一昨日、琉球の西表島(いりおもて)の登山で、危うく遭難しそうになった。西表と言えば、日本が世界に誇る世界自然遺産にも名を連ねる素晴らしい島であり、大自然の原始林に恵まれ、多くの野生動物が生息している。その中心地、山の上の方にはマヤグスク滝と呼ばれる、日本で最も美しいとも言われる滝が存在する。そのマヤグスクを目指して、大原港近くの休憩所からロングトレイルの登山を決行したわけだが、結果は散々であった。それはアクシデントというより、正に悲劇というに他ならない。
そもそも、事前に得ていた情報と現場の状況があまりにも違っていた。行きは3時間で目的地まで到達すると安易に考えていたが、想定外の時間を費やすことになる。結果、5時間を超えて必死に14kmもの厳しい山道を走り、登り続けたにも関わらず、目的地までまだ、700mが残されていた。ところが時間がなくなってきただけでなく、天気予報もあてがはずれ、想定以上の雨が降ってきたのだ。目指していたマヤグスク滝を目前に、どうするべきか。

時間は既に午後3時。疲労を極めており、雨により突如、一気に水かさが増してきた。もはや川を越えることができないのは、一瞬にして見てわかるほどの、すさまじい川の流れの音だ。その音を聞いて、ふと、恐怖感に襲われる。マヤグスク滝は目前だ!が、このまま滝まで直行すれば、間違いなく遭難すると思い、勇断!「撤退!」自分に強く言い聞かせた。初めて訪れた西表で遭難し、ニュースに載るようでは、さまにならない!
ところがいざ、撤退の決断はしたものの、出発地点まで戻る自信が失せ始めていた。何故なら、登山道に入ってからの原始林の中での山道がひどく、ぬかるみと川だらけで足場が悪いだけでなく、ずぼずぼと、あちらこちらで足が沈み、また、岩場や急斜面では滑って転んでしまうからだ。しかもロープを使って上り下りする個所も多く、そんじょそこらの山道の様相とは全く違う。ましてや山道に迷うことも多く、かろうじて道案内の赤リボンを見つけては、進んでいくという難工程に、正直、精神的にまいってきていた。そのうえ、目的地に到達できない落胆と、予想外の雨、ということで、出発地点には戻れないと思い始めていた。

無論、午後3時の時点で西表島のマヤグスクのそば、大きな川が流れる地点には誰もいない。おそらく地元の人たちはわかっているのだろう。小雨が降るだけで、そこには行くなと。そんなことも知らず、西表島のど真ん中で一人ぼっちになっている自分に気が付いた。ここからどうやって戻るのだろうか。今から5時間かけたら夜の8時、真っ暗闇だ。日中でもわかりづらかったあの山道をいったい全体、どうやって暗闇の中で探しながら、歩けるのだろうか。懐中電灯も持ってない。また、携帯電話もいつ、電源が切れてしまうかわからない。昨今の登山においては、YAMAPのアプリが命綱となることがある。電波が通じなくても、自分の居場所が地図上でわかるからだ。だから携帯がある限り、夜でも山道を辿っていくことが可能になる。あくまで、携帯のバッテリーが持ち続ける限りの話であり、今回のように10時間の登山では、バッテリー切れの悪夢は現実となりやすい。
そこで西表の上原からチャーター船をよんで、軍艦岩と呼ばれる上原側からの登山道入口まで迎えに来てもらおうと、雨の中、電話をすることにした。登山の際は、必ず3つの電話を持ち歩いている。ソフトバンク、ドコモ、auだ。山中では電波が繋がらない場所が多いことから、3つのキャリアを常に所持することには大いに意義がある。ところが案の定、さすがに西表島の山中では、どのキャリアも繋がらない!万事休す!!
もはや決断は2つにひとつ。救助を要請するという恥を忍んでSOS信号を携帯から発信するか、それとも、がむしゃらに元の道を折り返して、戻れるとこまで自力で戻っていくか。実際、YAMAPのエリート会員であることもあり、自分の携帯電話には危険を告知するメッセージ、SOS情報が流れてきていた。つまり、遭難する可能性がでてきていますよ、という警告のメッセージだ。それを見て、一気に恐怖感が募る。まさかの事態に遭遇してしまったのだが、一瞬、足を止め、心を落ち着かせて祈りの思いで考えてみた。「どうするべきか?」すると答えがすぐに心の中に浮かび上がってきた。「撤退!」「何が何でも、生きて帰ろう!」正に戦場にいるような思いに浸っている自分がいた。
小雨の中、疲労困憊を極めていることもあり、集中力もとぎれがちで、絶望感に襲われることもあった。が、すぐにポジティブな思いに切り替えて、何とかなる、必ずなる、絶対にできる、と言い聞かせて足を動かし続けた。その結果、見事、夕暮れ前の午後18時30分に、出発地点まで戻ることができた。が、そのコストは大きい。

まず、がむしゃらに川をわたり、ずぶ濡れになっても見向きもせずに走り続けたことから、足首の周りに大量のヒルがついているのに暫く気が付かなかった。戻り始めてから30分くらいした頃だろうか。足元にふと、黒い異物がついているのに気が付いて、よくよくみると、ヒルだったのだ。もしかして、と思い、雨の中、立ち止まって靴をぬぐと、靴下の周りにヒルがいっぱいいるだけでなく、何匹も靴下の中に潜り込んで、自分の血を吸っていたのだ!生まれて初めての経験だけに、驚きと恐怖に襲われる。慌ててリュックからスプレーを取り出して吹き付けるも、既に時遅し。足首のあちらこちらから結構な量の出血が確認された。両足をヒルにやられてしまったのだ。さらには、幾度となく急斜面ですべり、手足に出血するほどの傷を背負うことになる。また、持病の膝の痛みもひどく、ロキソニンを飲んでいなかったので、膝ががくがくのまま、走り続けることになった。すべては我慢、ひたすら耐え忍ぶことを学ぶレッスンの時であった。
かろうじて、無事に生還できた。が、反省点は多い。まず、大自然の中にできた山道の多くは急斜面であることは理解していたが、急斜面、かつ、山道にもなっておらず、雨のために表面がぬるぬるで滑る場所があることを、もっと予測するべきだった。実際、今回の山道は注意しながら歩いていても、すぐに滑ってころんでしまう個所が多く、時にはもんどりを打ってしまうこともあった。昨日は思いのほか、幾度となくすべり落ち、3回ばかり、ぬかるみの斜面にて転がってしまった。ドロドロした急斜面登山は避けるべきと心得た一日であった。
何が問題だったのか?どんな情報が不足していたのか?本来はどのように事前準備をするべきだったのか?本来知るべきことはもっと多かったのだが、知りえなかったことが悔やまれる。振り返るに、問題点は一目瞭然であった。まず、西表山の大原からマヤグスクの滝までは、少なくとも片道6〜7時間、合わせて13時間前後は想定しなければならないのだが、そのような情報がどこにも公開されていないことが問題であった。つまり、普通の登山スピードを考えると、健脚を想定したとしても、早朝に出発しなければ、夕暮れまで戻ってくることができないほどの距離と難度のレベルが高いコースなのだ。しかも途中で天候が変わり、雨が降ってきて水嵩が増すだけで川を渡れなくなり、遭難する危険性があることも知らなければならない。また、ヒル対策も大事であり、ずぶ濡れになって川をわたっても、ヒルを除去する対策を処置しなければならない。
残念ながら、自らが最も信頼しているYAMAPのネット情報においては、今回の西表島コースは、どう見ても片道3時間半としか理解できず、その誤情報を信じてしまった。何かの間違いなのだろうが、片道7時間は想定しないといけない。そういう誤情報も多く流布されているせいか、それを聞いて登山する人たちの遭難が、西表では後を絶たないようだ。とんだトラブルを避けるためには、正しい情報の取得が不可欠だ。それなくして、安全、かつ、楽しい登山を実現することはできないと心得たい。
つまるところ、何事も無事に成功を収めるためには、正しい情報を、リアルタイムで的確に得ることが不可欠だ。今回の悲惨な体験を踏まえて、さらに精進していくことを今、自分に言い聞かせている。とはいえ、膝も壊れてしまい、しばらくは休むことも大事。バランスを考えながら、ベストの結果を出すための情報収集を心得なければならない。