前回に続いて電鳴楽器ですが、既存楽器のインターフェイスから離れた試みを紹介したいと思います。
前回のブログ『蠱惑の楽器たち 6.楽器のインターフェイス(電鳴楽器1)』
■ インターフェイス不在(音源のみ)
モジュラーシンセ本体だけを駆使して演奏する人たちがいますが、鍵盤のようなものは使っていません。シーケンスを鳴らしながら、コントロールノブを回して音色、パターンを変化させるなどして演奏しています。電鳴楽器のセッティングがパフォーマンスとなっているわけです。そして電鳴楽器本体のノブやスイッチなどが演奏するためのインターフェイスということで、ややイレギュラーな状態です。予備知識がない人が見たら何をしているのか全く分からないでしょう。一度その役目を終えたモジュラーシンセが、このようなかたちで復活したことは、意外でもあり、たいへん興味深い現象でもあります。
■ リボンコントロール
電圧を抵抗値でコントロールするためのもので、70年代初頭から存在する古典的なものです。うまく扱えば、バイオリンのようなことができますが、これを使いこなした演奏を見たことがありません。ポテンシャルは、それなりに高いのですが、使いこなすには学習コストがそれなりに高いことと、機器の選択肢があまりなく、製造終了など、将来的な不安もあり、あまり手を出したくないというところでしょうか。
■ パッド
1970年代後半からドラムマシンが使われ始め、Linn Drum、RC-808などが登場し、アカイのサンプラーに搭載された4x4のパッドレイアウト(MPCスタイル)が定着しました。面白いことにMPCは、Linn Drumを開発したRoger Linnが作った製品で、その後も革新的な機器を開発しています。目の付け所というか、バランス感覚がとても優れた人なのでしょう。現在ではMPCスタイルは各社が採用し、ドラムパッドの標準的なレイアウトと呼べるようになり、MPCパッドでパフォーマンスすることは普通になりました。これも立派な楽器といえるでしょう。
■ マトリクス
デジタル時代になってから、マトリクス状のインターフェイスが各社から発表されています。前述のRoger Linnもいくつか発表しています。Linnstrumentはタッチセンサーで様々な情報をMIDIデータとして音源へと伝えます。各マスに音程を設定し、指を触れることで演奏します。デジタル機器ですから、その設定の自由度も高いです。前回紹介したROLI Seaboardは鍵盤そのものでしたが、こちらはフラットで縦横も扱えますので、特にキーボーディストを意識している訳ではありません。より汎用的なインターフェイスといえます。MIDI2.0が実用段階になれば、相性がよさそうな気がします。数十年後には、割と普通に使われるようになっているかもしれません。
■ ウダー
この楽器は斬新なインターフェイスを持っています。ユニークなのは音階を螺旋状に配したことです。オクターブ違いなら、同じ角度に存在しています。単音を高速に弾くのは難しそうですが、12音をアナログ時計の文字盤のように理解することができ、鍵盤よりも音の関係が把握しやすいです。ただ人間の手の構造との相性は、ちょっとよろしくないかもしれません。
■ DJ(ディスク・ジョッキー)
本来はラジオで、選曲し、曲を紹介し、レコードをかける役割でしたが、そこから派生して既存曲をリミックスしてプレイするようなスタイル全般を指します。既存曲の再生からはじまり、ミックス、アレンジ的な作業が入り込み、今では作曲まで範囲が拡がっていますので、ミュージシャンとの境界がグレーでもあります。
使う機器すべてが楽器といえるので、インターフェイスという括りでは機器操作全般になります。いかにリズムよくスムーズにボリュームコントロールを回すとか、同期させるとか、こういう部分が演奏技術ということになりそうです。既存楽器とは全く違うエンジニア要素も重要になってくるわけで、楽器インターフェイスとしても異端といえそうです。最近ではパソコンも入り込むことで、内容はより複雑化しています。ただ、これらを楽器として扱うとなると、楽器の概念そのものを拡張する必要がありそうです。
■ パソコン(コンピュータ)
これも楽器カテゴリーから普通は外されますが、これだけパソコンが浸透し、音楽制作に欠かせないものとなった以上、無視もできない存在です。実際、電鳴楽器の多くはパソコンで計算され音が作られ、その記録もパソコンで行なわれます。曲もパソコンで作られますし、生演奏ですらパソコンを使う時代です。インターフェイスは、様々なUSB機器やモニター等が該当します。マウスやキーボード(パソコン)も立派な楽器インターフェイスです。楽器演奏は大道芸的なパフォーマンスの側面もあったわけですが、パソコンには今までとは違う世界が拡がっていそうです。
個人的に10年程前にアコーディオンのクロマチック式ボタン配列をパソコンのキーボードに割り当てて実験したことがあります。キーの並びが似ていたので楽器化できるかどうか試してみたわけです。当然慣れは必要ですが、一般的なソフト鍵盤よりも相性はよいと思いました。
■ まとめ
電鳴楽器の場合、インターフェイスの制約がないので、いろいろなインターフェイスが開発されてきましたが、既存楽器から離れたもので、一般化したものは、ほとんどありません。多くの人はホームとなる楽器があって、それは伝統的な楽器が普通です。目指すべきお手本もあり、学習方法も確立されていて、将来楽器が消えてしまうという不安もない安住の楽器です。そこから大きく離れた楽器に手を伸ばすのは面倒に感じるわけです。ましてや学習コストが高いことが予想される楽器インターフェイスは敬遠されます。
では、新しい楽器インターフェイスは入り込む余地がないかというと、そうでもなく、すでにパソコンが新しい電鳴楽器のホームになりつつあります。これだけ普及したパソコンですから、身近な道具となっています。それを楽器として利用するだけですから現代において敷居は低いわけです。既存楽器から離れたところから新しい音楽が生まれる可能性を秘めていますが、楽器インターフェイスという点ではソフトウェアがカギを握っていて、まだ発展途上といえます。
次回は自作の電鳴楽器のインターフェイスについて紹介します。
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