ボサノバアルバムの視点を変えて…これは名盤です!
ボサノバの名盤、名曲を作曲家や演奏家などから検証するボサノバ大特集も終盤に入りました。 今回は100回記念で、日本人ミュージシャンがこれまでとは異なる形でボサノバに向き合った歴史的にも重要なアルバムをご紹介します。ボサノバアルバム特集です。
坂本龍一さんとボサノバとの距離
楽曲はアレンジによって変わるというのはこのシリーズでも書かせてもらいました。また、アレンジの妙が楽曲を違う形に導き、そこから新しい景色が見えたりもします。
今回のテーマは坂本龍一さんによる目から鱗のボサノバへのアプローチです。
坂本龍一さんは1970年代後半にシンセサイザーなどの電子楽器を駆使し、YMOを世界に広げたミュージシャンであり、Jポップの名アレンジャーであり、演奏家というのが頭に浮かびます。
実際に南佳孝さんなど坂本龍一さんの手掛けたアレンジやキーボードプレイはツボを押さえた見事な仕事ぶりでした。
また、YMOでは旧来音楽へのアンチテーゼ的アプローチで世界の賞賛をあつめました。
80年代は「戦場のメリークリスマス」に自身も出演し、オリジナルサウンドトラックも手掛けるなど、映画音楽へのアプローチも行われました。
まさに八面六臂の活躍でした。
しかし、私はその輝かしい音楽遍歴の中から坂本龍一さんとボサノバとの関係式を見出すことはできませんでした。坂本龍一さんからブラジル音楽の匂いを感じることが無かったからです。
ボサノバへのアプローチにこういう手段があったとは!教授の音楽的知見に脱帽!
そこで坂本龍一さんとモモレンバウム夫妻とのボサノバアルバムです。このアルバムは坂本龍一さんのアコースティック・ピアノ、ジャケス・モモレンバウムさんのチェロ、パウラ・モモレンバウムさんのボーカルという、これまでにないトリオ編成中心のアルバムです。楽器はピアノとチェロという意外な組み合わせ。この2つの楽器によるボサノバアルバムをこのアルバム以外に私は知りません。 実際に耳にするととても清新でボサノバの有するムードが壊されることなく、忠実に提示されています。ボサノバの新たな切り口を見た思いがしました。
このアルバムから聴こえてきたのは新しいボサノバ…それも奇をてらったものではなく、今まであった筈なのに何故か耳にしたことの無い…不思議なリオの空気感でした。
背景を探るとその意味が分かりました。
アルバム提案者はパウル・モモレンバウム
坂本龍一さんはブラジル生まれのアメリカ人、アート・リンゼイ氏よりブラジルの著名ミュージシャン、更にカエターノ・ヴェローゾ氏を紹介され、カエターノからジャキスを紹介されたようです。ジャキスとはヨーロッパをツアーする程の仕事仲間でした。その妻であるパウラから「ジョビンの作品の中には隠れた名曲が沢山あるから一緒にやらないか」とアルバムの提案をされたといいます。
ブラジルでのコンサートの際、カエターノ・ヴェローゾ氏からジョビンの奥様を紹介され、ジョビン宅に招待されジョビンのピアノを弾いたところから物語が動きます。
パウラからの提案を受け、ジョビン婦人がジョビンのピアノでレコーディングすることを了解したことから実現したのが「CAZA」というアルバムです。
私が感じた「空気感」はジョビン宅にメンバーが集まり、ジョビンが弾いていたピアノを坂本氏が演奏し、ジョビン宅の空気までもがまるごとパッケージされていたというのがその理由でした。
■ 推薦アルバム:Morelenbaum2/坂本龍一『CASA』(2002年)

モモレンバウム夫妻と坂本龍一さんのトリオ演奏。通常ボサノバと言えばアコースティックギター(ガットギター)が思い浮かぶが、このユニットはアコースティックピアノとチェロという大変則バージョン。
ジョビンのバックバンドを務めていたモレンバウン夫妻の演奏と共にクラシカルな素養を背景にした教授のピアノプレイがジョビンの音楽にピタリとはまっている。海外での評価も高い大傑作盤。
推薦曲:「As Praias Desertas」
ジョビンの隠れた名曲というアルバムコンセプトがよく理解できる。アントニオ・カルロス・ジョビンミュージックの懐の深さを目の当たりにする名曲。パウラの歌唱が素晴らしい。
推薦曲:「オ・グランジ・ア・モール」
アコースティックピアノ長いイントロに導かれ、ジャケスのチェロからパウラのボーカルに移行する珍しいフォーマット。中間部のチェロのソロとそれに寄り添うアコースティックピアノのバッキングは、これまでの概念を覆すほどの発想。坂本龍一さんは空間を埋めるのではなく、ソロパートの背景の生かし方、際立たせ方が分かっている演奏家だと思う。
推薦曲:「TEMA PARA ANA」
アコースティックピアノとチェロによる綴れ織りの様なインスト曲。私は自分の制作したドキュメンタリー番組に、取材対象の心象風景を表現するのに適したこの楽曲を含め、数曲をBGMとして使わせていただきました。ジョビンはこのような曲も書いていたのだという感想を持った。
■ 推薦アルバム:Morelenbaum2/坂本龍一『A Day in New York』(2003年)

たった1日で坂本龍一さんとモレレンバウム夫妻などがニューヨークのスタジオで録音した名盤。前作「CASA」のジョビン・トリビュート・アルバムの第2弾。このアルバムではジョビンの曲以外にジョアン・ジルベルトやカエターノ・ヴェローゾの曲も取上げている。演奏者も増えていることから、従来のボサノバに寄ったアプローチも窺える。
推薦曲:「Insensatez(HOW INSENCITIVE)」
パウラの歌唱に感心する。ジョビンの世界観の表現は圧倒的だ。坂本氏のアコースティックピアノはブラジル側からのアプローチというよりもドビュシーなどクラッシックフィールドからのそれを感じさせる。アコースティックピアノの音間を生かすことで空気を歌わせているというイメージがある。
推薦曲:「シェガ・ジ・サウダージ」
ジョビンの名曲を坂本流に捉えた作品。中間部のボーカルとチェロのユニゾンスキャットが素晴らしい。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:坂本龍一、ジャケス・モモレンバウム、パウラ・モモレンバウムなど
- アルバム:「CASA」「A DAY IN NEWYORK」
- 曲名:「As Praias Desertas」「オ・グランジ・アモール」「TEMA PARA ANA」「Insensatez」「シェガ・ジ・サウダージ」
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