
駒、という漢字を当ててはいますが英語表記ではBridge、これは橋、という意味になります。楽器に張られた弦を支えて基準の音程=開放弦の音程を決定します。
開放弦の状態で弦が楽器に触れるのは、ペグ、上ナット、駒の糸道、テールピースのアンカーの4か所です。
この中で左手押弦に関わらず弦の圧力を受け止めてボディ表板に弦の振動を伝える役割の駒は音に大きく関わってくることは容易に想像できます。

この駒という部品、じつはその材料にも種類、ランクが存在することをご存じでしたか?
もちろん値段にも差がありますので紹介していきたいと思います。
流通しているメーカーは複数ありますが、ここでは昔から世界的に定番として有名な「Aubert」を例に紹介します。
「Aubert」はAubert Lutherie、フランス語なのでオベール リュテリエ、と表記するのが良いでしょうか。フランス語に堪能な方、おや?と思われるかもしれませんがご容赦ください。昔は「オーベルト」と言っていましたが最近は皆さんフランス語読み(語尾の子音は発音しないのが基本)の「オベール」が定着してきたようです。
Aubert Lutherieはフランスの東部、Mirecourt(ミルクール)という町にある弦楽器の会社です。Mirecourtは19世紀から20世紀弦楽器の量産地として栄えた町です。Mirecourtは弦楽器の歴史でドイツのMarkneukirchenやMittenwaldのように重要な位置づけの町です。
このAubertの駒はバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの各楽器種、サイズにより種類は多岐にわたりますが、バイオリンに限って絞って説明すると大きく分けて4種類あります。
Aubert NO.8L De luxe 通称「オベール・デラックス」
バイオリンの駒を交換する、という場面はそうそう多くはないはずです。
せっかく交換するなら良い材質のもので、と考えたらまずこれを選んで間違いないでしょう。シーズニング(乾燥させた木材、という意味です)が施された良材を選んだAubertの最高ランクの駒で、DE LUXEのスタンプが信頼の証です。足幅が40.5~43mmと種類があります。
足幅については楽器に元々ついていた駒のサイズを基準に選びますが、魂柱との相対位置を考慮してサイズを変更する場合もあり得ます。技術的なポイントは依頼する職人さんとよくご相談してください。
Aubert No.8 Luxe
こちらはLuxeです。2番目のランクのものです。
何が違うの?というご質問はとても多く寄せられます。回答は「材質のクオリティに差がある」という答えとなります。値段も少し安く、足幅が41.5mmのみです。このLuxeでも充分良い材料と言えるでしょう。
Aubert No.7 Mirecourt
Mirecourtは材質のクオリティと価格のバランスが取れて、最も良く用いられる種類だと思います。
ここまで3種類見せられて、どれも同じにしか見えない・・・そんなお声が聞こえてきます。同じ材料で同じ形状で作られていますので、明確な区別はスタンプで見分けます。
裏から見て種類を見分けるのはかなり難しいです。
Aubert No5 Etude
EtudeはAubertの駒の中で最もお手頃なものです。
Etudeを見ると「駒の色が白い」とはっきり分かると思います。これは写真の露出の影響も多少あるにしても実際に並べてみると色はDeluxe、Luxe、Mirecourt、Etudeと色が白くなってきます。これはシーズニングの年月によって材料が枯れて色が濃くなるようです。削っても中まで同じ色なので表面が日焼けしているとかそういう色味ではないようです。
このように駒には材料によって種類がある、というのがお分かりいただけたでしょうか?
さて4枚の画像を見つつ、ご自分の楽器の駒を見比べたりして私のはMirecourtがついてる、私のはAubertじゃないな~とか色んな感想をお感じになり始めた読者の皆様は、多分お気づきでしょう。
「私の楽器の駒と形が違う!どうして?」
「駒の形は加工で決まる」

これはAubert Deluxe駒の未加工新駒(左)と加工されて実際に楽器についていた同クラスの駒です。
駒の厚み、足裏フィッティング、R(上面の丸み)、各部分の成形、と取り付ける楽器に合わせて加工して初めてパーツとして完成します。さらにこの右の駒ではE線にめり込み防止の皮を貼っています。
駒を換えると何が変わるの?
Aubert Deluxeは間違いなく良い材質の駒ですが、Deluxeで駒替えをすれば必ず音が良くなる、と言い切ることもできません。大抵の場合は良い結果(音が良くなったとか、弾きやすくなった、というご感想をいただく)で丸く収まりますが、美しい木目の駒を美しく仕上げて雰囲気に浸っているという場合も考えられます。それはそれで楽器を楽しむ一つの大きな要素なので大切だと思います。
他にも魂柱、ついている顎当てやテールピースなどのパーツ、各部の調整(ペグや上ナット)、楽器自体の材料、そして奏者の弾き癖、それらを総合してその楽器の音になる、という事はご理解いただけると思います。そんな中で、Aubert Deluxeの駒を選ぶのはそうした音や弾き心地の改善につながる可能性を少なからず持っていることだけは確かです。
実際の取り付け加工作業は基本的には工房を探し、修理の依頼をしてということになりますし、中には趣味としてご自身で駒の交換や各部の調整修理をこなす方もいらっしゃいます。
一口にじゃあ駒を換えてみよう、と言っても今ついている駒からの交換となれば頼む工房を探したり色々な手間がかかります。工房によっては自分の工房で保管している駒での作業を勧められる場合もあります。
ところで、じつは弦楽器の駒は「人間の形」を模しています。

言われると成程な小さすぎるネタではありますが、ハートを削って入れて駒自体の質量を減らし、デザイン的な意味合いも含めて駒自体を良く響かせる工夫がされているのだと思います。華奢な木材でできたパーツですが弦の張力に耐えて、あなたの楽器を大きく響かせる大切なパーツです。調弦時には駒の姿勢を確認して、曲がりや変形が起きないように時々修正してあげてください。
⇒ サウンドハウス虎の巻「調弦(チューニング)と駒の傾きの確認はセットで」

最後に色んな駒をご覧ください。最上段は古いボヘミア系の楽器から外した駒だったと記憶しています。2段目はノーマルなAubert各種、3段目は分数の駒、真ん中は新駒です。
4段目は新駒ですが右の大きいのはビオラ用です。
いつかやってくるかもしれない駒替えのタイミングでこの記事が役立つことがあるかもしれません。
皆さんバイオリンをお楽しみください!