■ サンプリング音源によるハモンドオルガンシミュレートの終焉?
オルガンをテーマにした鍵盤狂漂流記。いよいよヤマハのYC61の登場です。このYC61がリリースされたのは2020年。コロナの影が世界を覆い、音楽が日常から遠ざかった時期でした。
YC61リリースの情報は耳に入っていましたが、私はバンド活動ができなくなっていたことと、どうせ「サンプリング音源」だろうという認識でチェックを怠っていました。私の所有するNORD ELECTRO 4D(オルガン)の音の良さに満足していたという背景もあります。
あるとき、バンド練習にNORD ELECTRO 4DとTAKE5シンセサイザー、鍵盤スタンドの3つが必要な状況が生まれました。腰痛持ちの私にとって3点セットをスタジオに持っていくのは大きな負担です。
そこで、ピアノ系とシンセ系がスプリットでき、オルガン系もスプリットできる鍵盤が欲しくなったのです(NORD ELECTRO 4Dがスプリットできるのはオルガンのみ)。
■ 楽器店でYC61を試奏
たまたま立ち寄った渋谷の楽器店で、YC61をチェックする機会がありました。エレピとシンセ系がスプリット可能、当然オルガンもスプリットできます。レスリーシミュレーターは脇にあった本物のレスリースピーカーと聴き分けられない程のクオリティでした。
理想の鍵盤が見つかり、数日後、サウンドハウスで購入ボタンを押したのでした。
YAMAHA ( ヤマハ ) / YC61 ステージキーボード
■ YC61の音源はサンプリンではなかった!
私が驚いたのはYC61の音源がサンプリング音源ではなかったことです。サンプリングのオルガンシミュレートならば、私はこのYC61を購入しなかったと思います。
YC61のハモンドオルガンシミュレートはヤマハ独自のVCM(バーチャル・サーキットリー・モデリング)音源を採用。レスリーシミュレーターも同様のモデリングによるものです。
■ ヤマハの元祖モデリング・シンセサイザーVL1を取材
ヤマハのモデリング技術は1987年以来、ヤマハが長期に渡り磨きをかけてきた技術です。
1993年に私は浜松の報道支局に勤務していました。地方のニュースを県内に発信する業務です。
日々、県内企業からプレスリリースが送られてくるのですが、そこで目に入ったのが「ヤマハが本物の楽器そっくりな音を出すシンセサイザーを発表」というものでしたでした。
私はこのヤマハの新型シンセサイザー「VL1」の発表会を取材しにいきました。
サンプリング(デジタル録音)された音を出すのではなく、管楽器や弦楽器などの構成を高速演算し音を出すVA(バーチャル・アコースティック)音源が使われているとのこと。VL1の音は、より自然の楽器に近い表情豊かな音でした。
この技術の発展形がYC61に使用されるVCM音源なのです。
現在でもキーボーディストの浅倉大介さんはこのVL1をシンセ音源として使用しています。

YAMAHA / VL1 Version1, (出典:ヤマハHP)
■ ヤマハYC61に触れてみた
驚いたのはYC61の重さです。箱から出し持ち上げるのに「あれ?」と思った程の軽さでした。
音はとにかくリアル。ハモンドオルガンの独特なザラ付き感がとてもよく表現されていると感じました。鍵盤を押したときのクリックノイズの出方やドローバーのタッチも秀逸。アッパー、ローアーの鍵盤セッティングも一目で確認できます。
ハモンドオルガンの音も、①スタンダードなビンテージハモンド ②中低域が太めのザラ付き感のあるハモンド ③パーカッシブなハモンドの3種類のタイプから選択できます。もっと自分好みのサウンドを追求したければ、トーンホイールのリーク音やキークリック音のレベル調整も可能。本物のハモンドの経年劣化や個体差まで表現することができるそうです。
トーンホイール方式のビンテージオルガンを忠実に再現したVCM音源の凄さを目の当たりにして、なんとも嬉しい気持になりました。
私はまだ購入したてなので、まだまだ手探りしている状態ですが、音の良さは最高。本当のハモンドかと思う程のリアルさをこの楽器に感じることができます。
購入から数日後に、音楽スタジオでギター2名、ベース、ドラム、キーボードが2人、サックス、ボーカルの大所帯で音を出しました。YC61の音はギター2本のバンドアンサンブルに埋もれることはありませんでした。ボリュームは50%ほど。NORD ELECTRO 4Dと同等の音圧であることを確認できました。
予算的にはNORD ELECTRO 6Dよりもお手頃なので、お財布と相談して検討してみてはいかがでしょうか。
NORD ( ノード ) / NORD ELECTRO 6D 61 コンボキーボード
■ ついにここまで・・・
ヤマハYC61に触れ、1970年代から繰り広げられたハモンドオルガンのシミュレートはついにここまで来たかという印象を持ちました。一方、本物のハモンドの音に近付くのに50年もの時間が必要だったということになり、ハモンドオルガンという楽器の奥深さを思い知らされました。だからこそ主要な鍵盤楽器として今も、多くの音楽家から愛されているのですね。
次回はYC61のオルガン関連の音をさらに詳しく、またレスリースピーカーのシミュレート音や鍵盤のタッチなどもリポートできたらと考えています。乞うご期待!
コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
投稿についての詳細はこちら