4ビートは難しい!のか?
前回に続き、どうしてジャズがロックやポップスの中に浸透しないのか?なぜジャジーはあるがジャズがないのか?の理由を、クライアントが存在する楽曲を例に考えてみます。
クライアントにとってジャズという音楽は、大衆に受け入れられにくい側面があることは理解しています。その理由は、多くの人がロックやポップスといった音楽に親しみを感じやすく、それらがより「分かりやすい」からです。CMソングにおいては、分かりやすい音楽の方が受け入れられやすく、商品の売上にも繋がりやすいという構図があります。
J-POPの最高峰と評される大瀧詠一の楽曲「君は天然色」が、いかに多くのCMに起用されたかを考えれば明らかでしょう。これは、世間に浸透している音楽とそうでない音楽との差と言えます。
この事情は、ヒット曲を制作する上でも同様です。広く浸透しているジャンルの演奏家は数多く存在する一方、ジャズを高いレベルで演奏できる音楽家の数は決して多くありません。
例えば、ジャズ特有の4ビートやベースラインを的確に演奏できるミュージシャンは限られています。そうした技量の高い演奏家への依頼には高額な報酬が必要となるため、制作費を抑えたいレコード会社にとって、4ビートジャズの採用は相応のリスクを伴うのです。
そんな4ビートジャズですが…
わかりにくいとされる一方で、その良さを理解する人も一定数存在します。今回は、その「少数派」であることを逆手にとり、的確にファン層へアプローチするミュージシャンを取り上げます。
■ 推薦アルバム:椎名林檎『三毒史』 (2019年)

2019年リリースの椎名林檎の6枚目のスタジオ・アルバム。
参加ミュージシャンも笹路正徳、村田陽一、斎藤 ネコなど、業界のトッププレイヤーを招聘。東京事変つながりの日本のファーストコール・ミュージシャンたちによる演奏は、多彩で奥深く、ひらめきに満ちている。椎名林檎は、当時もっとも勢いのあったスタジオミュージシャンたちに自らの音楽を委ねた。彼らの演奏から引き出される音楽的な旨味は、実に濃厚で味わい深い。そして、それが椎名林檎によってコントロールされていたことを考えると末恐ろしい気もする。それは、明らかに彼女の確信だった筈だ。
このポップシンガーが提示した、(良い意味で)正統でありながらひねくれたジャズの要素を持つJ-POPは、当時のポップスシーンにおいて最高峰のクリエイティビティを発揮していました。
推薦曲:「目抜き通り」
銀座というラグジュアリーな街と施設を、さらにイメージアップさせることに貢献したのがこの「目抜き通り」。「憧れの大型商業施設」とはGINZA SIXのことで、そのテーマソングを椎名林檎とトータス松本という2人のシンガーが歌い上げる。楽曲を彩るのは、ゴージャスなビッグバンド・ジャズ。「銀座」と「ビッグバンド・ジャズ」を巧みに融合させたのがこの楽曲だ。
ビッグバンドに更に管弦楽器を加えリッチさが強調される。それを演出したのが斎藤 ネコだ。そこに当時、勢いのあったジャズバンド、SOIL&"PIMP"SESSIONSのドラマー・みどりんや、渡辺貞夫の音楽監督を務めるなどブラスアレンジに定評のある村田陽一、そしてピアニスト兼アレンジャーの重鎮である笹路正徳など、錚々たる凄腕ミュージシャンが顔を揃えている。
このオーケストラにどれほどの費用が投じられたのかを考えると恐ろしくなる。クライアントも高額な制作費を承諾したのだろう。
プロモーション用の「GINZA SIX」のビデオも、楽曲の盛り上がりに一役買った。
この楽曲には、マイナーな存在であったジャズがポップスを凌駕する瞬間があった。
「目抜き通り」は、正統なビッグバンド・ジャズに真正面から向き合ったことによる爽やかささえ感じさせ、そういう意味では「椎名林檎らしくない」楽曲かもしれない。(失礼ながら、良い意味で)従来の、暗くドロドロとした屈折した彼女の世界観ではない。「椎名林檎はこんな曲も書けるのか」と、当時驚嘆したことを記憶している。
推薦曲:「獣ゆく細道」
エレファントカシマシの宮本浩次をボーカルにフィーチャーした、「目抜き通り」に続くデュエットソング第二弾。
こちらこそ、まさに椎名林檎の真骨頂。「目抜き通り」が「陽」だとしたら、この楽曲は明らかに「陰」であり、まさしく彼女の世界観そのものだ。
日本テレビのニュース番組「news zero」のテーマソングで、楽曲は「目抜き通り」に続き、煌びやかでゴージャスなビッグバンドが全面的にフィーチャーされている。
壮大なアレンジを手がけたのは、この楽曲でピアノも担当している笹路正徳。笹路はスピッツやプリンセス プリンセス、松田聖子などポップスシーンで広く知られる音楽プロデューサーだ。ここにも、笹路による「ジャズの皮を被ったポップス」への確信が見て取れる。
こちらも高額な制作費が計上されたと想像に難くない。
不気味なAメロ、Bメロから、サビでは、サルサのクラーベをあしらった見事な展開へと至る。このサビの高揚感は、ラテンジャズが持つあの心地よさを内包しており、実に見事なコントラストだ。
またメンバーも腕利きばかり。ドラムが山木秀夫、ベースが高水健司、トロンボーンが村田陽一、サックスが本田雅人、竹野昌邦、山本拓夫という豪華な布陣だ。
楽曲の後半では、アレンジャーでもある笹路正徳によるアコースティックピアノの長いアドリブソロが聴きどころ。ポップスの楽曲において、これほど長いピアノのアドリブパートが設けられるのは異例のこと。しかもこのソロは、完全なストレート・アヘッド・ジャズ。圧巻のかっこよさ!
ポップスの側からジャズにアプローチした、確信犯的かつ最高の楽曲と言えるだろう。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:椎名林檎、トータス・松本、宮本浩次、笹路正徳、斎藤 ネコ、村田陽一など
- アルバム:『三毒史』
- 推薦曲:「目抜き通り」「獣ゆく細道」
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