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蠱惑の楽器たち 61.電子音源の仕組み1 黎明期

2023-02-07

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 楽器, 音楽全般

電気的、電子的に音を作り出す仕組みを時代に沿って解説していきたいと思います。 今回は電気が実用化された明治から本格的シンセサイザーが登場する1960年ぐらいまでの黎明期の発音方法をざっくりと見ていきます。実際様々な方法が試されていたようですが、大きな区分で個人的に気になったものだけをピックアップしています。

1874年 電磁式発振器 イライシャ・グレイ

グレイ(アメリカ)は、電気振動回路を備える鍵盤型のMusical Telegraphという電磁式楽器を作っています。 電話機開発の中で偶然得られた成果が元になっているようです。 実際には楽器を開発というよりは、電話機開発の実証実験用として使われました。 グレイの発明は、後のテルハーモニウムや、多くの発明に影響を与えています。

1897年 機械回転式 テルハーモニウム~ハモンドオルガン

1897年という早い時期に機械回転式というよりもダイナモ式のテルハーモニウム(アメリカ)がありました。 楽器ではありますが、初期の電話回線を利用した有線放送システムという感じで大がかりなものでした。 演奏は鍵盤を使って鳴らす音を選択する仕組みですが、 音源は動力に蒸気機関を使った発電機そのものと言えるため、音を鳴らすには大袈裟に思える仕様です。 交流モータを回して、交流電力を出力するような仕組みです。 そして、その信号を電話回線に流しました。つまり演奏内容が直接電話回線に流れる仕組みです。 真空管もない早すぎた時期の発明だったため、長続きはしなかったようです。

Teleharmonium1897, Public domain (Wikipediaより引用)

機械回転式で成功したのは40年後の1939年に発売されたハモンドオルガン(アメリカ)です。 真空管の実用化が大きく貢献しています。それまでは音は作れても増幅する手段がなかったのです。 音源は歯車の回転を電磁石で読み取ることで、特定の音程の信号を得ることができます。 原理自体はシンプルですが、機械式なので、複雑で部品点数も多くなってしまいます。 回転数決定は交流電源の周波数を使っていました。ですから何も対策をしないと50Hzと60Hzで音程が変わってしまいます。 ハモンドオルガンはパイプオルガンの代わりになる廉価な楽器として、電子オルガンに置き換わる1970年代まで使われ続けました。

Hammond b3, CC BY-SA 3.0 (Wikipediaより引用)

下写真がハモンドオルガンのトーンホイールになります。回転するギザギザの円盤に電磁石を近づけて電気信号に変換し、増幅し音にします。

Tongenerator Unterseite, CC BY-SA 4.0 (Wikipediaより引用)

1920~30年代 光学式

光学式は世界中で開発されていたようですが、中でもLichttonorgel(ドイツ)サンプリングオルガンが有名だと思います。 光学式は映画用フィルムと同じような原理です。光を通す透明なガラスディスクに音声パターンを描き回転させます。ライトと受光器によって、そのパターンを読み取り電気信号に変換しました。 音程は周期なので、回転式のガラスディスクは楽器音を扱うには合理的に思えます。ディスクを変えるだけで音質も変えられます。まさに元祖サンプラーもしくはウェーブテーブルと言えるでしょう。かなり可能性を秘めていましたが、第2次世界大戦によって失われ、機械回転式のようには普及しませんでした。

Lichttonorgelversuchsscheibe, CC BY 3.0 (Wikipediaより引用)

Lichtscheiben, Public domain (Wikipediaより引用)

下は映画フィルムの音声トラックになります。光で読み取るオプティカル・サウンドで可変濃度型、可変面積型があります。

Optical-film-soundtrack, CC BY 2.5 (Wikipediaより引用)

1922年 無線技術 テルミン(ロシア)

動力を必要とせず電気的に音を作り出します。 基本的には無線技術の応用で作られています。ビート周波数という原理で、わずかに違う周波数を合成することで起きるうなりをそのまま音程としています。ギターで2本の弦を使ったチューニングの際にうなりが出ますが、あれと基本的には同じです。 テルミンの場合は2つの可聴域を超えた周波数を使って、可聴域の周波数を作り出します。 これを増幅回路に通して音にしています。この原理は黎明期の電子楽器トラウトニウムやオンド・マルトノでも採用されています。 テルミンは写真の通り、本体に直接触れずに音程と音量を制御します。これは人体との間の静電容量の変化を読み取ることで実現しています。

Leon Theremin, Public domain (Wikipediaより引用)

テルミンは消えては復活するという繰り返しの歴史です。1928年にはRCAが製造権を獲得し販売していますが、翌年の世界恐慌で売り上げは伸びず数百台の生産で終了したようです。1950年代にはロバート・モーグがテルミンを製造販売していました。その他でもテルミンという名で小規模ですが断続的に販売されています。現在本格的なテルミンはmoog社にて再び生産され、入手可能な楽器となっています。怪しい独特な雰囲気を持つサウンドのため、60~70年代の劇伴などでもよく使われていました。

MOOG ( モーグ ) / Etherwave Theremin テルミン

1929年 Coupleaux - Givelet オルガン(フランス)

エドワール・クプルーとジョゼフ・ジブレによるオルガンで、1929年のパリ博覧会で発表されました。 内容的にはシンセサイザーに近く、真空管オシレーターで音の合成も可能でした。 また自動演奏が可能で、ロール紙にパンチされた情報を元に自動演奏ができました。 パイプオルガンの代替品として開発されましたが、ハモンドオルガンの勢いには勝てなかったようです。

1939年 通信圧縮暗号技術 ヴォコーダー(アメリカ)

太平洋戦争以前に、すでにロボットボイスはありました。そもそもは通信圧縮暗号技術としての開発でしたが、デモの中で音楽的に使えることもアピールしています。実際に音楽で使われるようになったのは30年後のことです。 音源は、そもそも通信技術なので人の声を使います。そして電子音(ピッチ、ノイズ)と組み合わせます。 ヴォコーダーは音声を周波数ごとにいくつかのバンドに分解することでデータ圧縮し、再合成して音声に戻すことが目的となります。 1939年のニューヨーク万国博覧会に出品された「Voder」では、10バンドという仕様になっています。 イントネーションは機械的に付ける必要があり、それが音程となります。 再合成した結果がロボットボイスになりますが、何を言っているかは聞き取れるまで復元されます。 楽器としてみた場合、音程のある電子的な音を声で変調するところがユニークな部分となります。

VODER, No restrictions (Wikipediaより引用)

VODER, No restrictions (Wikipediaより引用)

1955年 RCA Mark I~II サウンド シンセサイザー(アメリカ)

本格的なシンセサイザーの登場です。合成するという意味のシンセサイズから分かるように、電気的に様々な音を作り出すことに成功しています。 現在のアナログシンセの原型はRCAにあると言ってもいいかもしれません。 楽器というよりも、ヒット曲の自動生成及び自動演奏を目指すという、現在でも実現できていない先進的なコンセプトでした。 モジュールの組み合わせで全体が構成されてあり、VCO, VCF, VCA, ENVという基本要素もすでにありました。VCOはノイズを含めた複数同時使用可能で、ルーティングの自由度もありました。 演奏はロール紙にパンチされたバイナリファイルを読み取って再生するという「Givelet」と同じようなコンセプトですが、演奏用の音符だけでなく、音色やエンベロープなどの細かな制御も可能でした。 2chの4ボイス ポリフォニーで、スピーカー出力、録音はディスクをカッティングします。録音されたディスクをバウンスしていくことで多重録音ができました。 ただし売り物ではなく、RCAの研究という位置づけです。 また真空管が使われていてコロンビア大学の研究所のフロアが機械で埋め尽くされるほど巨大な装置でした。

Rca mk2, Public domain (Wikipediaより引用)

1963年 メロトロン(イギリス)

構造的には磁気テープを使ったサンプラーと言ってもよいかもしれません。各鍵盤が再生ボタンで、押すと、それぞれのテープに録音された音が再生されます。再生時間は8秒で、鍵盤を離すと巻き戻ります。60~70年代のポピュラーミュージックでよく使われました。構想としては80年代以降のデジタルサンプラーに近いとも言えますが、その用途、使い勝手からも全く別の楽器と考えたほうがよさそうです。

Mellotron diagram, CC BY-SA 4.0 (Wikipediaより引用)

写真は磁気テープではなくデジタル技術で復刻されたメロトロン。

MELLOTRON ( メロトロン ) / M4000D MINI

1964年 moog シンセサイザー

この後1964年にmoog社(アメリカ)によって、RCAのよいところを採用し、トランジスタで小型化し、様々なアイデアを詰め込み、実用的な商品にまとめました。1968年に市販化後、 開発に協力していた音楽家Wendy Carlosによる「Switched-On Bach」がヒットし、ビートルズの楽曲にも使われ、moogのシンセサイザーは一躍世界に認知されます。そして様々な音楽シーンで使われるようになり、本格的な電子サウンドの幕開けとなりました。

Moog synthesizer, CC BY-SA 2.0 (Wikipediaより引用)


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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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