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Rock’n Me 18 洋楽を語ろう:ボストン

2022-02-12

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」

こんにちは。洋楽を語りたがるジョシュアです。 第18回目では、ボストンについて語っていきます。一行で語ると、「超インテリ・完璧主義者・発明家なトム・ショルツによる、トムのためのトムのバンド」といったところです。

1947年生まれのトムは、アメリカのボストンにある超難関のマサチューセッツ工科大学(通称MIT)大学院出身です。要は、ミュージシャンの学歴番付(そんなものは聞いたことありませんが)の最頂点にいます。機械工学で修士号を取得し、インスタントカメラで有名なポラロイド社に就職しました。当時を語ったトムの名セリフは、「たった週40時間働くだけで給料がもらえるなんて信じられない」です。MIT時代に週80~100時間勉強していた、秀才ならではの余裕の発言です。凡人ならば「社会人になったから音楽活動はやめる」となりますが、トムの場合は真逆でした。ポラロイド社では映画の音響部門に従事し、専門的知識を磨きました。オフの時間と給料と知識を自宅地下室のスタジオに注ぎ込み、ひたすら自身の目指すデモテープ作りに励みました。ドラムとヴォーカル以外の音はすべてトムが弾き、ブラッド・デルプという地元ヴォーカリストとの共同作業が始まりました。当時、ブラッドはコーヒーメーカーの工場で働いていたそうです。

まだインターネットもない時代ですから、ロックバンドたるもの、ツアーして名前を広めていくのが一般的でした。しかし彼らの場合は、まずデモテープを作り、レコード会社に売り込んでいきました。見向きもされない日々が続き、レコード会社幹部が関心を寄せたのは、トムがデモテープを作り始めてから5年後の1975年でした。幹部は「じゃあ生で聴かせてよ」とトムに言ったため、トムはあわててメンバーを集い、バンド名をそれから決めた…という有様でした。しかしその甲斐あり、6年間で10枚のアルバムを発表する(!)大型契約に至りました。

レコード会社はプロデューサーをあてがい、「そのデモ・テープをもとにロサンゼルスでレコーディングしてくれ」とトムに頼みました。しかし、トムは「いや、これが完成形だ、イヤだ」と拒み続けました。プロデューサーはトムの自宅に出向いたものの、そこで録音されたことを信じず、最初は家に入ることさえ拒んだそうです。しかし再度訪問し地下室に入ったところ驚嘆し、「よく分かった。マスターテープはこれでいい。一部のレコーディングとミキシングだけロサンゼルスでやろう。プロデューサーの名義は共同にして印税を分けよう」とトムに持ちかけました。その作品こそがボストンのデビュー作であり、全世界で2,500万枚以上を売り上げている『Boston(邦題:幻想飛行)』(1976年)です。

ボストンの音は革命的でした。どこまでも伸びるブラッド・デルプのハイトーン・ヴォイス、それに美しく重なるコーラス。トム・ショルツのギターは、ディマジオ・スーパー・ディストーションを搭載したレスポールによる独特の歪み音とアコースティック・ギターが絶妙にブレンドされ、何重にもなっているのに爽やかすら感じる心地良さでした。ギター・ソロではツイン・ハーモニーが多用され、まるでオーケストラのように練られていました。アルバム・ジャケットは宇宙船をモチーフにしていますが、曲の盛り上がりに合わせて入るピック・スクラッチ音は、まさに宇宙から放たれるような音の衝撃でした。これにハモンド・オルガンが効果的に加わり、”Foreplay”のイントロは、まるでSF映画のテーマ曲のような壮大さがありました。

■ ボストン “More Than A Feeling”

デビュー作を発表後、トムはようやくポラロイド社を退職しました。初ツアーでは前座の身でしたが、あっという間にメインアクトとなり、アリーナクラスに成長しました。トムは、自身の音楽への追求を高めていきました。あまりにも完璧主義すぎるゆえに、2作目『Don’t Look Back』が発表されたのは2年後でしたが、トムは「レコード会社のプレッシャーがすごくて」「まだ完成していないんだけど」と不満たらたらでした。

■ ボストン “Don’t Look Back”

さらに、トムは非凡な才能を爆発させました。理想のギター・サウンドを求めるために、アンプを使わなくても安定してレコーディングできるヘッドフォン・アンプやプリアンプなど、あらゆる機材を開発し始めました。これがかの有名なギター・プリアンプ「ロックマン」で、つなぐだけで1~2枚目の音が再生できる、と評判になりました。1980年代には、デフ・レパードやアレックス・ライフソン(ラッシュ)など、多くのアーティストたちが愛用しました。ビーで始まる日本の有名なバンドも使っていたために、日本国内の中古市場価格はすっかり高騰してしまいました。この独特なサウンドを追い求める人は未だに多く、インスパイア系のエフェクターも発売されています。

しかし、トムの完璧主義は徐々に不和をもたらしました。トムが次作を制作している間、他メンバーに「じゃあ、その合間に好きな活動をして良いよ」と言い、ギタリストのバリー・グドローはソロ活動を進めました。ところが、バリーが作ったソロ・アルバムがボストンにソックリだったためにトムは激怒し、バリーを解雇してしまいました…可愛そうなバリー。レコード会社は「時間がかかりすぎ、話が違う」と怒り、印税の支払いを拒否したため、最終的には法的闘争にまで発展しました。そんな騒動ばかりが続き、3作目の『Third Stage』(1986年)を出したのはデビュー作から10年後でした。しかし出来は素晴らしく、シングル曲”Amanda”は全米1位に登りました。この頃、ギタリストとしてゲイリー・ピールが加入し、トムの良き相棒として活動するようになりました。ゲイリーはもともとサミー・ヘイガーのバンドのギタリストでしたが、サミーのヴァン・ヘイレン加入のためにバンドを失ってしまったところトムが声をかけた、という経緯です。ゲイリーはトムにすっかり信用され、ロックマン社の運営、スタジオの管理、ツアーバンドのアレンジも担うようになりました。

しかし、人は急に変われません。トムは急にアルバムを出せません。4作目『Walk On』が発売されたのはその8年後、1994年でした。時代はグランジ最盛期になっていて、彼らのサウンドはすっかり前時代的となっていました。3枚目までは頑なにシンセの使用を拒んでいましたが、4作目でその抵抗もとうとう終わってしまいました。そのためとは言いませんが、アルバムの出来もそれまでのレベルと比べるには厳しいものでした。その後もスローペースな制作とメンバー交代は相次ぎましたが、アメリカ国内のツアーは続け、各地で盛況となっていました。悲劇的なことに、2007年、ブラッド・デルプは亡くなってしまいました。それでもトムはバンドを止めず、メンバー交代を続けながら現在まで黙々と音楽制作を続けています。

個人的な思い出としては、2003年6月21日ヴァージニア州ブリストウ(Nissan Pavilion)と2004年7月17日メリーランド州ボルチモア(Pier Six Concert Pavilion)の2回、彼らのコンサートを拝めました。強烈な印象として残っているのは1回目でした。ロックマンの壁を背にした長身(196cm!)のトムはギターとオルガンを弾きまくっていました。それをゲイリーとその他メンバーが補佐し、ブラッド・デルプが美しい歌声を聴かせる…という完璧なパッケージ・ショーでした。このコンサートではカメラを持参できたので必死に撮影しましたが、興奮しすぎて殆どがピンボケでした。

■ 2003年6月21日Nissan Pavilion公演

2003年6月21日セットリスト

The Star-Spangled Banner > I Had a Good Time > Rock & Roll Band > Peace of Mind > Don’t Look Back > Livin’ for You > More Than a Feeling > Cryin’ > Someone > Cool the Engines > Surrender to Me > Hollyann > Turn It Off > With You > Let Me Take You Home Tonight > Corporate America > Walk On > Amanda > To Be a Man > You Gave Up on Love > Foreplay/Long Time アンコール:Something About You > Party > Smokin’

■ 2004年7月17日、Pier Six Concert Pavilion公演チケット

2回目のコンサートも完璧でしたが、正直なところ、セットリストはほぼ同じでした。そのためにあまり記憶がないのですが、今となっては贅沢なぼやきです。特に、ブラッド・デルプが亡くなった今となっては…。パンデミックで来日公演が止まってしまった今、「コンサートは行けるときに行かないと」と実感する今日この頃です。


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ジョシュア

1960年以降の洋楽について分かりやすく、かつマニアックに語っていきます。 1978~84年に米国在住、洋楽で育ちました。2003~5年に再度渡米、コンサート三昧の日々でした。会場でのセットリスト収集癖があります。ギター・ベース歴は長いものの永遠の初級者です。ドラム・オルガンに憧れますが、全く弾けません。トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズに関するメールマガジン『Depot Street』で、別名義で寄稿しています。
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