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剣山への思いを育む遍路みち! 1200㎞を超える四国一周のルートを完走できるか!

2024-04-15

テーマ:サウンドハウス創業者のコラム「Rickの本寝言」

Rickの本寝言 サウンドハウス創業者が本音をついつい寝言でつぶやく!

2023年の9月23日、徳島の第1番札所霊山寺からスタートした四国八十八ヶ所遍路みちの旅も、第16日目となる2024年4月11日、遂に第53番札所円明寺まで到達した。既に836㎞も走ってきたことになる。とにかく自分の足で大自然の中を、時には街中を走りながら、八十八ヶ所の遍路のありのままの姿を自分の目で見て確かめたく、果敢にチャレンジしている。しかも幾度となく長距離の遍路道を走ってきたことから、段々と慣れてきたこともあり、1日で走る距離を50㎞~80㎞までに延ばすことにした。その結果、四国一周を回るには当初、延べ33日かかると考えていたが、その目標値を大幅に繰り上げて、22日間で完走するという予定に修正した。すなわち、後6日で八十八ヶ所の完走を目指すことになる。

残るは370㎞ほどの遍路みちだ。それを6日で完走するには、毎回60㎞以上進まなければならない。しかしながら、これまで既に90㎞近くの遍路みちも走破し、4月には上り坂の標高が2200mを超える70㎞の遍路みちも12時間でこなしてきた経験から、できないことはもはやないと、八十八ヶ所全部の遍路みちを完走することに意欲を燃やしている。しかも5月18日は、サウンドハウスの徳島支部、小松島ロジスティクス・センター創業の10周年記念パーティーがあり、その時に合わせて遍路みちの完走を祝いたいという社員がいることから、何がなんでも達成しなければならないゴールとなった。よってここ1-2か月は遍路みちを進む頻度を週1のペースに上げてきたことは正解だった。パーティーの日まで1か月少々だが、スタート時より10か月、延べ22日をかけて四国八十八ヶ所の遍路を回り切ることが目標となる。

備えあれば憂い無し。万全の体制、体調で臨みつつ、パーティーでは美味しいビールをいっぱい飲んで、自分自身を祝いたいものだ。ということで、ボーっとしている暇は自分にはない。日々ひたすら仕事に打ち込みつつ、時間を見つけては筋力トレーニングに勤しむことになる。体調管理が完走の鍵になるので、日々のストレッチも含め、気合を入れて取り組まねばならない。

四国八十八ヶ所の遍路みちを第1番札所からずっと走り続けて思うことだが、自分の足で遍路みちを歩んでいる人の何と少ないことか。そして札所と呼ばれる神社の距離間が30~40㎞を越えてくると、通りすがりのお遍路さんはほぼ皆無になる。それでも札所との間がさほど長くない遍路みちでは、時折お遍路さんに出会うことがある。その多くは高年齢の男性であり、それぞれが、さまざまな思いを持って遍路を歩いているように見受けられる。また、白人系の外国人お遍路さんも何人か見かけている。ヨーロッパかアメリカから来たのだろうか。白人のお遍路さんは年齢を問わず、男性一人で遍路みちを歩いている場合が多いが、若いカップルが2人で楽しそうに話をしながら歩いている姿や、外国人女性のお遍路さんも見かける。つまり外国人のお遍路さんは性別、年齢問わず、遍路みちを歩きたいと願う人が思うままにお遍路さんになって歩いているのだ。そしてふと思った。何故、日本人の若者は、遍路みちを歩こうとしないのだろうか。おそらく考えたこともない人がほとんどだろう。

長い遍路みちを歩き続けることは大変な労苦が伴うことから、一見、大変そうに思えてしまうが、実際は楽しいこともある。まず、遍路みちの一人旅は、心安らぐ楽しい時間にもなりうるのだ。大自然の真っただ中、時には長い国道沿いをひとりぼっち歩み続けることもあるのだが、それが自分としっかり向き合うことのできる貴重な時間となる。自分の場合はひたすら足を動かして走り続けているのだが、例え歩く場合でも一緒のことだろう。前に進み続ける間は無心でがんばり続けるか、時にはさまざまなことを考えながら、また、時には心の中で歌を口ずさみながら進んで行くのだが、その合間にいろいろな景色を見ることができるだけでなく、とにかく四国の町々の在り方そのものに触れることができるわけだ。

その時間軸の中で、海や山、川の素晴らしい景色に圧倒されることもある。また四月は桜の季節でもあり、花見をしながら遍路みちを走ることにもなり、格別な気分になる。また、田舎の集落の姿をありのままに眺めながら、通りすがりのおばあちゃんやおじいちゃんに「こんにちは!」と挨拶するのも楽しい。特に高知県や愛媛県では中高生がお遍路さんに挨拶をする教育を受けてきているのだろうか、みんなが挨拶をしてくれるので嬉しい限りだ。そして街中に見受けられるさまざまな昔風のお店の発見も興味深い。だからこそ、ちょっとやそっと苦しくなることはわかっていても、その反面、未知の場所を自分の足で通り抜けるというスリルと感動があることから、一種の期待感さえもつようになってきた。

自分にとって、四国八十八ヶ所の遍路みちとは、単に自然に触れながら心を清められ、魂に安らぎを得る場だけには留まらない。そのルートには、空海の大切なメッセージ秘められていると考えられ、それを見たい一心から、何としてでもその事実を自分の目で確認することが、究極の目的であった。よって、ここまでさまざまな苦労や痛み、そして時には脱水症状の苦しみさえも患ってきたが、それさえも苦にならないのだ。

実は四国八十八ヶ所の遍路みちとは、霊峰なる剣山を崇拝するための参道でもあり、遍路みちの随所から遠くに四国の霊峰、剣山の頂上を望むことができる。そのことを証するために、天気の良い日を選んで、自分の目で遠くに剣山を見定めることが、究極の目的だ。そして既に遍路沿いから4ヶ所も剣山を望むことのできるスポットを見出してきた。2ヶ所は想定通りの場所であった。1ヶ所は想定外の発見となる。

そしてもう一か所の場所こそ、愛媛の第四十三番札所明石寺から第四十四番札所大寶寺へ向かう途中の真弓峠、今日の真弓トンネルを越えた場所だ。地図で確認し、グーグルマップのストリートビュー、そしてグーグルアースで確認もし、もしかして見えるかもしれないと想定して期待していた訳だ。その事実を確認するために、ありとあらゆる苦難を乗り越えて、70㎞を走破することになる。そして真弓峠のトンネルを過ぎると、ほんの100mも満たない一か所だけ、幸いにもおよそ120㎞先に聳え立つ剣山の頂上らしきものを目にすることができた。天気の良い日には、剣山からは例えば、日本海側の北方175㎞先に大山をくっきりと望むことができる。よって愛媛の真弓峠から120㎞先に剣山の頂上が見えても何ら不思議ではない。その姿をきちんと写真に収めることができたことは感無量だ。はっきりと分かったこと、それは遍路みちがわざわざ愛媛の大洲から内子へと真東に向かい、伊予の山を越えて真東に向かう理由は、剣山を望むためだったということだ。だからこそ、わざわざ遍路みちは大洲か大寶寺、岩屋寺の方へと大きく迂回しているのだ。その事実が理解できただけでも大きな収穫だった。

自分の限界にチャレンジした70㎞の走行距離、しかも標高差2200mを超える難関ではあったが、日中に走破することができた。しかし剣山を見るために高気圧、良好な天気の日を特定したため、日中は暑くなり途中、脱水症状にもなる。そして12時間の死闘の末、目的地に到達。その翌日はさらに48㎞、第四十五番岩屋寺から一気に松山市を越えて第五十三番円明寺まで突っ走ることになったが、疲れは極度に達してはいたものの、緩やかな下り坂が続き、何とか生還!今週はゆっくり体を休め、残りの遍路みちを完走するため、心身ともに準備していきたい。

Rick - 中島尚彦 -

1957年東京生まれ。10代で米国にテニス留学。南カリフォルニア大学、ウォートン・ビジネススクールを経て、フラー神学大学院卒。1993年サウンドハウスを創業。楽器、音響機器のネット通販を手掛け、日本列島を音楽を通じて元気にすることを目指す。会社経営に精励する傍ら、地域活性化のプロジェクトに取り組み、全国を駆け巡りながら、古代史の研究を手掛ける。日本シティージャーナル(地域新聞)主宰。Historyjp.comのサイトを通じて新しい切り口から歴史の流れをわかりやすく解説し、日本のルーツを解明することにより、国家の精神的復興に貢献することをライフワークとする。
■ 日本とユダヤのハーモニー&古代史の研究 https://www.historyjp.com
■ 一般財団法人サウンドハウスこどものみらい財団 https://www.kodomozaidan.org

 
 
 

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