物理音源は、楽器の要素を分解し物理的なシミュレーションから音を作り出す音源です。サンプリング音源のように波形データを持たず、その都度計算によって音を生成するため、持続している音にも生楽器のような変化が与えられます。そのためハードの処理能力を要求する音源となっています。
1993年 YAMAHA VL-1 47万円
最初に販売された物理音源搭載シンセです。当時はチップの処理能力から、物理音源は現実的ではないという時代でしたが、ヤマハは様々な工夫をして1993年に商品化まで漕ぎつけました。
ヤマハ公式サイトより引用
これが登場したときは、早くもサンプリングの時代が終わったかと思いました。 しかし、高価で同時発音数も2音と少なく用途は限られていたため普及しませんでした。 周りの人の反応も物理音源にピンと来ている人がほとんどいませんでした。サンプリングがようやく一般的になってきた時期に、新たに登場した高価な音源に関心を向けるほどゆとりはなかったのかもしれません。またバブル崩壊後という時期も影響していたのかもしれません。
1996年 YAMAHA VL70-m 58,000円
ヤマハ公式サイトより引用
ウインドシンセ用の音源VL70-mはモノフォニックですが物理音源を採用していて、その表現力は期待できるもので、価格も魅力的でした。しかしウインドシンセの需要問題からか、もしくは使いこなしの難しさからか、ヤマハの商品ラインナップからウインドシンセが消えてしまいました。
2000年代に入るとヤマハは物理音源の製品を積極的にやらなくなってしまいました。 2020年にウインドシンセのデジタルサックスが発表されたときは、久々の物理音源かと思いましたが、残念ながらサンプリング音源でした。
今現在の物理音源搭載機種を調べてみると、エレクトーンのELS-02X、ELS-02Cには明記されていましたが、他は見当たりませんでした。再び積極的に取り組んで欲しいものです。
1994年 KORG WAVEDRUM
コルグ公式サイトより引用
コルグは、打楽器にも物理音源を搭載しました。物理音源はヤマハからのライセンスと、独自開発があるようです。物理音源はリアルタイムに音をコントロールできるため表現力がありますが、逆に、それだけアコースティック楽器に近く、演奏力が求められます。1994年のNAMMショーでのWAVEDRUMは、その演奏もあって新しい楽器の可能性を予感させましたが、価格からでしょうか、あまり普及しなかったようです。現在のWAVEDRUMは音源がサンプリングになってしまいました。下は同時期に出たモノフォニックシンセです。今はソフトウェアシンセとして復活しています。
1995年 KORG Prophecy MOSS音源 128,000円
コルグ公式サイトより引用
現在コルグは、上位機種のワークステーションに物理音源が採用されています。ただし複数音源を搭載していて、その中のひとつが物理音源という位置づけです。もはや音源の種類もプリセットのひとつとして扱う時代に来たのかもしれません。
Roland
ローランドは物理音源を積極的に採用しています。
ピアノはその特性からサンプリング音源が主流で、膨大なデータ量で勝負するようなところがあります。それに対して、あえて物理音源で勝負しているのがローランドです。
チェックしてみると、リアリティ・モデリング・コンサート音源、ピュアアコースティック・ピアノ音源、スーパーナチュラル・ピアノ・モデリング音源などなど……名前がいろいろありすぎで違いが微妙で説明もほとんどありませんが、物理音源であることは間違いなさそうです。
所有している電子ピアノがローランドの物理音源なのですが、サンプリング音源と比較しても嘘臭さはなくリアリティのある音になっています。他弦への共鳴や、サスティーンの長さ、打鍵の強さによる反応の変化、同時発音数制限なし、そして音色のエディットなど、サンプリングでは難しい部分が実現できています。
ROLAND ( ローランド ) / HP702-DRS 電子ピアノ
ソフトウェア物理音源 IK Multimedia
2000年代に入ってソフトウェア音源が作れるようになると、あちこちでソフト物理音源が登場し始めます。今では珍しくなくなり、IK Multimedia MODOBASSなどは、その実力が広く認められています。サンプリング音源では難しいニュアンスを出すことができます。
IK Multimediaにはドラム音源MODODRUMもあります。基本的に物理音源ですが、挙動が極めて複雑な金物系の音はサンプリングなので、ハイブリッド音源ということになります。将来的には金物も物理音源になると思いますが、PCの処理速度が重要なので、もう少し待つ必要がありそうです。ドラム音源はサンプリングが中心で容量が膨らむ一方なので、MODODRUMには期待したいところです。下のように物理音源らしくカスタマイズが可能なので、好みの楽器に調整する楽しさもあります。
基本的な物理音源のアルゴリズム
物理音源の仕組みですが、意外と古く1970年代から研究されています。スタンフォード大学で波動方程式を使用したアルゴリズムから始まり、Karplus-Strongアルゴリズムなどが誕生し、デジタル導波路合成によって効率化され、ヤマハによって商品化されました。
比較的有名なKarplus-Strongアルゴリズムは、Alexander Strong氏がアルゴリズムを考案、Kevin Karplus氏が分析するなどして共同で開発されました。 ファルタリングされたディレイラインに短いノイズ等の波形をループさせる方法です。ただ音程やサウンドが不安定な挙動になりやすく、扱いは難しいですが、逆に不安定さがリアリティにもつながっています。
Karplus-strong-schematic, CC BY-SA 3.0 (Wikipediaより引用)
このアルゴリズムに近い無料プラグインとしてu-he社 Triple Cheeseがあります。物理音源に興味がある人は、いじってみると面白いと思います。公式ではKarplus-Strongアルゴリズムと言っていませんが、combフィルタを使ったループによって音を作り出していますので、基本原理はKarplus-Strongにあると思います。3個のオシレータに上記のような回路が入っていると思われます。またOSO2とOSC3は他オシレータの共鳴装置としても使えるため、より物理音源的な発想で音作りができます。その原理から弦楽器や木管楽器的な音が得意で、他音源ではなかなか出せない独特なトーンがあります。
u-he Triple Cheese 無料
物理音源が登場してから30年経ちますが、ハードウェアの処理速度の問題もあったので、これから本領発揮となるでしょう。物理音源はサンプリング音源が苦手とする部分をフォローできる音源なので、うまく棲み分けも出来ると思います。
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