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蠱惑の楽器たち 110.u-he Bazille レビュー オシレーターPD音源

2025-01-22

テーマ:音楽ライターのコラム「sound&person」, 楽器

u-he ( ユーヒー ) / Bazille 簡易パッケージ版

カシオ PD音源(Phase Distortion)

Bazilleの4基のオシレータに搭載されているPD音源についてです。 FM音源を採用するソフトシンセはたくさんありますが、PD音源の採用は少数派です。 多くの人にとって馴染みがない音源だと思いますので、原理にも触れたいと思います。 u-heの社長Urs Heckmannさんが、初めて購入したシンセはカシオ CZ-1000とのことで、やはりPD音源には思い入れがあるようです。 Bazilleを触っていると、その思いが伝わってきます。

Bazilleのオシレータ下半分がPDの設定項目で独自に拡張されています。

PD音源の歴史

PD音源は1984年にカシオ初のシンセサイザーCZ-101に採用したデジタル音源方式です。 PD音源搭載シンセは1986年までに7機種発売されました。 1988年にはPD音源の発展型のiPD音源へ進化しています。 しかし1990年代にはカシオもPCM音源へ移行しPD音源は終了します。 2000年以降は、ソフトシンセでPD音源を耳にするようになり、Bazilleもそのひとつです。 メジャーな音源とは言えませんが、そのコンセプトは現在でも通用するものです。 たったひとつの波形から様々な音を作り出す音源として、PD音源、FM音源はマニア好みかもしれません。

カシオ CZ-101, CC BY-SA 4.0 (Wikipediaより引用)

PD音源は難解なFM音源に比べて、アナログシンセのような扱いやすさがあるとされています。 FM音源はバリエーション豊かな音作りを可能としましたが、従来のシンセとは全く違った合成方法だったため、音作りを断念する人も多かったように思います。

それに対してPD音源はアナログシンセのような扱いができるデジタル音源を目指しています。 開発段階で冨田勲が協力していたことも大きかったと思います。 その原理や挙動もアナログシンセらしさを追及していたようです。 サイン波のFM音源、コサイン波のPD音源というと、兄弟関係のようにも思えるし、数学的にはデジタル処理なので類似部分もありますが、コンセプトが全く違うという印象です。

PD音源の原理

FM音源のサイン波に対して、PD音源はコサイン波を基本とします。 PDはPhase Distortionの略で日本語では位相歪となります。 ROMに書き込まれているコサイン波を、読み出すときに位相角を歪めることで様々な音を作り出すことが出来ます。 図にすると下記のようなイメージとなります。 赤のコサイン波(マイナス)がROMにある波形で、これを青い読み取りテーブルで歪ませ、緑の出力波形を得るという仕組です。

読み取りテーブルがy=xの場合、つまり単純に順次読み出した場合は、出力波形もそのままコサイン波が出てきます。

続いてノコギリ波の場合ですが、読み取りテーブルは、瞬時にコサインの中心へ飛びます。 こうすることで後半部分が出力波形となり、多少いびつですがエッジの効いたノコギリ波を難なく作り出すことができます。 FM音源で実現するのが難しい部分です。下のサンプルはFMでは難しいノコギリ波を使った柔らかいパッドサウンドです。

PD音源にあらかじめ用意されている出力波形

またオリジナルのPD音源は、ユーザーがコサイン波から音作りをするのではなく、あらかじめ加工した8種類の波形から音作りをしました。 基本波形だけでなく、アナログシンセのフィルターのレゾナンスを効かせたような波形などが揃っています。 FM音源に比べて、図形的に理解しやすく、直感的な音源だったと言えます。 逆にコサイン波から作りたいというマニアックな要望には応えられない仕様でした。 Bazilleも酷似した波形を用意していますが、より柔軟な設定が出来るようになっていますし、コサイン波以外の波形も自由に作ることができます。 Resonanceに関してはBazilleではFractalizeという部分でも同じことが実現できます。 これによってResonanceを入れ子にするなど妙なことも出来るようになっています。

以下はBazilleのPDに搭載されている8種類の波形となります。カシオPDとは若干違います。

モーフィング

コサイン波と出力波形はモーフィングが可能でした。これはBazilleにも継承されています。下記がBazilleを使ったモーフィングの様子です。 モーフィングを扱いやすくした理由は、まさにアナログシンセの再現にあると思います。 レゾナンスの効いたアナログシンセサウンドを、デジタルで再現しようとした結果でしょう。

上記を音にしてみます。せっかくなのでアナログ回路を通った音らしくしてみました。 Bazilleはアナログエミュレータでもあるので、レベル調整などによって歪加減が大きく変わります。続いてアナログシンセらしいレゾナンスサウンドをフィルターを使わずにPDのみで作ってみました。

コンピネーション波形

ユニークなところとしては奇数偶数波形に別々の波形を選択し組み合わせることが出来ます。 組み合わせによってはオクターブ音程があいまいになりますが、アナログでは難しいデジタルならではの波形です。 下記はBazilleの波形と名称なので、カシオPDとは少し異なっています。

BazilleによるPD音源の拡張

BazilleではオリジナルPD音源をリスペクトしつつ、拡張され柔軟性が増しています。 デフォルトはコサイン波から音作りをしますが、Bazilleではマップを使うことで独自に波形を描くことができます。 解像度は最大128で、補間もされないようなので、使い方には気を付ける必要があります。 また加算式のようにも扱えます。 手順としては、各倍音のレベル調整を行った後、Spectralize変換すると波形が作られます。 下図は6倍音までを扱った波形の例です。 オシロスコープ、周波数スペクトラムの結果も載せておきます。

Bazilleオシレータ PD音源部まとめ

以上、BazilleのPD音源部を見てきましたが、オリジナルのカシオPD音源から、かけ離れない程度にまとめられています。 ソフトウェアとして全く新しいものを作るのであれば、オリジナルに近い必要性は無いのですが、Bazilleは全体的に元ネタがはっきりしていて、それぞれにリスペクトを感じます。 u-he最新のシンセであるZebralette3(無料)にもPD音源に相当する機能が組み込まれていますが、こちらは徹底的に自由に扱えるようになっています。

次回はBazilleのセミモジュラー部について解説します。


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あちゃぴー

楽器メーカーで楽器開発していました。楽器は不思議な道具で、人間が生きていく上で、必要不可欠でもないのに、いつの時代も、たいへんな魅力を放っています。音楽そのものが、実用性という意味では摩訶不思議な立ち位置ですが、その音楽を奏でる楽器も、道具としては一風変わった存在なのです。そんな掴み所のない楽器について、作り手視点で、あれこれ書いていきたいと思います。
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