アレンジャー、プロデューサーとしての才能を持ったボブ・ジェームス
これまでに頓挫していたフェンダー・ローズエレクトリックピアノの使い手特集の3回目です。
今回取り上げるキーボードプレイヤーは、前回 に続き、ボブ・ジェームスです。
アレンジャー、プロデューサーといった音楽を俯瞰する立場にあるボブ・ジェームスとフェンダー・ローズピアノとの関係性などにスポットを当てたいと考えています。
アレンジャーとしてはグローヴァー・ワシントン・ジュニア、ハンク・クロフォード、エリック・ゲイルといったニューヨークをはじめとする東海岸系のミュージシャンのアルバムを担当。
プロデューサーとしてはメイナード・ファーガソンやスティーヴ・カーン、ケニー・ロギンスといった、ジャズだけではなくロックにまでそのフィールドを広げ、数多くのアーティストを担当しています。
また、TV番組のサウンドトラックなども手掛けています。
ボブ・ジェームスの音楽にはジャズだけではなくクラッシック的なフレーズやブリッジも散見します。幅広いジャンルの知見から生みだす音楽はプロデューサー的な要素が強く、自身の演奏を全面に押し出すことはありません。
ボブ自身のアドリブプレイにも抑制されたクールな設えがあり、彼が作る音楽全般の底流に流れています。私はそれがボブ・ジェームスの本分であると思っています。
1990年代にはネイザン・イースト、リー・リトナー、ハーヴィー・メイソンといった腕利き達と「フォープレイ」というバンドを結成。ギタリストの交代はあったものの、今もこのユニットは継続されており、ボブ自身もバリバリの現役プレイヤーを貫いています。
■ 推薦アルバム:ボブ・ジェームス&ティル・ブレナー『オン・バケーション』(2020年)

ボブ・ジェームスが得意とするミュージシャンとのデュオアルバム。ボブはこれまでにデイヴィッド・サンボーンやアール・クルーと共演している。2枚の共演アルバムはグラミー賞に輝いている。
このアルバムはチェット・ベイカー狂のトランペットプレイヤー、ティル・ブレナーと制作された。
ティル・ブレナーはチェット・ベイカーに近い演奏スタイルを持つ、トランペットプレイヤーであり、ボーカリスト。ティルはチェットのアルバム『枯葉』(1974年)からも大いにインスパイアされたという。
全体のアンサンブルではフェンダーローズ・エレクトリックピアノの存在感は絶大だ。このアルバムではどちらかといえばアコースティックピアノがメインではあるが、ローズピアノが奏でるサウンドが楽曲に奥行きを与えている。ローズピアノのコード音がアンサンブルに加わることで楽曲全体がふくよかな響きになることをボブ・ジェームスは分かっているのだろう。
テーマはバケーション。リゾート感やリラックス感を演出するのに円やかな音のローズピアノはなくてはならない存在だった。その辺りのローズピアノの使い分けは、アレンジャーであり、プロデューサーの仕事に携わった音楽家として心得ていたのだろう。
このアルバムは2020年に新型コロナウィルスが全世界を覆い、鬱屈した社会状況の中でリリースされた。
レコーディングは南仏プロヴァンス地方の荘園領主の邸宅内のスタジオで行われたそうだ。リラックスしたムードが楽曲を通して伝わってくる。私はコロナと対峙する中でこのアルバムが持つ「リラックス感」と「静けさ」に随分救われたことを記憶している。
推薦曲:「オン・バケーション」
軽い4ビートに乗ってトランペットが滑り出す。そこにボブのアコースティックピアノの合いの手が入り、ティル・ブレナーのボーカルが被れば1つの世界ができあがる。バッキングはローズピアノだ。テーマを歌うトランペットをローズピアノが磨きをかける。
抑制されたフレーズで構築されるローズピアノのソロはボブの真骨頂だ。
アルバム全体に流れる押しつけがましさのない楽曲コンセプト。聴いている者に安らぎを与えてくれる。
■ 推薦アルバム:フォープレイ『Ⅹ』(2006年)

2006年にリリースされたフォープレイの10枚目のアルバム。
フォープレイのギタリストは当初、リー・リトナーだったが、リーが多忙な為、ラリー・カールトンが2人目のギタリストになった。このアルバムは2人目のギタリストとのアルバム。
腕利き達によるそつのない高度な演奏は、彼らでなくては成しえない領域に到達している。楽曲作りにはボブ・ジェームスだけでなく他の3人も参加。だからこそこのユニットは長く続くのだろう。
このアルバムでは4人のオリジナルではないスティーヴ・ウィンウッドの楽曲、「My Love's Leavin'」をマイケル・マクドナルドに歌わせている。インストだけでなく、ボーカルトラックを導入するのはこの手のバンドの常套手段ではあるが、プロデューサー感覚を持つボブ・ジェームスのアイデアかもしれない。
推薦曲:「サンデー・モーニング」
ボブ・ジェームスのアレンジャー、プロデューサーである側面を知ることができる楽曲。美しいメロディーが冴えるシンプルな楽曲…と思いきや、イントロだけでもローズピアノを含む6種類のキーボードの音が使われている。
イントロにここまで音数が必要だったのかと思う反面、数多くのキーボードの音が見事に整理されているのが分かる。
ローズピアノの音、ジュワーンというアナログシンセ的な音、フルート的サイン波音、虫が鳴くようなビブラートをかけたSE音、つぶれたような金属的ベル音などが邪魔することなくローズピアノの音を際立たせ、イントロを形成している。
この辺りの音の重ね方にボブ・ジェームスのキーボードプレイヤー的、アレンジャーの側面が見える。
この楽曲はラリー・カールトンのギターが主体になっているが、イントロ以外にも使っているキーボード音はFM音源のエレピ音やパッド音、ストリングス音、ソフトブラス音など数多い。
メロディーを歌うラリー・カールトンのギターとボブのローズピアノが織り重なり、得も言えぬ音世界を作り出している。それを際立たせているのはボブが施したキーボード音色達だ。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:ボブ・ジェームス、ティル・ブレナー、ラリー・カールトン、ネイザン・イースト、ハーヴィー・メイソンなど
- アルバム:『オン・バケーション』『Ⅹ』
- 推薦曲:「オン・バケーション」「サンデー・モーニング」
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