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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その199 ~追悼セルジオ・メンデス ブラジル音楽をポップソングに仕立てた天才 最終回~

2024-09-30

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 音楽全般

同じアルバムは作らない制作者の矜持

今回の鍵盤狂漂流記は9月6日に亡くなった偉大な音楽家、セルジオ・メンデスを綴ったコラムの最終章です。常に新しい音楽の創造を続けたセルジオ・メンデスは享年83。プロデューサー的視点を持ち、優れたアレンジャーであり、鍵盤奏者という2足以上の草鞋を履きブラジル音楽の強みを様々な形で掘り起こした稀有なミュージシャンでした。
長期に渡り音楽活動を続けることができた理由は、以前読んだ彼のインタビューが1つのヒントになるのではないかと私は考えています。

「新しい音楽」への渇望。それがセルジオ・メンデスのキーワードだった

セルジオ・メンデスのアルバムを聴いているといつも思うことが、「前のアルバムとは違う!」ということです。例えば「愛をもう一度」というアルバムが良かったので次のアルバムも購入します。しかし自分の期待していた音楽とはまた異なる音楽が聴こえてくるのです。
アーティストは1つのヒットパターンを見つけるとそれに固執して似たようなものを作る傾向にあります。当然、ヒットしたサウンドや傾向はレコードやCDの売り上げにも反映されるのでレコード会社としても同じパターンを求めます。そこにはレコード会社による経済優先のリスク管理や安全策などが垣間見えます。結果、リリースされるのは前作の延長・・・よくあるパターンです。
多くのミュージシャンがそういった前例踏襲型の罠にはまり、没落していく…というお決まりのパターンを我々は沢山みてきました。
セルジオ・メンデスは違いました。
「音楽はいつでも変わっていくもの。その時代背景などで音は変わる。過去の音を聴いて懐かしむよりも前進しながら変化していきたい」といったことを話しています。
だからこそセルジオ・メンデスは今日まで生き残ることができたのだろうし、その音楽はいつも輝いていたのです。
またセルジオ・メンデスは前進を続ける為に「コラボレーション」という方法も取り入れました。
選択したジャンルはなんとヒップホップでした。
ボサノバとヒップホップ!?どう考えても融合する筈の無いジャンル同士のコラボがなぜかハマりました。

■ 推薦アルバム:セルジオ・メンデス『タイムレス』( 2006年)

名曲「マシュ・ケ・ナダ」などのエバーグリーンを見事に復活させたセルジオ・メンデス、2006年の名盤。ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アムとのコラボレーションがこの名盤をうんだといっても過言ではない。
1966年にリリースされたアルバム、『ザ・スインガー・フロム・リオ』のジャケット写真を現代流にアレンジ。どこかレトロ感漂うアルバムジャケットがお洒落(後述資料参考)。
ヒップホップとブラジル音楽との出会いがここまでエキサイティングなものになるとは誰も想像しなかった筈。ヒップホップミュージシャンであるウィル・アイ・アムをパートナーに選ぶというセルジオ・メンデスの選択眼に脱帽する。
その他にスティーヴィー・ワンダー、といったレジェンドも参加。ウィル人脈を生かした豪華なゲスト陣にも目を見張るばかりだ。

推薦曲:「マシュ・ケ・ナダ」

セルジオ・メンデスはブラジル音楽の持つサウダージをどう強調して展開するのか分かっていたミュージシャンと以前書いたが、そのサウダージ感がこのカバーバージョンでも見事に生かされている。そしてそのサウダージを生かしたのがヒップホップ由来のリズムだったというのが想像を超えていた。
サンバ(ボサノバ)がラップという新手のリズムと出会うことで旧知のメロディラインが鮮やかになる・・・という瞬間を作り出したのが『タイムレス』のマシュ・ケ・ナダだ。
ヒップホップという新しいリズムに乗る旧知のメロディとそれを歌うラップのグルーブ…。するとそこにブラジリアン・ミュージックだけが持つ「サウダージ」が新たな形で蘇るのだ。その快感はこれまでに音楽を聴いてきて持つことの無かった不思議な感覚だった。
次作のボサノバ50周年を記念したアルバム、『エンカント』にも同様の瞬間がある。アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「おいしい水」のカバーだ。サビのメロディを歌うパートがあるが、この曲も同様に新たなサウダージ感が溢れる。
無謀とも思える化学実験を試みたセルジオ・メンデス。彼の新進性が新たな化学反応を生み、想像を超えた場所に連れて行ってくれたことを只々、喜びたい。

■ 参考アルバム『ザ・スインガー・フロム・リオ』(1966年)

セルジオ・メンデス初期の名盤。アート・ファーマー(flh)やヒューバート・ロウズ(fl)、フィル・ウッズ(as)といった当時の若手腕利きミュージシャンが参加。若さ溢れるノリノリのセルジオ・メンデスのピアノがいい味をだしている。

新進性とベーシックを持ち合わせた稀有な音楽家

今回のシメにセルジオ・メンデスのグラミーを獲得したアルバムを持ってきました。このアルバムを聴くとセルジオの懐の深さが見えてきます。
セルジオ・メンデスは新しいもの意識し、取り入れる技に長けていた音楽家である一方、基本もしっかりと押さえていたバランス感覚の優れた音楽家でした。
セルジオ・メンデスは1993年にワールドミュージック部門でグラミー賞を受賞しています。このアルバムを聴くことでセルジオがただの新しもの好きなミュージシャンではないことが明らかになります。

■ 推薦アルバム:セルジオ・メンデス『ブラジレイロ』(1992年)

1992年にリリース、1993年グラミー賞ワールドミュージック部門受賞作。セルジオ・メンデスの最高傑作とも評される歴史的名盤。
ブラジル音楽の重鎮、エルメート・パスコアールが楽曲を提供。演奏にも参加している。圧巻なのは100人を超す大サンバ隊が参加をしていること。冒頭から炸裂するサンバ隊のグルーブは圧巻。
80年代にAOR的な洗練された音楽を作ったセルジオ・メンデスが一転。ブラジルのネイティブな音楽に真向から対峙した。アルバムはサンバをベースにした比較的地味な楽曲が多いが聴き込むと、味わい深さがじわじわと身体に染みてくる。
そんな自国の音楽をリスペクトしたアルバムがグラミー賞を獲得したというのは価値のあることなのだと思う。

推薦曲:「Sambadouro」

アルバムのムードは「土着的な」と形容はしたものの1つ1つの楽曲を聴くと音的にはとても洗練されている。その洗練された演奏で旧来のサンバを奏でると「土着」という言葉から離れた音楽になる。サンバをベースにした楽曲だが演奏はモダンでキレがある。サンバを奏でるバーカッションの隙間を縫うように出現するエレクトリック・ギターのカッティング、単音バッキングも通常のサンバではあまり聴かれないものだが、こういったアンサンブルが楽曲に新しいグルーブを与えている。その集合体がクラミーに結実したと感じるのは私でだけではない筈だ。フェンダーローズ・エレクトリックピアノ風にバッキングをしているのはFM音源で一世を風靡したヤハマのDX7だと思われる。ローズピアノより、軽い音が一層のモダンさを演出している。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:セルジオ・メンデス、ウィル・アイ・アム、エルメート・パスコアールなど
  • アルバム:『タイムレス』『ザ・スインガー・フロム・リオ』『ブラジレイロ』
  • 推薦曲:「マシュ・ケ・ナダ」「Sambadouro」

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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