和製ボサノバの巨匠、中村善郎
夏必聴!のボサノバ名盤、名曲を作曲家や演奏家などから検証するボサノバ大特集。
前回に続き、日本人ボサノバミュージシャン、中村善郎さんのボサノバパートⅡです。
ボサノバの巨匠、中村善郎さんが私に教えて下さったボサノバのあり方やジョアン・ジルベルトの美学とは何かなどをお送りします!
スタジオ音源とライブの差がない珍しいミュージシャン
中村善郎さんは国内を代表する日本ボサノバ界の第一人者です。
その歌声はボサノバのためにあるような美しい声で日本のジョアン・ジルベルトとも云われています。
また、アコースティックギターの腕前もかなりのものです。中村さんのギターが鳴り、そのギターに声が乗った刹那、完璧な音楽の形態、中村善郎というジャンルが生まれます。
音楽はスタジオ音源とライブとを比較し、出来、不出来の議論がされます。
スタジオ音源よりもライブの方が質が高いというミュージシャンはそれほど多くはなく、大概スタジオ音源に軍配があがります。スタジオ音源の多くは録音時に演奏や歌は別々に録音され、その中からベストなものが選択され、それをトラックダウンして完璧なものが完成します。 一方、ライブは演奏や歌唱が同時に録音されます。当然、様々なコンディションが一定のレベルにはならない場合も多くあります。
ライブの方がスタジオ音源よりも質が高いというミュージシャンも稀にいますが、決して多くはありません。私が観たライブの中でスタジオ音源を凌駕するクオリティだったのはパット・メセニーグループであり、ウエザーリポートであり、渡辺貞夫グループでのギタリスト、ポール・ジャクソンJr.であり、パーカッショニストのミノ・シネル、キリンバンド…。とあまり多くはありません。
しかし、中村さんはスタジオ音源とライブの音楽的クオリティに殆ど差がありません。それだけ高い質の音楽を提供する技術を持った稀有なミュージシャンなのです。
■ 推薦アルバム:中村善郎『レンブランサ,エスペランサ』(2004年)

「思い出と希望」というタイトルでリリースされたボサノバの巨匠、中村善郎の2004年のアルバム。アルバム全編がギターの弾き語りというソロ・アルバム。
中村さんのギターと歌唱のみで構成されている。ギミック無しの一発録りだけに、高い技術が要求される。ブラジル音楽をメンタル面も含めて届けられるのは中村さんくらいのものだろう。
「フェリシダージ」「ドラリセ」「トリステ」などボサノバの重要曲が並んでいる。
中村さんが語ったボサノバとは?
以前、中村さんとボサノバに付いて話したことがある。それはボサノバという音楽のあり方とジョアン・ジルベルトに対する考察でした。
ボサノバという音楽は歌とギターによって成り立つもの。
ジャズミュージシャン達が取り上げて演奏するスタイルは、従来のボサノバという概念からは少し異なる…とお話になっていました。
そういう意味で、このアルバムは中村さんの考えるボサノバ本来の姿を表現したアルバムであり、ご自身を投影したアルバムともいえると思います。
推薦曲:「オ・パト」
ボサノバの巨匠、ジョアン・ジルベルトのセカンドアルバムに入っている「オ・パト」。別名、ガチョウのサンバと云われる。このジョアンの重要レパートリーを苦も無くやり遂げてしまう、中村さんのテクニックに圧倒される。またギターと歌をグルーブさせるボサノバ特有の技術も中村さんに掛かれば朝飯前だ。
ジョアン・ジルベルトの美学とは?
中村さんは「ジョアンはわざと小節をまたいだ歌い方をする。あれはもたっているのではなく、確信的にやっている唱法。あの様に歌うことでギターと歌にズレが生じ、グルーブが生まれる。楽曲がループして永遠に続くかの様に感じさせる。それがジョアンのズラしの美学だ」と仰ったのを昨日のことの様に思い出します。
■ 推薦アルバム:中村善郎 & 宮野弘紀『NOS』(1994年)

中村善郎さんとジャズギタリスト宮野弘紀さんによるアコースティックギター・デュオアルバム。
ボサノバがベースになった選曲に、ボズ・スキャッグスの「JOJO」や10㏄の「アイム・ノット・イン・ラブ」など、ロックの名曲も取上げている。
私は数年前、中野のジャズクラブでNOSのライブを観ました。お二人の間でどこまで打ち合わせをされているのかは分かりませんが、その間合いは素晴らしく、CD音源がそのまま流れてきているかのような…また、それ以上の熱量を感じる演奏でした。
宮野さんのアコギによる高速アドリブ、中村さんのツボを押さえたバッキング…。 めくるめく楽曲展開に息を飲むばかりだったのを記憶しています。
推薦曲:「I・G・Y」
ドナルド・フェイゲンの名盤、「ナイトフライ」の冒頭曲、「I・G・Y」が見事な味付けでNOSワールドに仕上がっている。中村さんの抑制されたボーカルが鈍色的な世界を描き出している。
■ 推薦アルバム:橋本一子 & 中村善郎『DUO』(2016年)

バンド編成のボサノバも悪くありませんがボサノバはその音楽の特性上、ソロやデュオが適している音楽でもあります。
このアルバムは中村善郎さんとアルバム「エスキーナ/街角」で共演した橋本一子さんとのデュオアルバム。
サマーサンバなど有名曲の他、2人のオリジナルも含まれています。
私は2人のデュオは江古田のライブハウス「バディ」で聴きました。宮野弘紀さんとは違う息の合った演奏にノックアウトされた記憶があります。
このデュオも素晴らしいのですが、私はピアニストであるフェビアン・レザ・パネさんとのデュオアルバムを実現して欲しいと考えています。無理かな~(笑)
推薦曲:「彼女はカリオカ」
中村、橋本さんの声の特徴を生かした楽曲。透明感のある橋本さんと鈍色感のある中村さんの声が混ざると独自な2人の世界が現出します。橋本一子さんの曲中でノリの捉え方を変えたアコースティックピアノのバッキングやソロが秀逸。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲、使用鍵盤
- アーティスト:中村善郎、ジョアン・ジルベルト、フェビアン・レザ・パネ、宮野弘紀
- アルバム:「レンブランサ、エスペランサ」「NOS」「DUO」
- 曲名:「オ・パト」「I・G・Y」「彼女はカリオカ」
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