キング・クリムゾン新機軸を前に
今回のキング・クリムゾン特集は前回までが初期であり、今回からは後期に入ります。キング・クリムゾンは1981年リリースのアルバム『ディシプリン』以降2枚のアルバムを中期とし、2013年以降のクリムゾンを後期とする考え方など、諸説あります。
私は「ディシプリン」以降3枚のアルバムにはなじめませんでした。
英国人、ロバート・フィリップとビル・ブラッドフォードのバンドにアメリカ人のギタリスト、エイドリアン・ブリューとスティック・ベースを操るトニー・レビンの加入で、クリムゾンらしさが無くなり、別のバンドになってしまったという認識があります。
(英国発祥のロックのバンドにアメリカ人が入るとプログレでなくなるというのが私の持論です)
また、当時のロバート・フィリップ自身もクリムゾンの延長の音楽とは「別の位相」を『ディシプリン』に見出していたのではないかと考えられます。
私は1969年から1974年(『USA』ライブ盤リリースは75年)解散までの「英国人による英国ロックだったクリムゾン」を「前期」「後期」に分けることがキング・クリムゾンの音楽を検証する有効手段であると考えています。
キング・クリムゾンの構図としてフィリップと彼を取り巻くミュージシャン達との「前期」と、ロバート・フィリップという個のミュージシャンが強くなった「後期」とを分けることでクリムゾンの音楽が分かりやすくなるからです。
フィリップは「前期」のイアン・マクドナルドやピート・シンフィールドといった優秀なミュージシャンの影を引きずりながら4枚のアルバムを制作してきたはずです。(マクドナルドやシンフィールドを中心としたファーストアルバムは歴史的名盤)。
そしてフィリップは過去のメンバーを断ち切ることで4枚のアルバムを生み出してきました。
メンバーを入れ替えることがロバート・フィリップのバンドを維持する手法なのです。
今回はシンフィールドやマクドナルドの呪縛を断ち切ったフィリップ率いる「後期」キング・クリムゾン傑作を取り上げたいと思います。
ピート・シンフィールドなき新バンドの模索
ロバート・フィリップは4枚目のアルバム『アイランズ』リリース後、キング・クリムゾンのコンセプトを担ったピート・シンフィールドを解雇します。フィリップの頭にはもう、シンフィールドの存在は必要なかったのでしょう。それよりもファーストアルバムから4枚目までのアルバムと同一線上にある音楽を創造することの方が苦痛だったのかもしれません。『アイランズ』はメンバー間のギリギリのバランスから生まれた耽美的世界を紡ぎ出すことができました。しかしファーストアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』を超えるアルバムかといえばそうではありません。フィリップは誰よりもそれが分かっていたのだと思います。ファーストアルバムのような傑出したアルバムを作るのは困難であるという確信がピート・シンフィールの解雇であり、ひいては新生キング・クリムゾンの結成につながったと考えられます。
フィリップは4枚目までのあまりテクニカルでないベーシストやドラマー(グレッグ・レイクとマイケル・ジャイルスは別)ではなく高い演奏力のあるプレイヤーを探していたはずです。何故ならフィリップはこれまで以上にインプロビゼイション(アドリブ)にシフトしたバンドを想定していたからです。
■ 推薦アルバム:キング・クリムゾン『太陽と戦慄』(1973年)
キング・クリムゾン1969~1974年までの5年間で重要な位置を占めるアルバム。これまでの英国的美しさと決別し、新たな船出をした新生キング・クリムゾンが表現されている。
ロバート・フィリップは自分以外のバンドメンバーを刷新。ベースプレイヤーはファミリーからジョン・ウエットンを迎え、ドラマーはイエスのビル・ブラッドフォードが加入。新たにヴァイオリンプレイヤーのデビッド・クロスとパーカッションプレイヤーのジェイミー・ミューアが参加している。新たに加入した全てのミュージシャンがテクニシャンだ。
ボーカリストはベースプレイヤーのジョン・ウエットン。バンド解散までジョン・ウエットンが務めることになる。ウエットンもある種の哀感を表現するのに長け、新しいクリムゾンの世界を描き出している。
アルバムリリース直後に『太陽と戦慄』を聴いた際、違うバンドではあるがクリムゾンの音楽という認識を持った。ピート・シンフィールドなど、旧メンバー達からの呪縛を断ち切ったロバート・フィリップの想いが反映されている。その音はシンフィールドの世界観とは異なり、メンバーが作り出すクリムゾン的緊張感に溢れている。
アルバムの原タイトルである『Larks' Tongues in Aspic』は「雲雀(ヒバリ)の舌のゼリー寄せ」という料理らしく、実際のアルバムコンセプトとつながりはないとされる。「太陽と戦慄」という邦題はアルバムジャケットからレコード会社が考えたものなのだろう。
推薦曲:「太陽と戦慄パートⅠ、Ⅱ」
2013年以降のキング・クリムゾンのライブでも演奏されている後期キング・クリムゾンの代表曲。
パートⅠは新加入のヴァイオリニストであるデビッド・クロスの演奏が楽曲のムードを高めている。私は最初に聴いた際にヴィバルディの「冬」の導入部を想起した。緊張感のあるヴァイオリンのカッテング的な音列とディストーションギターが織りなす展開にロバート・フィリップの矜持のようなものを感じた。また、散発するメカニカルなフレーズのユニゾンは今聴くと81年リリースの『ディシプリン』的なピースも。
フィリップのギターカッティングを冒頭に幕を開ける「太陽と戦慄パートⅡ」はフィリップによる楽曲。この曲を聴くと『アイランズ』で聴けたギターのインプロビゼイションパートはこの楽曲につながっていることが分かる。ギターのインプロビゼイションと共にヴァイオリンのインプロビゼイションもふんだんに盛り込まれ、フィリップの演りたかった具現的な音を聴くことができる。またこのアルバムにはピート・シンフィールドの場所がないことも合わせて理解できる。フィリップはこのアルバムで「前期」のキング・クリムゾンと決別したといえる。
推薦曲:「土曜日の本」
キング・クリムゾンでは異色の楽曲。フィリップのギター伴奏が秀逸で、多くのアマチュアがコピーしている。楽曲としてはとてもいい曲であり、ジョン・ウエットンの歌唱も素晴らしい。もっとこの手の曲をクリムゾンには望みたかった私ではあるが、他のアルバムを聴いてみても位相が重なるような楽曲は見受けられない。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:ロバート・フィリップ、ジョン・ウエットン、ビル・ブラッフォード、デビッド・クロスなど
- アルバム:『太陽と戦慄』
- 曲名:「太陽と戦慄パートⅠ&Ⅱ」「土曜日の本」
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