ブラスロックバンドの雄、シカゴに訪れた窮地
1969年にアメリカでデビューしたブラスロックの雄、「シカゴ」。シカゴはロックにブラスアンサンブルを導入し、ブラスロックの地位を築きました。アルバムジャケットのアートワークは秀逸で、CHICAGOの文字を様々な形でデザインしたアルバムジャケットでした。文字のモチーフにはチョコレート、刺繍、高層ビル、指紋、木彫など、素敵なデザインが揃っていました。当時高校生だった私はアートワークを通し、シカゴというバンドを意識しました。

シカゴのアルバムジャケット
このバンドはジェームス・パンコウ(tb)、ロバート・ラム(key)、テリー・キャス(G)など、優れた作家陣がシカゴミュージックを作り、ヒット曲を世に出していました。「サタデー・イン・ザ・パーク」(全米3位)はキーボーディストのロバート・ラムが書き、分かり易くポップな楽曲で当時、私のフイェバリットソングでした。
しかし、同じメンバーでアルバム制作を続けることはリスナーから飽きられるというリスクがあります。また、ブラスロックバンドはブラスを入れずにアルバム制作をすることが難しく(それ的なアルバムもありましたが)、バンドとして小回りの利く編成ではなかったとも云えます。70年代後半、栄華を誇ったシカゴは時代の波に晒され、アルバムセールスも厳しい状況になっていきました。
シカゴの復活仕掛け人はデビッド・フォスターだった!
バンド再生には新しい血が必要です。シカゴは起死回生をかけ、アルバムプロデュースを稀代のプロデューサー、デビッド・フォスターの手に委ねます。デビッドはエアプレイのメンバーであり、前回、前々回の鍵盤狂漂流記でも書きましたが、アース・ウインド&ファイアーや様々なアーティストをプロデュースし、多くのグラミー賞を獲得したキーボーディストであり、作曲家であり、アレンジャーであり、プロデューサーでした。
アース・ウインド&ファイアーやエアプレイの音楽は時代の先端を走っていましたが、シカゴはそういうバンドではありません。もう少し、土の匂いのするアーシーなバンドです。70年代の良きアメリカンロックを引きずった音楽、それがシカゴの持ち味でした。しかし、時代は既にシカゴの音を求めていなかったのです。そんなバンドをデビッドがプロデュースをして大丈夫なのか?というのが私の感想でした。
■ 推薦アルバム:シカゴ『ラブ・ミー・トゥモロウ シカゴ16』(1982年)

私の心配は杞憂に終わりました。デビッド・フォスターはメンバーが作ったアルバムに入れる楽曲を全てボツにし、メンバーと共に新しく曲を作り直したそうです。デビッドの手に掛かった楽曲は時代最先端のメイクを施され、これまでのシカゴとは違ったアルバムが出来上がりました。
デビッドの大ナタはこれで終わりません。レコーディングメンバーをシカゴのメンバーでなく、TOTOなど、ウエストコーストの売れっ子ミュージシャンに任せます。彼らの音が「時代が求める音」だったからです。
AORの旗手とも云えるビル・チャンプリン(Vo、key)も新メンバーとして、シカゴに変化をもたらします。ビルは1年前にデビッドのプロデュースによるソロアルバムをリリースしている為(後述)、それも奏功したのでしょう。シカゴはデビッドの荒治療の末、全く違うバンドに生まれ変わりました。
アートワークはICチップをモチーフにしています。
推薦曲:『素直になれなくて』
新生シカゴの名曲。デビッド・フォスターとベーシストのピーター・セテラ、ロバート・ラム(key)がクレジットされています。デビッドお得意のアコースティックピアノのイントロはこれまでのシカゴにはない輝きを放っています。ピーター・セテラのボーカルも時代が求めるAORタッチに見事にはまり、新生シカゴを印象付けました。
また、この曲にはデビッドお得意のシンセベース、ミニモーグシンセサイザーが使われています。ミニモーグは音が太く、ベース音に適している為、デビッド・フォスターは好んでミニモーグを使いました。ミニモーグのシンセベースには4弦ベースとは異なるニュアンスがあり、新たな時代の音となりました。こういう部分もデビッドのプロデュース力が光るところです。これまでのシカゴはベースにミニモーグを使う発想は無かった筈です。
MIDI(ミュージカル・インストゥルメント・デジタル・インターフェイス)が世に出たのは1981年、このアルバム(82年)のミニモーグはMIDIに改造されたものでシーケンサーに通し、演奏された可能性があります。

ミニモーグシンセサイザー
私はシカゴのライブで「素直になれなくて」を聴きましたが、あまり記憶に残っていません。「素直になれなくて」は当時のレコーディング技術を駆使しています。ベースはシーケンサーをかませて手弾きをした後にクオンタイズをかけるか、シーケンサーに音符を打ち込んでいる可能性があります。その為、ライブではスタジオ盤のニュアンスが出ないのです。ライブでこの曲を聴いても「何か、ちょっと違うな…」という印象でした。
また、シカゴは私が観た外タレの中でライブパフォーマンスが短く、1時間15分+アンコール1曲位であまり「やる気」を感じませんでした。パット・メセニーグループは3時間を超える素晴らしいライブをするのに、何だかな~と残念だったことを思い出します。
「素直になれなくては」は「ゲッタ・ウェイ」という曲が同一トラック内で続けて収録されています。「ゲッタ・ウェイ」は、これまのシカゴ・ミュージックの延長にあり、疾走感のあるブラスアンサンブルを中心としたインスト曲です。デビッド・フォスターはプロデューサーとして、こういった曲をアルバムに入れる事(しかもシングルカットされた楽曲)でブラスロックバンド、シカゴのバランスを取っていたのかもしれません。しかし、ラジオで「素直になれなくて」がかかると、後半部分の「ゲッタ・ウェイ」は必ずと言っていい程、フェードアウト処理がされていました。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲、使用鍵盤
- アーティスト:シカゴ、デビッド・フォスター
- アルバム:「ラブ・ミー・トゥモロウ」
- 曲名:「素直になれなくて/ゲッタ・ウェイ」
- 使用機材:アコースティック・ピアノ、ミニモーグシンセサイザーなど
コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
投稿についての詳細はこちら