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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その215 ~再開!DXエレピとは?DXエレピを使った名曲と時代背景~

2024-12-25

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 楽器, 音楽全般

歴時に残る名機

エレクトリックピアノ特集の途中で飛び込んできたクインシー・ジョーンズの訃報に愕然となり、クインシー特集を書きました。
今回はこれまで続けていたエレクトリックピアノ、エレピ特集に回帰します。エレピ特集の筆頭では、エレクトリックピアノのチャンピオンであり、一番使われているフェンダー・ローズピアノで、ローズピアノ周辺の事情と国内におけるローズピアノ演奏家とローズを使った名盤をご紹介しました。
新たなテーマは1983年にリリースされた一世を風靡したデジタルシンセサイザー、ヤマハのDX7です。歴史に残る名機の周辺情報とDXをエレクトリックピアノとして使用した名盤についてお送りします。

世界が驚愕したデジタルシンセサイザー

ヤマハは1980年代初頭にスタンフォード大学のチョーニング博士が持つ「周波数の変調により音を合成する技術」を応用したFM音源を開発しました。FM音源のFとはフリケンシー(周波数)、Mはモジュレーション(変調)の略。それぞれの頭文字をとってFM音源と言われています。
FM音源とは、オペレータという発音と変調ができる音源の元となる箱を、アルゴリズムと言われる様々な組み合わせの中で音を作るという新しい概念です。
これまでのシンセサイザーは、VCOという発振器から出る波形をVFCというフィルターで削るというアナログ方式でした。
FM音源を有するヤマハのシンセサイザーはGS1やDX9などいくつかの種類がありますが、鍵盤狂漂流記ではDX7に特化した形で話を進めます。
DX7は音の元となる6つの箱(オペレータ)と32の箱の組み合わせ(アルゴリズム)を選択して音を作ります。6つ箱(オペレータ)は6つのVCOと考えてもいいかもしれません。横に並んだ6つの箱から出る音は厚みのあるオルガン的な音を作り出します。
しかし箱から出る音はサイン波のみです。ハモンドオルガンにある1本のドローバーが1つの箱だと考えることができます。
FM音源にはアナログシンセサイザーのフィルター機能はありません。サイン波だけではオルガン止まりがぜいぜいで当然、複雑な音を出すことができません。
そこでどうするかと言えば箱は上に重ね、上の箱で下の箱を変調する訳です。上の箱で変調された下の箱はサイン波とは異なる波を発音します。様々な箱と箱の重ね方(アルゴリズム)を使って音を出すというのが、FM音源の考え方です。この話は奥まで行き過ぎると頭が混乱するので、これ以上は書かないことにします。
FM音源で何ができたかと言えば、これまでにない音を出すことができました。だから大ヒットしました。シンプルな話です。
どんな音が出たかと言えば、木琴の音、グロッケンの音、カリンバの音など不規則な倍音が含まれるパーカッシブな音を得意としていました。アナログシンセでは出すことができない音です。
アナログシンセサイザーはフィルターでサイン波やノコギリ波など元の波を削って音を作ります。オシレーターに複雑な波が入っていない限り、音を削っていくアナログシンセでは、そういった音は合成できません。
それができたのがFM音源のDX7でした。
最も重宝され、時代の潮流を掴んだのがDXエレピの音でした。
ローズピアノっぽいがローズじゃない。誰も聞いたことのない音、それがDXエレピ音でした。
ヤマハDX7は1983年に発売。当時流行していたAORブームともシンクロし、DXエレピの音は世界中に拡大しました。

一聴して分かるDXエレピ音

DXエレピの音はローズピアノでは出せませんでした。ローズピアノよりも改造版であるダイノマイローズにより近い音がしました。しかし両方のローズとも決定的に異なり、これまでに聞いたことのないエレクトリックピアノの音、それがDXエレピの音でした。
アタック感が強く、煌びやかで透き通った音…その音はデジタルシンセということもあり、軽く冷ややかで薄っぺらいという側面もありました。しかし新しいエレピ音は多くの演奏家から支持され、誰もがDXエレピの音を使うようになりました。ローズの音よりも分かり易く、一聴してDXエレピだと分かる存在感は圧倒的でした。

DXエレピの利便性

ローズピアノはトーンジェネレーターの位置をネジで変えることで音を変えることができましたがその調整はとても面倒なものでした。
しかしDX7はそうではありませんでした。
ローズピアノで鍵盤を弾く場合、タッチを強くすることでローズピアノの出音に微妙な歪が生じます。この歪み方でローズの良し悪しが決まると言っても過言でない程、ローズの歪み音を好む演奏家は多かったと思います。
DXはこの歪み音のレベルをモジュレータのレベルを上げることで歪が強くなり、下げることで歪が弱くなるというコントロールが簡単にできました。
ローズピアノは年代によって個体差もあり「当たり」「はずれ」が大きな楽器だったと認識しています。私が実際に購入する際にも数台弾き比べましたが音が全く違っていました。
DX7は作った音をメモリーできましたし、その音をRAM(ランダム・アクセス・メモリー)カートリッジに保存することができました。
アメリカ西海岸のプレイヤーがニューヨークにセッションに出かけ、自分のRAMカートリッジだけを持っていき、現場のDX7のカートリッジ口に入れれば自分の音が出せる訳です。この辺りの利便性も世界に拡大した要因でしょう。
価格は248,000円。アマチュアにも手が届く価格も支持拡大の要因だと思います。重かったローズピアノよりも軽く、手で持ってスタジオに出かけることができました。
そういう意味ではプロとアマチュアの垣根を取り払った夢のような楽器でした。

YAMAHA DX7, Public domain (Wikipediaより引用)

■ 推薦アルバム:シャーデー『ダイヤモンド・ライフ』(1984年)

AORブームの中、シャーデーの存在がブームの牽引役となった。洗練された楽曲とそれを際立てるシャーデー・アデュの知的なボーカルが話題を独占した。
バックグラウンドとなる音楽はジャズやR&B。ブラックミュージックを消化した若手ミュージシャン達の矜持が見え隠れする。
ジャズ的なテンションコードを演出するのがDXエレピ。アルバムの世界観を演出しているのはヤマハDX7のDXエレピ音の存在感だ。
ナイジェリア生まれのボーカリストシャーデー・アデュをバックアップするのはアルバム楽曲の多くを手掛けるスチュワート・マシューマン(sax、g)とアンドリュー・ヘイル(key)、ポール・スペンサー・デンマン(b)。
唯一無二の世界観を有したアルバムは全英2位、全米5位を獲得。
シャーデーは1985年、第28回グラミー賞で最優秀新人賞を獲得している。

推薦曲:「スムース・オペレーター」

このアルバム中、一番ポップで洒落た楽曲がこの「スムース・オペレーター」。陰りを帯びたボイスと楽曲と覚えやすいサビ。AORチャートで人気を獲得した意味を理解できる。DXエレピはコードバッキングに特化している。
音が整理され、アレンジとしては隙間を生かしたスカスカなアンサンブル。そのバッキングを担っているのはDXエレピだ。立ち上がりの良さと音の薄さが奏功している。
ビルボード、アダルトコンテンプラリー部門で1位を獲得。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:シャーデー・アデュ、スチュワート・マシューマン、アンドリュー・ヘイル、ポール・スペンサー・デンマンなど
  • アルバム:『ダイヤモンド・ライフ』
  • 推薦曲:「スムース・オペレーター」

⇒ シンセサイザー一覧


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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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