でも音楽が完結できるというメリットがあります。鍵盤楽器も同様ではありますが、実際のピアノやオルガンは大きく、重く、高価であるというデメリットがあります。鍵盤プレイヤーの人口がギタリストの人口よりも少ないというのもギターバンドが多い理由の1つかも知れません。
鍵盤楽器は音階も広くギターなどの他楽器を包み込み、オケに厚みをつけることでアンサンブルの構築に寄与できます。ピアノ、エレクトリックピアノ、クラビネット、シンセサイザーなど、音色的にも選択肢が多く、楽曲を色彩豊かにすることができます。
私の友人がしみじみ語った「キーボードは目立たなくてもいいが、無いと困る」というのはそんなことを言ったのだろうと思います。
■ ギターバンドを支えるキーボードアンサンブル
1つの例を挙げます。私が加入していたバンドでは「ホテル・カリフォルニア」と「ニュー・キッズ・イン・タウン」「駆け足の人生」「トライ・アンド・ラブ・アゲイン」をコピーしていたことがありました。
この楽曲が入っているアルバムは1976年にイーグルスがリリースし、グラミー賞も受賞した世紀の大名盤『ホテル・カリフォルニア』です。
イーグルスはグレン・フライ、ドン・フェルダー、ジョー・ウォルシュの3人のギタリストが在籍。それにベースとドラムを加えた5人編成のロックバンドです。音的にはギターを主体にしたバンドです。
ギターバンドでありながら楽曲からはアコースティックピアノなど、鍵盤楽器の音が聴こえてきます。決して鍵盤が目立つことはありませんが、その音が無ければ成立しない楽曲がほとんどです。
この鍵盤楽器の音がアルバム『ホテル・カリフォルニア』を支えていると言っても過言ではありません。
■ 名盤『ホテル・カリフォルニア』の鍵盤楽器の音を検証
アルバム『ホテル・カリフォルニア』は全9曲で構成されています。その内、ボーカル曲が8曲で鍵盤楽器が使われていないのは「ホテル・カリフォルニア」「Victim of Love」「Try and Again」の3曲のみ。それ以外の楽曲には全て鍵盤楽器が使われています。
『ホテル・カリフォルニア』の世界観を演出している鍵盤楽器、実際にアルバムの音を検証してみましょう。

ホテル・カリフォルニア(1976年) / イーグルス
1. ニュー・キッド・イン・タウン/フェンダーローズピアノ&ハモンドオルガン
比較的地味な曲というイメージがあるが、多くのミュージシャンがカバーやコピーをしている。山下達郎バンドもコピーしていた。私の所属していたバンドでもコピーをしたが転調も多く、鍵盤楽器とギターアンサンブル、コーラスワークなどが入り組んでいて意外に難しかった楽曲。フェンダーローズピアノとハモンドオルガンが活躍している。
冒頭はフェンダー・ローズ・エレクトリックピアノから始まる。直後にアコースティック・ギターとエレキ・ギターが被ってくる。ローズピアノがバッキングの主体となり、オブリ的ギターとの絶妙なアンサンブルを展開する。
サビに入るとハモンドオルガンのレスリーをスローにした白玉バッキングとローズのオブリ的フレーズやギターへの合いの手が混在してアンサンブルを形成。メインボーカルにコーラスワークが絡むと見事にイーグルスの世界が出来上がる。
私はホテル・カリフォルニアのライブを観たが、ギタリストのジョー・ウォルシュがローズピアノとハモンドオルガンを弾いていた。キーボードとてしては地味な演奏ではあるが、ウエストコーストを代表する音楽家集団の矜持を見たように感じた。この楽曲はシングルチャートでビルボードナンバー1を獲得している。

フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ, CC BY-SA 3.0 DEED (Wikipediaより引用)

ハモンドB-3オルガン, CC BY-SA 3.0 DEED (Wikipediaより引用)
2. 駆け足の人生/ホーナー・クラビネット
ジョー・ウォルシュのテレキャスターが炸裂するハードなギターアンサンブルによる楽曲。この曲にはホーナー社の電気チェンバロ、ホーナー・クラビネットが使われている。
クラビネットにより楽曲にファンキーな味わいが加わる。

クラビネット, CC BY-SA 3.0 DEED (Wikipediaより引用)
3. 時は流れて
オープニングから印象的なアコースティックピアノによるイントロ。ピアノのバッキングにドン・ヘンリーの物憂げなボーカルが絡むと一気にイーグルスワールドが展開。
4. お前を夢見て/アコースティックピアノ&ソリーナ
フェイドインしてくるアコースティックピアノの背景に流れるのはソリーナ・ストリングアンサンブルか?アコギやコーラスワークが主体となったインタールード的役割の強い曲。
5. ラスト・リゾート/アコースティックピアノ、ミニモーグシンセサイザー、ハモンドオルガン、ソリーナ
ホテル・カリフォルニアのラストを飾るバラード曲。アコースティックピアノがメインで使われている。
この楽曲は「ホテル・カリフォリニア」と対をなしており、アルバムを〆る役割を担っている。
サビの壮大さを演出するためにハモンドオルガンやソリーナ・ストリングアンサンブルといった楽曲を盛り上げるために鍵盤楽器が使われている。
楽曲終盤にミニモーグシンセサイザーによる太い音でオブリガート的メロディが聴ける。
クレジットではシンセサイザーをドラマーのドン・ヘンリーが担当していることになっている。作曲者自らが楽曲のアクセントとしてミニモーグを用いたらしい。

ミニモーグ, public domain (Wikipediaより引用)
アルバム『ホテル・カリフォルニア』を聴くとアコースティックピアノやフェンダ・ローズ・エレクトリックピアノ、ミニモーグといった、長い歴史の中で使われ続けてきた鍵盤楽器がイーグルスというバンドの屋台骨を支えていることが分かる。
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