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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その276 ~MoMAコレクション的、永久保存ライブアルバム アメリカンロック編 パート4~

2025-11-30

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

あの時代の空気が詰まったアメリカンロックの名盤『RUNNING ON EMPTY』、『孤独のランナー』

永久保存盤ライブアルバム、アメリカンロック編Part4はウエストコーストのミュージシャン、ジャクソン・ブラウンの名盤です。最初は「ザ・バンド」の『ラスト・ワルツ』にしようかと思いましたが、心情的にジャクソン・ブラウンの方が共感でき、このアルバムでスライドギターを弾いているデヴィッド・リンドレーは私が取材したミュージシャンであること、そしてリンドレーがアルバムの重要な役割を果たしていることから『RUNNING ON EMPTY』を選択しました。 そしてこのアルバムのもつ独特の空気感が私はとても好きなのです。

私は1980年にたった1人でグレイハウンド・バスやコンチネンタル・トレイルウェイバスを使ったアメリカ横断の旅に出ました。 話相手は現地で出会ったアメリカ人や私と同じバックパッカー達でした。ニューヨークに入り、シカゴやニューオリンズ、エルパソ、ロサンゼルスなど、幾つかの都市を巡りました。言葉もろくにしゃべれない21歳がお金もないまま、300ドルで手に入れた米国20日間バスの乗り放題チケットでアメリカ大陸を横断するという無謀な旅行です。
アメリカは日本を数個横に並べてもさらに大きい大陸ですから、バスに乗って出かけても直ぐに行きたい都市へ着けるわけではありません。バスの中で一晩眠っても砂漠の景色がほとんど変わらなかった…なんてこともありました。砂漠の景色が続き、ようやく2晩目に小さな町の灯りが見え、ほっとしたこともありました。

ジャクソン・ブラウンのライブアルバム『RUNNING ON EMPTY』には、私が21歳の頃に見たアメリカの景色が見えてきます。何故か当時の心情ともダブるところがあります。1970年代後半から80年代のくぐもったアメリカの風景や孤独を感じることができるのです。 『RUNNING ON EMPTY』というライブアルバムには、ジャクソン・ブラウンバンドの国内ツアーの様子がレコーディングされたり、ツアー中のバスでレコーディングしたり、ツアー中に宿泊したモーテルでの録音など、かなり特殊なシチュエーションのテイクも含まれています。かっちりとしたライブではなく、そのレコーディングプロセスを含めた当時のアメリカの空気や、ジャクソン・ブラウンを含めたバンドメンバー達の心情もこのアルバムには記録されています。

■ 推薦アルバム:ジャクソン・ブラウン 『RUNNING ON EMPTY』(1977年)

1977年にリリースされたライブアルバムの傑作。ただのライブ録音では得られない独特の倦怠感やメンバーとの一体感といった、通常のライブアルバムには存在し得ない独特の空気感がこのアルバムの持ち味だ。 バンドメンバーはジャクソン・ブラウン(ボーカル、ギター、ピアノ)、デヴィッド・リンドレー(ギター、バイオリン、ペダル・スティール、ボーカル)、クレイグ・ダーギ (フェンダー・ローズ、ウーリッツアーピアノ、オーバーハイム4ボイスシンセサイザー)、ダニー・コーチマー(ギター)、ラス・カンケル(ドラム)、リーランド・スカラー(ベース)といったウエストコーストの腕利き達が顔を揃えている。
アメリカンロックにおけるとてもシンプルなアンサンブルで、音数は一聴するとスカスカだ。しかしメンバーのスキルの高さは音のそこかしこに存在し、歴史的なライブアルバムの根幹を支えている。 また、このバンドメンバーのコーラスワークは特筆もので、隙間だらけのアンサンブルを埋める重要な役割を担っている。女性コーラスのハイトーンを出せるローズマリー・バトラーのコーラスワークが印象的だ。華やかなステージとは裏腹に、移動と孤独が果てなく続く旅(ロード)の過酷さと、自身を見つめた空虚な想いがこのアルバムには漂っている。

推薦曲:「Running on empty(孤独のランナー)」

このアルバムのテーマソング。自身を回転する車のタイヤホイールに例え、終わりが見えないツアーを人生に重ね、更にEmpty、「空っぽ」という文言が重なる。元々、自分自身を見つめるシンガーソングライターだったジャクソン・ブラウンの面目躍如たる楽曲だ。このバンドアンサンブルの核になっているのは、デビッド・リンドレーのネックまで空洞になった専用のギターを膝の上に乗せて弾く、スティールギターのサウンドだ。リンドレーのスティールギターが楽曲の疾走感を演出している。

推薦曲:「The Road」

ダニー・コーチマーのアコースティックギターとデビッド・リンドレーのヴァイオリンのアンサンブルの妙が聴ける、ダニー・コーチマーの楽曲。こういったフォーキーな曲を歌わせてもジャクソン・ブラウンは持ち味を発揮する。 3コーラス目からベースやドラム、鍵盤が入り、バンドの音になるがシンプルな演奏だ。クレイグ・ダーギの、(リンドレーの)バイオリンに寄り添うローズピアノがいい味を出している。

推薦曲:「Cocaine」

この曲もダニー・コーチマーのアコギとデビッド・リンドレーのヴァイオリンのアンサンブルが中心だ。ドラッグの酔いとロードの倦怠が交錯する。ジャクソン・ブラウンの気怠いボーカルテイクはホテルの1室で録音されている。ダニー・コーチマーのアコギソロが素晴らしい。

推薦曲:「The load-out~Stay」

ライブコンサートが終わり、誰もいなくなった会場でクルー(スタッフ)が機材を片付ける…。この歌はツアースタッフに捧げられた珍しい楽曲だ。クレイグ・ダーギがミニモーグでソロをとる。殆どエフェクトも掛かっていないネイキッドな音だ。印象的なのは、難しいことはしていないが、メロディーが歌っていることである。 Stayの3コーラス目ではとぼけた声で歌うデビッド・リンドレーが笑える。それを受けてクレイグ・ダーギのシンセサイザーソロも『The Load-Out』とほぼ同じ音でソロをとっているが、このメロディーラインもとても美しい。違いはシンセの左側に付いたピッチベンドホイールで音をベンディングしていることだ。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:ジャクソン・ブラウン、デビッド・リンドレー、クレイグ・ダーギ、ダニー・コーチマー、リー・スカラー、ラス・カンケル、ローズマリー・バトラーなど
  • アルバム:『RUNNING ON EMPTY』
  • 推薦曲:「Running on empty」「The Road」「Cocaine」「The load-out~Stay」

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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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