プロフェット5の使い手 坂本龍一
3月28日にお亡くなりになった坂本龍一さん愛用のシンセサイザーから、坂本さんの音楽を探る最終章です。 坂本龍一さんの知的で過激でスタイリッシュな音楽は多くの人の心をつかみました。そしてその活動はポップスの分野だけでなく、映画音楽までにも裾野を広げました。
大島渚監督から「戦場のメリー・クリスマス」への出演依頼を受けた際、音楽もやらせてもらえるのなら出演すると言った話は有名です。それまでに坂本さんは映画音楽を手掛けたことはなく、神をも恐れぬ行為とご自身で話されていました。そしてあの名曲が誕生したわけです。凄い話です。
ラストエンペラーのサウンドトラックではアカデミー賞まで受賞するという輝かしい栄誉も受けています。
このサウンドトラック制作に欠かすことのできない楽器がプロフェット5でした。
シーケンシャル・サーキット社のデイブ・スミスが開発。1978年から1984年にかけ、リリースされたポリフォニック・シンセサイザーの世界的名機。61鍵、2VCO、VCF、VCA、LFOといったシンセサイザーとしては基本的な構成であるものの、ポリ・フュージョンという機能を持ち、変調が本体内で様々箇所にかけられるため、複雑な音色を作ることができた。同時発音数は5音。当時としては画期的な40音色を本体でメモリー。価格は170万円!アマチュアに手が届く価格ではなかった。
ジョー・ザビヌル、ジョージ・デューク、ジャパン、マイケル・マクドナルド、クラフトワークなど、世界のプロフェッショナルから愛された。国内では坂本さんをはじめ、冨田勲、難波弘之、佐藤博など愛用者も多数。
2020年にはRev4という形で新たにリリース。2タイプのフィルターが搭載され、初期のプロフェット5の特徴であった不安定さを技術的に再現できる機能も加えられている。
歴史的ポリフォニックシンセサイザーの名機プロフェット5
坂本龍一さんはインタビューなどで自身が所有している中で一番好きなシンセサイザーはプロフェット5だと話しています。その理由はオシレーター(発信機)の音がいいこととコメントしています。「戦場のメリー・クリスマス」でもプロフェット5は多用され、サウンドトラックの核となっています。
一方、音的には素晴らしいものの同時発音数が5音というのが音楽制作的には弱点になりました。
「5音ポリフォニックというのは3和音しか使っていなくても、リリースが長い音だと次の和音にいったときに音が切れてしまう。これが本当に痛く、8音位は欲しい」と坂本さんは話しています。
また初期のプロフェット5の利点としてはフィルターのレゾナンスが不安定で音階を作ると平均律ではない変な音になってしまう。その不安定さが良く、しかも刻々と変わるのが他のシンセには無い特徴だとも話しています。
しかし、音的には幅広いフィールドをカバーするものではなく、さらに複雑なものにしたいときにはアープ2600やモジュール系のシンセサイザーが必要になるともインタビューでコメントしています。
シンセサイザー使用の2つの目的
坂本さんのシンセサイザーへのコメントとして興味深いものがあります。前回のPart3でも取り上げていますが「シンセサイザーは音響的に使うものとハーモニーが出るもの2つが必要」という内容です。プロフェット5はハーモニーを出すシンセとして、アープオデッセイはハーモニーが出ないので音響的に使うと…その辺りは坂本さんのセッションワークに反映されています。前回は音響的使用法をご紹介しました。今回はプロフェット5というハーモニーやその特徴であるポリ・モジュレーションを使った代表的なアルバムの紹介です。
■ アルバム:渡辺香津美『KYLIN Live』(1979年)

渡辺香津美さんと坂本龍一さんの双頭バンドといっても過言ではないKYLIN。そのLiveは六本木のライブハウス、ピットインで行われた。
日本を代表するミュージシャンが顔を揃え、79年のあの時代にこそ実現した面子の歴史的ライブ。
このアルバムでの坂本さんのアドリブプレイはメロディアスという言葉に当てはまならないように思う。マイルス・デイビスの「マイルストーン」へのアドリブアプローチもライブ盤、スタジオ盤共、メロディ的ではなくどちらかといえば音響的なアプロ―チに近いものを感じる。
また、プロフェット5のハーモニー的使用法はプロフェット5の得意技ともいえるモワーッとしたパッド音やブラス系のバッキングなどは随所で聴くことができる。
推薦曲:「ザ・リバー・マスト・フロウ」
渡辺香津美さんのギターソロのバッキングでプロフェット5はブラス系の音でバッキングに使われている。
プロフェットの音はVCO(発振機)の質の良さからか音がアンサンブルに埋もれることがない。粘りのある強い存在感はプロフェット5の特徴だ。
推薦曲:「インナー・ウインド」
音響的な側面という意味でオープニングのギターアルペジオの背景に流れるのはアープオデッセイのVCAモジュレーションを上げ、LFOをかけたサウンドエフェクト的音色。山下達郎さんの楽曲「スペース・クラッシュ」でも似た音色が使われている。坂本さんお得意の音響的なシンセサイザーの使用法だ。
一方、アドリブパートでもプロフェット5のクロスモジュレーションを使ったディストーション・ギターを思わせるソロを聴くことができる。
私が聴いた1987年のKYLIN復活ライブでは異様な熱気の中、坂本龍一さんはこの「インナー・ウインド」のブラスセクションのリフをフェアライトCMIの乾いたブラスサウンドでバッキングをしていた。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:坂本龍一、渡辺香津美
- アルバム:「KYLIN Live」
- 曲名:「ザ・リバー・マスト・フロウ」「インナー・ウインド」
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