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蠱惑の楽器たち 11.楽器の音色(倍音2)

2021-09-30

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」

今回は倍音の出方によって、音色がどのように変化するのか見ていきたいと思います。まずは代表的な波形と倍音の関係です。ここではアタック音を省き、持続している音にだけ着目します。そうすることで、音色をよりシンプルに捉えることができます。また、以下の人工波形は、プログラミングにより生成していて、基音はA3(220Hz)に統一しています。

■ サイン波

最も基本となる倍音を含まない純音とも呼ばれるサイン波です。自然界には存在しないとされています。人工的に作り出すには音叉や電子的な方法があります。
このサイン波を、倍音分用意し、合成することで、様々な基本波形を作ることが可能となります。

■ ノコギリ波

整数倍音の周波数のサイン波を合成するとノコギリ波になります。振幅は倍音と同じ数で割って、小さくしていくことで、きれいなノコギリ波となります。下は30倍音まで合成したノコギリ波です。

参考までに、倍音の振幅を基音と同じレベルで合成すると、以下のような波形となって、音として聞き苦しくなります。

■ 矩形波(くけいは)

奇数倍音のサイン波を合成することで得られます。またノコギリ波と同じように振幅は倍音と同じ数で割って合成しています。

■ 三角波

奇数倍音のサイン波を合成。倍音構成は矩形波と同じですが、振幅は倍音の数x2で割って、より急速にレベルを下げています。

■ 偶数倍音の合成

ちなみに偶数倍音だけを合成すると以下のような波形になります。

この波形には名前もなく、かたちも意味不明ですが、基音だけをカットすると、下図のように1オクターブ上のノコギリ波が出現します。(赤がオリジナル波形)その理由は倍音構成を見ると分かります。基音をなくした偶数倍音はオクターブ上の整数倍音の配列になるからです。

■ ホワイトノイズ

波形ではないですが、ここでは重要なノイズにも触れたいと思います。ホワイトノイズの定義としては、すべての周波数が均等に含まれた音で、当然音程というものもありません。実際にそういう音を作るのは難しく、自然界に理想的なホワイトノイズが存在するわけでもありません。合成音として作り出す場合は、ランダムな周波数を組み合わせて疑似的に生成している場合がほとんどです。

周波数スペクトルを見ると、全帯域に渡って、それなりに万遍なく音があることが確認できます。実際のアコースティック楽器では、アタック時の雑音や、ブレスの音などにホワイトノイズのような成分が含まれています。打楽器の多くはノイズ成分で構成されていて、中でも金物系は、瞬間的にはホワイトノイズに酷似しています。

■ フーリエ変換について

理論的には、周期性のある波形であれば、サイン波に分解することが可能です。これはフーリエ変換と呼ばれていて、多岐に渡り応用されています。上記の人工的波形の場合は、倍音部分がサイン波であり、ノコギリ波であれば30個の倍音(サイン波)で構成されているわけです。今回は30倍音までしか計算していないのですが、御覧のようにエッジなどが波打っていて、理想的な波形とは呼べません。波打たない理想的なノコギリ波を作りたい場合は、無限個のサイン波が必要となります。ただ、それでは計算が終わらないことになりますから、実際は必要な周波数まで計算します。デジタル処理の場合は、サンプリング周波数というものがあり、最高音の周波数が決まっていますので、そこまで計算することができます。それ以上計算してしまうと、折り返してしまい、妙な音が可聴域に入り込んでしまうので注意が必要です。例えば矩形波などはスイッチのON/OFFのような考え方で波形を作れば、理想的なエッジが出来ますが、デジタルで扱える周波数を超えてしまうため、問題が生じるのです。

■ 実際のアコースティック楽器の波形

上記は人工波形ですが、実際のアコースティック楽器は刻一刻と変化し続けるのが普通で、それが表現力にもつながっています。いくつか上記に近い波形をピックアップしてみます。

■ サイン波 ギター

撥弦楽器などのサスティーン部では、サイン波に近い波形になることも多いです。下波形はギターの高音のサスティーン部となります。低い音は倍音が多いので、なかなかサイン波にはなってくれません。

■ ノコギリ波 バイオリン

バイオリンはノコギリ波と言われていますが、実際には下波形のように、様々なノイズ成分や倍音が変化していて混沌としています。これでも割とノコギリ波に近いところを切り取ったものです。

■ 矩形波 クラリネット

木管楽器は矩形波に近い音を出すときもありますが、やはり計算で得られた波形とは大きく違っていて、吹く強さや音程によって変化も大きいです。

■ ノイズ シンバル

シンバルなどはホワイトノイズに近いですが、アタックからサスティーンまでの時間的な音色変化は目まぐるしく、人工的に再現するのが現在でも難しい分野です。

 

今回扱った音色部分は、周期性がある部分です。音程がある楽器の場合は、周期性があることで音程と認識できるわけで、必ず周期的な波形となっています。そして何の楽器なのか認識できるだけの情報を持っています。それは倍音構成によるところが大きいわけです。ただし、実際の楽器は音の出だしの部分である「アタック」がかなり重要になってきます。音が減衰していく楽器の場合は特にアタックが重要で、この部分が無かったら、楽器判別にも支障をきたすほどです。次回はアタックを含めた時間的変化について解説したいと思います。


コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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