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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その137 追悼 アストラッド・ジルベルト ~永遠の歌姫アストラッド~ その2

2023-06-23

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

ボサノバの歌姫、アストラッド・ジルベルト訃報によせて

6月5日、世界的ボサノバ歌手であるアストラッド・ジルベルトがお亡くなりになりました。享年83。
アストラッド・ジルベルトはボサノバのマエストロと言われたジョアン・ジルベルトの元妻であり、「イパネマの娘」を歌い世界にその名を知られています。
アストラッドは1964年のボサノバ大名盤である「ゲッツ/ジルベルト」に女性シンガーという形で飛び入り的に参加し大ブレイクのキッカケを作りました。
今回はアストラッド・ジルベルトのソロアルバムリリースまでの経緯、そしてアストラッドと関わった2人の音楽監督とその作品を中心にアストラッドを偲んでみようと思います。

アストラッド・ジルベルトは1つのコンテンツだった!

アストラッド・ジルベルトの参加した「ゲッツ/ジルベルト」はグラミー賞も複数獲得し、彼女が歌った楽曲「イパネマの娘」も世界的大ヒットとなりました。
アメリカのマーケットがこんな宝石を見逃すわけがありません。アストラッド・ジルベルトが磨けば光る、稀にみる原石だったのです。
「ゲッツ/ジルベルト」の翌年、プロデューサーのクリード・テイラーはアストラッド・ジルベルトを全面に出した彼女のソロアルバムをリリースします。

■ 推薦アルバム:『おいしい水』(1965年)

瑞々しいアストラッド・ジルベルトの歌いすぎない歌唱を全面に展開した好アルバム。冒頭の歌いだしが全てといえるほど、アストラッドの良さがこのアルバムに凝縮されている。今、考えてみれば彼女の声こそがボサノバだった。最初、この曲に接したとき「天使」を思わせる声に私は驚愕した。今聴きなおしてもその感動は変わらない。
プロデューサーのクリード・テイラーは分かっていたに違いない。アストラッドの声が「キラー・ボイス」だったということを…。
また、クリード・テイラーの仕掛けはこれだけではなかった。バックには、ギターにアントニオ・カルロス・ジョビン、ピアニストはジョアン・ドナート、サックスがバド・シャンク、アレンジがマーティ・ペイチといった強者ミュージシャンがアサインされた。アルバム「ゲッツ/ジルベルト」とは異なるアレンジは、ボサノバの1つの典型となるサウンドを作り上げた。全てアストラッドの声を生かすためのアレンジだった。
そこに「ワンス・アイ・ラヴド」「おいしい水」「ハウ・インセンシティブ」「ジンジ」「ドリーマー」といったボサノバの超定番となる楽曲達。文句なしの仕掛けの数々は名プロデューサーであるクリード・テイラーの真骨頂だった。
クリード・テイラーはこのアルバムにアストラッドのおいしい部分を全てを注いでしまったのかもしれない。映画音楽やスタンダードなどに手を伸ばすものの、ファーストアルバムにみる選曲の鮮やかさは後のアルバムには見受けられないと感じるのは私だけではないはずだ。
当時、アストラッド・ジルベルトは24歳。その歌唱は「ゲッツ/ジルベルト」に続くボサノバ第2の名盤を作り上げ、彼女の歌声は世界のスタンダードとなった。

推薦曲:「ジンジ」

奇しくもこのアルバムの楽曲はすべてジョビンが担っているというのも名盤といわれる所以だ。アルバムの質を評価する場合、楽曲の良さは演奏以上に重要な要素である。その楽曲がジョビンによるものというだけで、アルバムの出来が保証されているようなものだ。
「ジンジ」はボサノバシンガー、シルビア・テリスの愛称。作詞家のアロイージオ・ヂ・オリヴェイラが妻のシルビア・テリスを想って書いた曲。ボサノバの重要曲でありジョビンの名作といえる。この楽曲をこの面子の演奏でアストラッドが歌えば何も言うことはない。あっけらかんとしているが、ある種の切なさを帯びている歌唱が秀逸。

■ 推薦アルバム:『Look to the Rainbow』(1966年)

米ジャズ界の巨匠、ギル・エヴァンスがアレンジを手掛けている。ギル・エバンス・オーケストラとのコラボレーションが聴きもの。バーデン・パウエルの名曲「ビリンバウ」やミッシェル・ルグランの名曲を取り上げている。「音の魔術師」といわれるギル・エバンスらしく、クリード・テイラーとは視点の異なる選曲、アレンジが施されている。ボサノバ特有のシンコぺートするリズムを意識しながらも、それをオーケストラで料理するというギル・エバンスならではのアプローチが素晴らしい。しかも、そのアレンジがシンガーであるアストラッド・ジルベルトの歌唱を際立たせる素晴らしいアルバム。魔術師の仕事ぶりに頭が下がる。

推薦曲:「Berimbau」

ブラジルの民族楽器、ビリンバウのイントロから始まる。直後にアストラッドのボーカルが聴こえるという意表ついた展開。バーデン・パウエルの名曲が意外な形で料理されている。ギルのブラスアレンジとアストラッドのコラボが鮮やか。

推薦曲:「I will wait for you」

1964年のフランスのミュージカル映画、「シェルプールの雨傘」のタイトル曲であり、ミッシェル・ルグランの名曲。
ギル・エバンスはこの楽曲アレンジでとてつもないトライアルをしている。シンコペートするボサノバ特有のリズムを廃し、オーケストラによるブラスをパット的にバッキングに使用。その雲のようなアンサンブルの上にアストラッドのボーカルをのせている。アストラッドのボーカルをここまで際立たせるアレンジを聴いたことがない。更に驚くべきパートが後半に待ち受けている。アストラッドのボーカルとトランペットのデュオは聴きものだ。特にテクニカルなシンガーでないアストラッドのボーカルにトランペットが被るとは誰も予想しない展開。それが予想に反し効果的だったのは魔術師ギル・エバンスの技に他ならないことを思い知らされた。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:アストラッド・ジルベルト、ギル・エバンス、ジョアン・ドナード、アントニオ・カルロス・ジョビンなど
  • アルバム:「おいしい水」「Look to the Rainbow」
  • 曲名:「ジンジ」「Berimbau」「I will wait for you」

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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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