前回はキング・クリムゾンのファーストアルバムのはしりの話でした。キング・クリムゾンは様々なバンド形態を経て現在まで続いている人気の高いバンドです。そしてキング・クリムゾンの変わらない求心力の「何か」はこのファーストアルバムに集約されていると私は考えています。
キング・クリムゾンに住まう得体のしれない「何か」を作り出しているのがギタリストであるロバート・フリップその人です。1969年のアルバムリリース以来、54年間一貫してバンドリーダーであり続けたロバート・フリップがその「何か」の正体を握っているのだと思います。ロックミュージシャンとして私は彼をリスペクトしていますが、その辺りを含めキング・クリムゾンの音楽的正体を探りつつ、クリムゾンの音楽を検証していければと考えています。
しかしまずはファーストアルバムの続編とクリムゾンの音楽を支えた重要機材、メロトロンのお話をしない訳にはいきません。キング・クリムゾンはメロトロンがあったからこそキング・クリムゾンであり続けることができたからです。
プログレッシブロックなのにシンセサイザーを使わなかったバンド
キング・クリムゾンの音楽に絶対欠かすことのできない楽器、それがメロトロンです。60年後半から70年前半にプログレッシブロックが台頭します。そのプログレッシブロックに使われたのがハモンドオルガンやモノフォニック・シンセサイザー、ソリーナ・ストリングスアンサンブル、メロトロンといった機材でした。
プログレッシブロックはこれらの多くのキーボードを駆使するマルチキーボーディストがいて、楽曲により適材適所に用い、カラフルなサウンドを演出していました。
しかしキング・クリムゾンはそういったカラフルな音とは対極にあるサウンドでした。
面白いことに当時流行していたシンセサイザーは使っていません。キング・クリムゾンが用いたのはメロトロンという奇妙な楽器でした。ピアニストの在籍はあってもキーボードに特化したマルチキーボーディストは在籍せず、サックス奏者やバイオリン奏者、またはギタリストであるロバート・フリップがメロトロンを操っていました。
ヴァイオリニストを失業させる!?メロトロンとは…

Mellotron, CC BY-SA 2.0 (Wikipediaより引用)
メロトロンがどんな楽器なのかを簡単に説明します。
メロトロンは鍵盤の数だけテープレコーダーが付いているキーボードです。レコーダーといっても録音機能はなく、鍵盤を押したときにそれがスイッチとなり、テープが走り、音が出る仕組みです。テープの長さは決まっているので鍵盤を押して8秒間しか音は出ません。鍵盤を離すとテープが元に戻り、また鍵盤を押せば音が出るという仕組みになっていました。
録音されていたテープの音色はバイオリンとフルート、男女混成コーラスの3種類で左側にあるダイヤルで音色を選択しました。
当然、プロのバイオリニストが弾いた音が録音されているテープですからバイオリン本物の音です。それが35鍵盤分、35音階あるのです。英国の音楽家ユニオンはメロトロンがバイオリニストの職を奪うと懸念したこともあったようです。しかし、実際のメロトロンから出る音は従来のバイオリン音とは異なるもので、当時の機械の事情等でメロトロン特有の音がしたのです。
このテープサウンドを上手く使ったのがキング・クリムゾンでした。
まず、メロトロンが使われたキング・クリムゾンの代表曲をファーストアルバムからご紹介します。
■ 推薦アルバム:キング・クリムゾン『クリムゾン・キングの宮殿』(1969年)

推薦曲:「エピタフ(墓碑銘)」
ティンパニーの音に導かれ壮大なストリングスサウンドが渦巻くキング・クリムゾン初期の大傑作曲。哀感漂うメロディに「混乱こそが私の墓碑銘となるだろう」というグレッグ・レイクのボーカルが乗る。キング・クリムゾンの世界観が見事に反映されている。そしてあたかもオーケストラが奏でたかのような壮大なストリングス音がメロトロンの音だ。アナログテープによる得も言えぬ質感こそがメロトロンの最大の特徴である。当時のメロトロンは現代のサンプリング技術をもってしてもこの音の再現は難しい。
メロトロンの音はモーターでテープを走らせるため、発音時にチューニングが安定せず、再生ヘッドのSN比の悪さなど、楽器として様々な欠点を持っていた。決してクリアな音といえるものではなかった。この楽器をライブで使うこともチューニングの問題等で危険を孕んでいたのだ。扱いにくい楽器ではあったが欠点を含んだこの音こそがキング・クリムゾンの世界観を表現する重要アイテムとして使われ、クリムゾンサウンドを確立させた。楽曲、「エピタフ」はその典型的な例だと思う。
問題多き楽器ではあったメロトロンは当時リリースされていたソリーナ・ストリングスアンサンブルよりも愛好者は多かった。哀感漂うメロトロンの音は湿度を含んだ英国の音楽にピッタリとはまったのだ。60年代後半の高いとはいえない技術力がもたらした1つの奇跡といってもいいかもしれない。
メロトロンは現在ではテープの音がサンプリングされデジタルメロトロンとしてリリースされている。
推薦曲:「風に語りて」
「21世紀のスキッツォイドマン」の轟音直後にイアン・マクドナルドが吹くフルート音とメロトロンによるフルート音のデュオが聴こえると体が浮遊した感覚に襲われる。牧歌的なサウンドに本物のフルートとメロトロンのフルート音でハモらせるというアイディアは見事。楽曲も出来栄えも素晴らしい。「エピタフ」同様、この「風に語りて」もメロトロンが無ければ成り立たない楽曲だ。途中、イアン・マクドナルドのフルートソロが聴けるがこのソロも見事に歌っている。マクドナルドの音楽的スキルの高さを垣間見ることができる。
推薦曲:「クリムゾン・キングの宮殿」
この楽曲もメロトロンが無ければ成り立たない。マイケル・ジャイルスのフィルインから幕を開けるこの曲はバイオリンのストリングス音と男女混成コーラスが楽曲の中心となっている。
マイケル・ジャイルスはスローな曲を叩かせてもとても上手いドラマー。楽曲のパート、パートを理解し際立たせる間をとったドラミングは見事としか言いようない。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:ロバート・フリップ、イアン・マクドナルド、グレッグ・レイク、ピート・シンフィールド、マイケル・ジャイルスなど
- アルバム:『クリムゾン・キングの宮殿』
- 曲名:「エピタフ(墓碑銘)」「風に語りて」「クリムゾン・キングの宮殿」
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