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蠱惑の楽器たち 12. 楽器の音色(時間的変化)

2021-10-18

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」

今回は音色の時間的変化について解説したいと思います。
アコースティック楽器の音は、音を鳴らしてから消えるまで刻一刻と変化し続けます。これは物理的性質上やむを得ないのですが、演奏者は、それを補うように、音量、音質を整えて、なるべく安定した音を目指します。
逆に安定した音が簡単に出せる電子楽器では、そのままでは味気ないので、アコースティック楽器を模した、やや不安定な要素を入れたりする方向にあります。
人間と機械では真逆のアプローチとなるところが面白いところです。これらが歩み寄ることで、いろいろな構造が見えてきます。

■ アコースティック楽器の時間的変化

ピアノやギターなどの撥弦楽器や、打楽器では、音の鳴りはじめが大きな音で、徐々に減衰していきます。
下図はギターとスネア(打楽器)の音量変化です。ギターに比べ、スネアはサスティーンが短く、より急激な減衰となっています。ギターの音が鳴る前に小さなノイズがありますが、これはピックが弦に擦れている状態です。その後、弦が解放されて音が鳴り始めます。

擦弦楽器のチェロと、管楽器のクラリネットの波形です。いずれも音を持続できる楽器ですが、多少は揺れているのが普通です。また音の出だしや終わりにも、その楽器らしさが出てしまいます。

時間軸の変化を分析する場合、電子楽器で行われている手法で見ていくと、単純化され、その本質が見えてきます。一般的なシンセサイザーで採用されている手法で解説してみたいと思います。

■ 音量の時間的変化 ADSR

電子楽器では、時間的な音量変化を制御するエンベロープ(ADSR)という考え方が定着しています。上記のアコースティック楽器の音量変化をそれなりに再現することができます。ピンク線が実際の音量で、青線がgate、つまり鍵盤を押したときと離した時のON/OFFのタイミングとなります。

  • attack(アタック)= A
    gateがonになってから最大音量までの立ち上がり時間
  • decay(ディケイ)= D
    Sまでの減衰時間
  • sustain(サスティーン)= S
    持続音の音量レベル
  • release(リリース)= R
    gateがoffになってから音が消えるまでの時間

いくつかADSRの設定例をあげてみます。
オルガンなどの機械的に持続する場合の設定は以下のようになります。gateと完全に連動するかたちになります。もっとも単純なエンベロープとなります。

管楽器などは、アタックが大きめで、音が持続しますので、以下のようになります。

上記だけだと、Sustainの部分に表情がないので、音量的に揺らすことがよくあります。一般的なビブラートは音程で揺れますが、実際には音量も同時に揺れています。
次にピアノやギターのように、だんだん減衰する音などを作り出す場合は、Sustainを0にして持続音をなくしてしまいます。下の図ですとgateのoff位置がrelease以降にありますが、音量はすでに0になっています。

上記の設定のままで、スタッカート気味に弾く場合は、Decayの途中でReleseに移行します。ピアノの場合、releaseは鍵盤を離した後の余韻に相当します。

極端な例ですが、attackの途中でgateがoffになった場合は下のようになります。

単純な音量変化はこのような感じで、それっぽく制御できますが、直線だと味気ないので、実際は様々なカーブを描くことで、電子楽器でもアコースティックに近い音量変化を作り出しています。また最近ではADSRを拡張し、複雑なエンベロープが作れるようになっています。
ADSRの考え方はメーカーや機種によって微妙に違うため、必ずしも上記のように動作するとは限りません。
前回の楽器ごとの構成倍音と、上記のエンベロープだけでも、アコースティックぽい音は出ますが、さらに以下のような項目を追加することで、それらしくなっていきます。

■ トランジェント及びノイズ

トランジェントとは、人の聴覚に敏感に反応する音の輪郭部分で、楽器のアタック時に発生する耳に付きやすい音のことを言います。アタック時に発生するノイズ成分をトランジェントと扱っても大きな間違いはないと思います。
弦を弾く撥弦楽器では重要な部分で、アタック時のノイズ成分がないと、その楽器らしくない音になってしまいます。特にギターは弦を直接ピック等で弾くため、さまざまなバリエーションのトランジェントが発生します。それは実際の弦の振動よりも目立つことも多く、ギターらしい部分となります。よく電子的にギターの再現は難しいと言われますが、このノイズ部分の再現が難しいためです。一定にノイズが入るだけでは嘘っぽい感じになってしまいます。リズムごとに、強弱や、トランジェントの質が全く違うため、再現するにはフレーズごとにかなり細かいエディットが要求されます。そんなこともあり、現状では打ち込むより、弾いた方が早いという事になっています。
金管楽器のアタック時の音程が安定する前の濁った音は、独特な力強さがあり魅力的です。しかしノイズ成分だけでは表現できないので、より複雑な合成方法が必要となります。 擦弦楽器や管楽器のような持続する音の場合は、アタック時だけでなく、サスティーン間の弓の擦れるノイズ音や、ブレスのノイズ音などが重要な役割を担っています。
これらノイズ成分を音色にプラスすることで、アコースティックらしさを演出することが出来るようになります。時にノイズは邪魔者扱いされますが、音楽表現において、とくに感情表現には欠かせないものなので、アコースティック、電子音問わず、使いこなすことをお勧めします。
実際のノイズ成分は様々ですが、電子的に再現する場合は、すべての周波数を含むホワイトノイズを加工して使う場合が多く、その利便性が伺われます。

■ 音色の時間的変化

音色も変化するものです。減衰する楽器の場合は、高次倍音から減っていきます。シンセサイザーでアコースティック楽器を再現する場合は、ここまでのことを再現すれば、それっぽく聞こえるようになります。下図はエレクトリックピアノのC3の音を弾いたときの周波数スペクトルの動画です。

■ 音程の時間的変化

打楽器などは音程がないため、分かりにくいですが、微妙に音程の変化があることが多いです。特に低音打楽器の場合は、特定の周波数に収束していきます。
音の持続できる楽器の場合、意図的でないビブラートのような揺れが多少は入るもので、これも楽器の音色に入れてもいいかも知れません。揺れない完全にストレートな音程を出すというのは実際困難なので、微妙に揺らすことで音程を維持するという意味合いが強いです。

■ まとめ

時間軸に対する音の変化について、大まかな項目だけを見てきましたが、上記内容のほとんどは、半世紀前の1960年代に開発されたモーグ・シンセサイザーに搭載されているシンセサイズの考え方です。基本的な考え方がシンプルで、柔軟性があり、比較的容易に実現できるところが、現在においても実用である理由です。
アコースティック楽器の音色の分析結果から、再構成することで、電子的にそれらしい音が作れるようになります。この過程で得られた知識は、電子音の合成だけでなく、アコースティック楽器の習得、レコーディング、ミックスなど多岐に渡り役立ちます。


コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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