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シンセサイザー鍵盤狂漂流記 その163 ~日本のフォーク名盤探索 井上陽水編~

2023-11-30

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 楽器, 音楽全般

日本のフォーク名盤探索

今回の名盤特集のパートⅡは、前回に続き1972年から1977年位までという短い期間の日本のフォークソング、鍵盤が支えた名盤特集です。
この期間に国内ではフォークソングの名曲、名盤が誕生しています。そしてそのアーティストを支えたミュージシャンたちは、現在も音楽シーンで活躍をしています。当時のアルバムを聴けば、その方たちが駆け出しの頃から素敵な音を出していたことがよくわかります。そしてヒット曲の裏側には必ずと言っていいほど複数の鍵盤楽器の存在があります。その辺りも切り口に加え、当時の音楽を検証するのも面白いのではないかと思います。

今回特集するのは今もJポップシーンで活躍を続ける井上陽水さん(以下敬称略)です。

フォークソングだけでは括れない 井上陽水

井上陽水は福岡県出身のシンガーソングライターで、旧芸名「アンドレ・カンドレ」としての活動を経て71年に井上陽水としてデビューしています。73年には映画の主題歌「夢の中へ」が大ヒット。イントロを含め、とても明るく誰もが口ずさめるキャッチーな楽曲でした。
シングル曲「夢の中へ」とは裏腹に井上陽水がリリースした大ヒットアルバム「氷の世界」は一転グレーな世界。井上陽水の曲も拓郎同様、ギター1本でも歌える楽曲が多い反面、グレーな「氷の世界」の裏側を支えたのは鍵盤楽器の数々でした。特に日本で録音されたトラックには当時としては最新鋭の鍵盤が使われています。素朴なフォークソングと思いきや実は陽水の世界を描き出していたのは数々の鍵盤楽器だったのです。
井上陽水の楽曲に寄り添うように鍵盤楽器が彩を添え、名曲に力を貸していたとは当時の私には想像もできませんでした。

■ 推薦アルバム:井上陽水『氷の世界』(1973年)

1973年にリリースされた井上陽水の歴史的名盤。日本国内のリリースされたLPで初めて100万枚超えという快挙を成し遂げた。

井上陽水初のロンドン録音で、冒頭からシャープな音が飛び出してくる。アルバム全体を聴くと、陽水という音楽家は単なるフォークシンガーの枠に収まることのないアーティストであることが分かる。アルバムに参加したイギリス人ミュージシャンのスキルもさることながら、バックアップした日本人ミュージシャン達のアルバムへの貢献度は高い。
特に複数のキーボードを操る深町純のアルバムへの貢献度は特筆に値する。深町は日本のジャズフュージョン界における重要ミュージシャン。後にフレッカー・ブラザースやリチャード・ティーなど、ニューヨークのミュージシャンとも交流を重ねる凄腕で技術力、センス共に折り紙付きだ。当時の最新機材であるミニモーグ・シンセサイザーやメロトロンなどを適材適所に配置し、アルバムを鮮やかに彩っている。

推薦曲:「帰れない二人」

エレクトリックギター:高中正義、ベース:細野晴臣、ドラム:林立夫、ミニモーグ・シンセサイザー、メロトロン、アコースティック・ピアノ:深町純という贅沢なメンバーのアンサンブルが素晴らしい。
深町純はキーボードで楽曲の情景を描き出すのがとても上手い。イントロのアコースティック・ギターに絡む深町のポルタメントを効かせたミニモーグの効果、2コーラス目冒頭のアコースティク・ピアノのフィルイン、ギターソロ後の壮大なメロトロンなど、素晴らしい効果をあげている。
各所で際立つ細野晴臣のセンス溢れるベースプレイも大きな聴きどころだ。

メロトロン, CC BY-SA 2.0 DEED (Wikipediaより引用)

メロトロンは鍵盤の数だけテープレコーダーが付いているキーボード。鍵盤を押したときにそれがスイッチとなり、テープが走り、弦やフルートなどの音が出る仕組み。テープの長さは決まっているため、鍵盤を押した8秒間しか音は出ない。
録音されているテープの音色はバイオリンとフルート、男女混成コーラスの3種類で左側にあるダイヤルで音色を選択する。音色は実際の楽器などとは異なるが独特の音を好むミュージシャンも多い。

推薦曲:「心もよう」

アルバムからシングルカットされ、大ヒットとなった名曲。いかにも当時の日本人が好んだことが伺える。しかしアルバム参加メンバー達はシングルカットされるのは「帰れない二人」と確信していた。それだけ「帰れない二人」の出来はよかったのだ。しかしプロデューサーの判断は「心もよう」だった。当時としてはやはり「心もよう」が正解だったのだろう。この判断に不満だった陽水が長い間プロデューサーと口をきかなかったのは有名な話。
楽曲ではアコースティック・ピアノやミニモーグ、メロトロン、アコギなどのオブリガートやフィルインが入り組んだ形で情景を描きだす。そしてそのアサインが見事に的を射ている。これが譜面に反映されているのかどうかは定かではないが、この楽曲に参加したミュージシャンの音楽的センスの良さには脱帽するしかない。

通常、ファンクなどのファンキーな楽曲でバッキングとして使われる電気チェンバロ、ホーナー・クラビネット。深町純は楽曲の後半部分でアコースティック・ピアノと重なる形でクラビネットをバッキングに用いている。フォークというジャンルにクラビを用いる深町純の特異なセンスが光っている。

ホーナー・クラビネットD6, CC BY-SA 3.0 DEED (Wikipediaより引用)

ファンクやソウルミュージックで頻繁に使われたチェンバロをエレクトリック化した電気チェンバロ。スティービー・ワンダー「迷信」でのイントロが有名。
その他、チック・コリア、ジョージ・デューク、キース・エマーソンなど多くの鍵盤奏者により使用されている。


今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲

  • アーティスト:井上陽水、深町純、細野晴臣、林立夫など
  • アルバム:『氷の世界』
  • 推薦曲:「帰れない二人」「心もよう」

コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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鍵盤狂

高校時代よりプログレシブロックの虜になり、大学入学と同時に軽音楽部に入部。キーボードを担当し、イエス、キャメル、四人囃子等のコピーバンドに参加。静岡の放送局に入社し、バンド活動を続ける。シンセサイザーの番組やニュース番組の音楽物、楽器リポート等を制作、また番組の音楽、選曲、SE ,ジングル制作等も担当。静岡県内のローランド、ヤマハ、鈴木楽器、河合楽器など楽器メーカーも取材多数。
富田勲、佐藤博、深町純、井上鑑、渡辺貞夫、マル・ウォルドロン、ゲイリー・バートン、小曽根真、本田俊之、渡辺香津美、村田陽一、上原ひろみ、デビッド・リンドレー、中村善郎、オルケスタ・デ・ラ・ルスなど(敬称略)、多くのミュージシャンを取材。
<好きな音楽>ジャズ、ボサノバ、フュージョン、プログレシブロック、Jポップ
<好きなミュージシャン>マイルス・デイビス、ビル・エバンス、ウェザーリポート、トム・ジョビン、ELP、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン、佐藤博、村田陽一、中村善郎、松下誠、南佳孝等

 
 
 
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