Jポップの大御所、山下達郎バンド楽器名盤考 パートⅡ
今回の鍵盤狂漂流記のテーマは楽器プレイヤーから見た山下達郎考です。
ニューアルバムのリリースを受け、山下達郎の音楽を楽器やソロパートなどの鍵盤楽器を中心にした切り口で構成するパートⅡです。
前回は坂本龍一さんのキーボードプレイから山下達郎の音楽を検証しましたが、今回は佐藤博さんと難波弘之さんのキーボードプレイからの達郎ミュージックの検証です。
楽器演奏者の宝箱!山下達郎アルバム
達郎さんの初期のアルバムは楽器の演奏者にとって宝箱の様な存在です。その理由は達郎さんの音楽が歌や演奏、楽器ソロも同列にあり、各演奏家のソロもしっかり聴かせてくれる点にあります。特に初期のアルバムではトップミュージシャン達の見事な楽器ソロを聴くことができます。ソロ、演奏力、歌を含めての楽曲なのです。
山下達郎ミュージックを支えた佐藤博さん
山下達郎ミュージックを支えた音楽家は数多おりますが、初期のキーボードプレイヤーとして長い間アルバムクレジットで常連だったのは佐藤博さんです。現在の山下達郎バンドの鍵盤奏者は難波弘之さんですが、初期達郎ミュージックの核となっていたのは佐藤博さんだと私は考えています。
佐藤さんのプレイは端正な坂本龍一さんのプレイとは異なり、達郎ミュージックにまた違った色彩を加えています。 ブルースをベースにした鍵盤奏者でありながら、土臭さの無い、ある種洗練された景色を達郎ミュージックにもたらしています。佐藤博さんは残念ながら既にご逝去されていますが、Jポップの歴史を支えた偉大な鍵盤奏者です。
私が佐藤博さんを取材し、お話を伺ったパートは鍵盤卿漂流記その70などに書いておりますので是非、ご一読いただければ幸いです。
■ 推薦アルバム:山下達郎『スペイシー』(1977年)

77年リリースの傑作セカンド・アルバム。77年にこれ程の楽曲を作っていたのは驚愕に値します。当時、これほどの楽曲を作っているミュージシャンはいなかった筈。Jポップ史上に誰もなしえなかった日本人演奏者を使っての最高演奏品質アルバム!
鍵盤奏者は坂本龍一さんと佐藤博さん。2人のキーボードプレイヤーが描き出す演奏からは、それぞれ異なる映像が見えてきます。
推薦曲:「ラブ・スペース」
最高の演奏力に支えられた素晴らしいメロディ!そのイントロから聴くものを圧倒するテクニックとアイディア。これが49年前の演奏だとは信じられません。
アコースティック・ピアノを弾くのは佐藤博さん。山下達郎さんのコメントによれば、 「新宿のライブハウスで佐藤博さんと石田長生さんらのバンドを見て、日本人では誰もできなかった筈の演奏をこの人達がやっており、衝撃を受けた。次回のアルバムは佐藤さんを呼ぼうと決めた」とあります。
当時のレコーディングでは佐藤さんが突然、頭のコードを弾き、ベースの細野晴臣さんが追っかけ、村上ポンタさんのドラムが始まったそうです。サビの「尾を引いて走り去る~」という部分でのピアノのグリッサンドを入れるアイディアは秀逸!何十年も前の演奏かと耳を疑う程の各自の卓越したテクニックがこの曲の聴きどころです!
■ 推薦アルバム:山下達郎『ゴー・アヘッド』(1978年)

達郎ミュージックにおけるブレイクの端緒となった「ボンバー」、「レッツ・ダンス・ベイビー」「ついておいで」「潮騒」「ペイパー・ドール」などの名曲がクレジットされています。
「スペイシー」同様、楽曲にはミュージシャンの楽器ソロがふんだんに配置されている。 こういったソロが沢山フューチャーされるのは残念なことに、このアルバムが最後にな ってしまいます。
しかし、このアルバムでは山下達郎の全ての曲の中で一番素晴らしいアコースティック・ピアノとフェンダー・ローズピアノのソロを聴くことができます。
推薦曲:「マンデー・ブルー」山下達郎自身が語る究極のバラード
アルバム最大の聴きどころはJポップ史上最強であり、山下達郎楽曲の中でも最高のバラードが聴けることです。演奏するのは佐藤博さん。達郎さんも奇跡の1曲とラジオ番組で語っています。佐藤さんは「マンデー・ブルー」でアコースティック・ピアノとフェンダー・ローズエレクトリックピアノを演奏しています。
Jポップ史上、燦然と輝くベストバラードであり、アコースティック・ピアノソロです。
達郎さんはライナーノーツの中でこの曲を演奏メンバーでプレイバックした直後、メンバー全員からため息が漏れたと記しています。それだけ素晴らしい演奏だったのでしょう。 佐藤さんはこういった6/8拍子を得意としている様で、後にリリースされる「ForYou」の「FUTARI」でも同様に2つのピアノをプレイしています。とにかく、この2台のピアノアンサンブルが絶妙なのです。当然、どちらかのピアノを先に演奏し、その後にダビングするピアノをどうするのか…完璧な設計図として描いている筈です。私は他の鍵盤演奏者で、ここまで完璧なアンサンブルを構築する演奏家を知りません。 佐藤博、恐るべし!! この楽曲の詳細は鍵盤卿漂流記その70をご一読下さい。
■ 推薦アルバム:山下達郎『RIDE ON TIME』(1980年)

山下達郎ミュージックがブレイクした歴史的アルバム。当時、達郎さんは「ライド・オン・タイム」の楽曲を引っさげてマクセルのカセットテープのCMに出演。グアム島ロケで夕日をバックに「イイ音しか残れない!」というコピーで世を席巻していました。
このアルバムでは鍵盤奏者、難波弘之氏が大きくフューチャーされています。
推薦曲:「いつか」
達郎さんは自分自身のパーマネントバンドが持てるようになり、セッション・ミュージシャンの出番が少なくなったのに呼応するかのように鍵盤楽器のソロパートは少なくなっていきました。この楽曲には難波弘之さんによる珍しいシンセサイザーソロがフューチャーされています。このソロはポリフォニック・シンセサイザーによる和音を生かした演奏ですが、私の記憶している限り、ポリシンセのソロはこの「いつか」だけではないかと思います。
1980年のアルバムですから難波さんが現在はお持ちのプロフィット5を所有していたかどうかは謎です。このアルバムにはポリシンセとしてコルグのPS-3100がクレジットされていることから、多分PS-3100でプレイしたことが想像されます。
難波さんのソロは達郎さんのアルバムでは多くはなく、楽曲を支える方に傾注されている様です。
以前、RCAレーベルに特化した達郎さんのライブを観た際、難波さんは数曲でソロを弾いていましたが、スタジオ録音でのソロの出番が少ないのは寂しい限りです。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲、使用鍵盤
- アーティスト:山下達郎、佐藤博、難波弘之など
- アルバム:「スペイシー」「ゴー・アヘッド」「RIDE ON TIME」
- 曲名:「ラブ・スペース」「マンデー・ブルー」「いつか」
- 使用機材:フェンダーローズ・エレクトリックピアノ、アコースティック・ピアノなど
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