ワン&オンリーの存在。そして喪失感
2024年9月6日、ブラジルの偉大な音楽家、セルジオ・メンデスがお亡くなりになりました。享年83。心よりお悔やみ申し上げます。
9月8日、ぼんやりとニュース番組を見ていた私は思わず「えっ」と声を上げました。
セルジオ・メンデスの訃報でした。セルジオ・メンデスは大好きなミュージシャンだったからです。
そのニュースでは、長期に渡る新型コロナウイルスの後遺症に苦しんでいたことなどを抑揚のない語り口でキャスターが伝えていました。
ニュースなどで有名ミュージシャンの訃報を伝える際、原稿を読むアナウンサーの多くは当該ミュージシャンの音楽を知らない場合が多いでしょうから、TVから聞こえるニュースが妙にフラットでそっけなく感じてしまうのは私だけではない筈です。デビッド・サンボーンの訃報を聞いた時にも同じ気持ちになりましたし、1994年12月8日に取材車の中で聞いたアントニオ・カルロス・ジョビンの訃報も同様でした。ジョビンの命日はジョン・レノンが射殺された日と同じか…なんて関係のないことも頭に浮かびました。
新聞にはボサノバの名曲である「マシュ・ケ・ナダ」を歌ったブラジル人の歌手といったあくまで「マシュ・ケ・ナダのセルジオ・メンデス」という括りで原稿が書かれていました。万人に事実を伝えるニュース原稿なんてそんなものかもしれませんが…。自分か敬愛するミュージシャンの場合、一層のもどかしさを感じます。
彼はつい一昨年も来日しており「この人は元気だな~、いつまで音楽をやるのだろう」と思っていたからです。
セルジオ・メンデスは・・・
セルジオ・メンデスは1941年生まれのブラジル人ミュージシャンです。1950年代後半にブレイクしたボサノバの流行と共にナイトクラブなどで演奏を始めました。
1963年にジョルジ・ベンが自身のアルバムで「マシュ・ケ・ナダ」を発表。その3年後にセルジオは自身のバンド「セルジオ・メンデス&ブラジル‘66」で同楽曲をカバーします。「マシュ・ケ・ナダ」はその覚えやすいメロディラインと歌詞のゴロの良さと相まって、世界中で大ブレイクをしました。
メディアでは「マシュ・ケ・ナダ」をボサノバの楽曲と評していますが、私はどちらかと言えばサンバの要素が強い楽曲だと思っています。セルジオのアルバムや楽曲から受ける印象は「ボサノバ」というイメージは希薄で、どちらかと言えばブラジルのネイティブな音楽であるサンバ・カンソンがその底流にあるのではないかと私は捉えています。Bメロから展開するブラジリアンなメロディラインはブラジル音楽の真骨頂であり、世界中の音楽ファンにリーチするだけのパワーを有していたのでしょう。
しかしその要因は他にもあったのではないかというのが私の考えです。
■ 推薦アルバム:セルジオ・メンデス『セルジオ・メンデス&ブラジル’66』(1966年)

セルジオ・メンデスが66年にリリースした名曲「マシュ・ケ・ナダ」を含む大ヒットアルバム。アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲なども取り上げている。
ピアニストであるセルジオ・メンデスはバンドサウンドを主軸に、女性のツイン・ボーカリストを前面に出した新しいブラジル音楽を提案した。
推薦曲:「マシュ・ケ・ナダ」
ジョルジ・ベン、オリジナルの「マシュ・ケ・ナダ」は、イントロからホーン等が入ったオーケストレーションによる派手目のイントロから展開される。一方の『セルジオ・メンデス&ブラジル’66』の「マシュ・ケ・ナダ」は、真向からのバンドサウンド!ド派手なアコースティックピアノのイントロから展開するのもピアニストのバンドらしい。ボサノバと言いうカテゴリーからはかなり乖離しているが、カテゴリー云々よりも一つの立派なポップソングに仕上げている。強力なアコピのイントロの後、複数人のサビのコーラスを展開。Aメロ部分からは女性1人の切なげなボーカル、Bメロからは別の女性がサウダージ感漂うメロディを歌う。しっかりとメリハリを付けて展開される楽曲はかなり計算された印象を受ける。おまけにアウトロ部分ではピアニスト、セルジオ・メンデスの本領発揮と言わんばかりのピアノソロも聴ける。願わくばフェイド・アウトしてほしくなかったというのが音楽好きの本音ではないだろうか。
セルジオ・メンデスは楽曲への視点がプロデューサーなのである。楽器アレンジを含め「売れる」「万人受けする」という観点。楽曲を仕上げるアレンジセンスはセルジオ・メンデスが持つ大きなアドバンテージなのだろう。
一方、セルジオはブラジル音楽の持つサウダージ的要素をどう強調して展開するのかをわかっていたミュージシャンだった。それが奏功したのが大ヒット曲、「マシュ・ケ・ナダ」なのだ。
ボサノバとは異なる、もう1つのサウダージ
ブラジル音楽は他のポップソングにはない大きな特色を持っています。1958年にジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツが世界に向け大ヒットしたアルバムが『ゲッツ・ジルベルト』。ボサノバという新しい音楽で世界を驚かせたアルバムです。
「イパネマの娘」「ディサフィナード」「ワン・ノート・サンバ」など、そこには世界がまだ聴いたことの無かったブラジル特有のメロディラインが存在していました。そのメロディに内包されていたのが「サウダージ」という感覚です。ブラジル音楽を聴くと何か懐かしい、切ない感情を呼び起こされます。それが「サウダージ」です。その「サウダージ」に世界が共感し、テンションコードを含んだ浮遊感と共に全世界に広がりました。そんなブラジル音楽の強みを見極め、楽曲展開できる能力もセルジオ・メンデスの眼力の凄さだと思います。
以下のアルバムで聴けるブラジル音楽、サウダージ感には半端ないものがあります。
■ 推薦アルバム:セルジオ・メンデス『Horizonte Aberto』(1979年)

セルジオ・メンデスが79年、ブラジルに帰国した際、現地で録音されたアルバム。現地録音というだけあってドリイ・カミイ、オスカー・カストロ・ネヴィス、トニーニョ・オルタといった世界に名を馳せる豪華メンバーが参加している。
推薦曲:「Ultima Batucada」
この楽曲はセルジオ・メンデス夫人であり ボーカリストでもあるグラシーニャ・レポラーセの父親の作品。バトゥカーダは打楽器によるサンバの演奏形態のことでウルチマは最後という意味。最後のサンバということになるらしい。
このサビにブラジル音楽のサウダージの全てが詰め込まれているといっても過言ではない。哀愁を帯びた素晴らしいメロディ、この手の旋律は他の音楽にはないものだ。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:セルジオ・メンデス、ドリイ・カミイ、オスカー・カストロ・ネイビスなど
- アルバム:『セルジオ・メンデス&ブラジル‘66』『Horizonte Aberto』
- 推薦曲:「マシュ・ケ・ナダ」「Ultima Batucada」
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