前回までのローズ・ピアノ特集はJポップを括りにしましたが、今回は少し視点を変えてJプログレにフォーカスを絞ります。そのバンド名は四人囃子です。
四人囃子はギタリストの森園勝敏、キーボードの坂下秀実、べーシストとの中村真一、ドラマーの岡井大二の4人で1971年に結成。そこにシュールで摩訶不思議な世界を描き出す詩人、末松康生によりプログレ的要素が添加されました。
1969年から70年代前半に、イギリスにおいてプログレッシブ・ロックの一大ブームが巻き起こります。
1969年、キングクリムゾン『クリムゾンキングの宮殿』、1971年、ピンクフロンド『おせっかい』、1972年、イエス『危機』、1973年、ピンクフロイド『狂気』…と、プログレッシブ・ロックの名盤が次々とリリースされました。
プログレッシブ・ロックに欠かすことができないのがそのムードを演出するキーボードです。ハモンドオルガンやエレクトリックピアノ、シンセサイザー、メロトロン、アコースティックピアノなどはプログレッシブ・ロックの名盤には必ず使われています。
そしてローズ・ピアノはハモンドオルガンとならび、欠かすことのできない存在でした。
イギリスでのプログレッシブ・ロックの台頭した時期に、日本のロックシーンにおいても同様の傾向が見られ、四人囃子は日本のピンクフロイドと言われる程、プログレッシブ・ロックの影響を強く受けたバンドとして知られています。
坂下秀実はJプログレッシブ・ロックバンド、「四人囃子」のアンサンブルの中枢を担うキーボーディストであり、ローズ・ピアノやシンセサイザーを使って楽曲に色彩を加える演出家でした。
■ 推薦アルバム:四人囃子『一触即発』(1974年)
日本におけるプログレッシブ・ロックの歴史的名盤であり、アルバムタイトル曲「一触即発」は歴史的名曲。
イギリス、プログレッシブ・ロックの影響を受けた大作主義がこのアルバム全体を覆っている。特にアルバムB面は長尺曲「一触即発」と「ピンポン玉の嘆き」2曲のみ。
使用されている楽器はフェンダーローズ・ピアノ、ハモンドオルガン、ミニモーグシンセサイザーなど、当時としてはスタンダードなラインナップだ。
フェンダーローズ・ピアノもハモンドと同列で使われており、その的を射た使い方にも坂下のセンスの良さが伺える。
プログレッシブ・ロックにおける鍵盤楽器の使い方は楽曲自体に音の厚みを付けるという命題があった。それを担っていたのがローズ・ピアノでありハモンドオルガンだ。
私が見た四人囃子のライブでは坂下氏は左手側にハモンドを置き、その上にはミニモーグかローランドのモノシンセSH-5、右手側にローズ・ピアノ、その上にストリングスをセットしていた。
坂下はハモンドの白玉バッキングの際にはローズ・ピアノでコードを弾く一方、オブリガートやフィルインなども入れ、楽曲に色彩感を与えていた。
ローズ・ピアノはジャンルを選ばない様々な音楽に溶け込む懐の深さを持った楽器。プログレッシブ・ロックというジャンルにおいては音の厚みを補完する一方、楽曲のムードを作り上げる役割も果たしている。
推薦曲:「空と雲」
ローズ・ピアノの特性がピタリとハマった楽曲。ローズ・ピアノの奇妙なベースフレーズと岡井大二のシンバルワークから幕を開ける。
坂下秀実は四人囃子のアンサンブルのまとめ役であり、あまりキーボードのソロは多く弾かない。しかし「空と雲」のソロはローズ・ピアノで演奏されている。抑制された印象的なソロであるが、フレーズ的には「おまつり」のオルガンソロと共通点を感じる。
この楽曲の白眉はローズ・ピアノのソロを受けて森園がアコースティックギターソロを弾き、さらにその駆け上がりフレーズを受け、坂下がローズ・ピアノで駆け上がる瞬間だ。
四人囃子ファンとしてはもう少し、ローズ・ピアノソロとアコギソロの掛け合い部分を長く聴きたかったというのが正直なところ!
■ 推薦アルバム:四人囃子『ゴールデン・ピクニクス』(1976年)
四人囃子のベーシスト中村真一から、新たに佐久間正英を迎えた傑作セカンド・アルバム。
ファースト・アルバムのダークな雰囲気から、より洗練された軽快な楽曲が並んでいる。
キーボードのウエイトが増えることで楽曲の色彩が鮮やかで豊かになった印象が強い。このアルバムではシンセサイザーが多面的に使われている。ハモンドオルガンの音もよりブライトでクリアー。
ローズ・ピアノはあまり表面には出ていないが、この音がベースにあることでファースト・アルバム同様、楽曲に厚みと色彩感を与えている。
推薦曲:「泳ぐなネッシー」
プログレバンド、四人囃子の面目躍如たる名曲で坂下秀実による楽曲。「一触即発」が陰であるならば、「泳ぐなネッシー」は陽と言ったところか。
水の中のネッシーというイメージを強調するためにローズ・ピアノの透明感のある音が上手く使われ、ネッシーが「水」に佇んでいるかの様なイメージが見事に表現されている。
推薦曲:「レディ・ヴァイオレッタ」
坂下秀実が弾くローズ・ピアノが大活躍する楽曲。「レディ・ヴァイオレッタ」はローズ・ピアノなくしては成り立たないといっても過言ではない。コンガとローズの組み合わせは鉄板だ。Jプログレッシブ・ロックというよりもJフュージョンとして括った方がいいかもしれない。
「レディ・ヴァイオレッタ」は当時の森園の志向を象徴する楽曲であり、プログレッシブ・ロックとは位相が異なるが、こういうジャジーな楽曲を弾かせても坂下秀実はとても上手い。ローズ・ピアノの「音」を理解し、楽曲にある種の品格を与える演奏が聴ける。
坂下は「レディ・ヴァイオレッタ」のシングルバージョンで、テーマを歌う森園のギターパートとソロパートでバッキングを変えている。リズムが変わったギターソロパートでは、16ビートの裏を強く意識したバッキングで森園のソロを引き立てている。
ローズ・ピアノはリズムとの兼ね合いやメリハリの付け方で楽曲の景色を変えることができる。坂下はそんなローズ・ピアノの特性を理解しているミュージシャンだった。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:坂下秀実、森園勝敏、岡井大二、中村真一、佐久間正英など
- アルバム:『一触即発』『ゴールデン・ピクニクス』
- 推薦曲:「空と雲」「泳ぐなネッシー」「レディ・ヴァイオレッタ」
コラム「sound&person」は、皆様からの投稿によって成り立っています。
投稿についての詳細はこちら