アルト・サックス奏者の巨匠といっても過言ではないデビッド・サンボーンの追悼記事を前回書かせてもらいました。
デビッド・サンボーンは自分が音楽を聴き出してからホーンプレイヤーという存在を初めて意識させてくれたミュージシャンでした。当時は何故か分からないけどカッコイイ…その程度の認識でした。10代後半まではロックを中心に聴いてきた私ですが、大学卒業前後から様々な音楽に触れることになりました。自分のフィールド外の演奏を聴くことでキャパシティーが広がり、音楽を聴く喜びも増えていきます。
特にホーン系の演奏はカテゴリー的にジャズが絡んでくる場合いが多く、ストレートなロックとは違い、ハーモニー的にも複雑になって、演奏にある種の洗練や深みが加味されることになります。
私が出会ったマイケル・フランクスの音楽はまさにその手の音楽でした。ポップソングではあるものの演奏するミュージシャン達にはジャズのスキルがありました。鍵盤奏者のジョー・サンプルしかり、ギタリストのラリー・カールトンしかりです。マイケル・フランクスの音楽はジャズの仮面を被ったポップス。スティーリー・ダンも同様です。当時の私はそんな音楽に惹かれていきました。
マイケル・フランクスの名盤である『スリーピング・ジプシー』や『アート・オブ・ティ』などにセッション・プレイヤーとしてデビッド・サンボーンは呼ばれました。しかしアルバム全てのトラックで演奏する訳ではありません。プロデューサーのトミー・リピューマやマイケル・フランクスの意向でこの曲は誰に吹かせるというのがあった筈です。これらのアルバムにはアルト・サックスプレイヤーとしてマイケル・ブレッカーも呼ばれています。
マイケル・ブレッカーも当時、ブレッカー・ブラザースバンドで名を馳せたトップクラスのテナープレイヤーです。
今回のテーマはアルバムのデビッド・サンボーンだけに限ることなく、テナー・サックス・プレイヤーとして呼ばれたマイケル・ブレッカーの演奏した名盤、名曲もご紹介できればと思います。
■ 推薦アルバム:ビル・ラバウンティ『Bill LoBounty』(1982年)

1982年にリリースされたビル・ラバウンティの大名盤。
ビル・ラバンウンティはアメリカの作曲家でポップソング・ライティングに秀でており、多くのヒット曲を書いている。特にこの4枚目のアルバムの評価が高い。ディーン・パークス(g)、デビッド・サンボーン(sax)、チャック・レイニー(b)、ジェフ・ポーカロ、スティーブ・ガット(ds)など、当時のファースト・コールミュージシャンを集めてのアルバムとなった。
当時のレコードジャケットは何故かオリジナルとは異なり、男女がプールに浮かんでいる爽やかなアートワークだった。オリジナルジャケットだと売り上げが思わしくないとレコード会社が考えたのかもしれない(笑)。

日本で発売されたオリジナルとは別のレコードジャケット
推薦曲:「Livin' It Up」/ソロプレイヤー:デビッド・サンボーン
ビル・ラバウンティの楽曲で一番知られ、多くのミュージシャンがカバーをした名曲。発売当初、私はアルバムのオープニングだったこの楽曲にノックアウトされ、レコードを購入した(当時はレコード店でレコードの視聴ができた)。
この楽曲にはセッション・メンバーとしてデビッド・サンボーンが参加している。
「Livin' It Up」はフェンダーローズピアノの印象的なイントロで幕を開ける。ビルの作る楽曲はその憂いを含んだ声質と相まって、聴き手にもメランコリックな感覚を想起させる。彼の楽曲の特徴としてメロディ自体が泣きのメロディなのだ。それが聴き手の琴線に触れるのだろう。ある意味とても日本人好みのミュージシャンかもしれない。
楽曲の終盤にデビッド・サンボーンのアルト・サックスのソロが聴ける。ビルの楽曲はサンボーンの演奏にも通じる部分がある。エモーショナルで切なげな切り口で演奏される泣きのフレーズが何とも言えず、それが人気の要因なのかもしれない。
この楽曲のサンボーンによるアウトロ部分での演奏はいつにもまして「間」が生かされている。
サンボーンのソロにビルのボーカルが被ってくることからサンボーンはその合間を縫って泳ぐようにプレイをしている。
このトラックは最初にボーカルパートが録音され、それを聴いてのサンボーンのプレイなのか、はたまたその逆なのか、それともボーカルと同時に録音されているのか…という想像をしても面白い。そんなサンボーンの特徴を生かした演奏を聴くことができる。
■ 推薦アルバム:マイケル・フランクス『スリーピング・ジプシー』(1977年)

1977年リリースのマイケル・フランクスの大名盤。評論家の中ではマイケル・フランクスの最高傑作という人も多い。ジャスの皮を被ったポップスと私は表現したが、語り口はジャジーなサウンドであり、洗練を極めた音楽になっている。アルバム全体を彩る淡いトーンで歌われるボサノバ由来の楽曲はマイケル・フランクならではだ。このアルバム、ホーンプレイヤーはデビッド・サンボーンとマイケル・ブイレッカーの2人が参加している。
推薦曲:「淑女の想い」/ソロプレイヤー:マイケル・ブレッカー
マイケル・ブレッカーのソロはデビッド・サンボーンに比べると艶やかでフレーズ自体もメロディの構築がしっかりされているという感じする。私はホーンプレイヤーでないので細部までは分からないが、マイケルのプレイもデビッドと同様、セッション・ミュージシャンとしてオファーを受けてのプレイの質は極めて高いと思う。当時、サックスプレイヤーではデビッド・サンボーンかマイケル・ブレッカーが断トツのファーストコールであったことがこのプレイを聴くだけで十分に理解できる。
■ 推薦アルバム:ポール・サイモン『時の流れに』(1975年)

1975年リリース。ポール・サイモンソロ5枚目のアルバム。このアルバムはポール・サイモンの最高傑作と言われ評価が高い。「アルバム・オブ・ザ・イヤー」など、2つのグラミー賞を獲得している。メンバーはプロデューサー、フィル・ラモーンの元、ニューヨークのファーストコールであるスティーブ・ガッド(ds)、マイケル・ブレッカー(sax)、ボブ・ジェイムス(key)、リチャード・ティー(p)など、名うてのスタジオ・ミュージシャンを起用し、精緻な音を作り上げている。
推薦曲:「時の流れに」/ソロプレイヤー:マイケル・ブレッカー
美しいコード進行に合わせる形での壮大なテナー・サックスのソロ。ブレッカー・ブラザースバンドにおけるキレ気味のソロ演奏とはまた違ったマイケル・ブレッカーの懐の深さを感じるメロディアスなソロプレイは必聴だ。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:デビッド・サンボーン、マイケル・ブレッカー、ビル・ラバウンティ、マイケル・フランクスなど
- アルバム:『Bill LoBounty』『スリーピング・ジプシー』『時の流れに』
- 推薦曲:「Livin' It Up」「淑女の想い」「時の流れに」
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