マイルス・デイヴィスはジャズ界において最も成功した先進性を持ったミュージシャンでした。ジャズミュージシャンで一番リスペクトされるべき一人がマイルス・デイヴィスです。
今回のテーマはマイルス・デイヴィスとトミー・リピューマです。
トミー・リピューマは1986年、マイルス・デイヴィスがリリースしたアルバム「TUTU」をプロデュースしました。
偉大な歴史的ミュージシャンと歴史的プロデューサーがコラボするとどうなるのか?その答えを「TUTU」から探っていこうと思います。
マイルス・デイヴィスというミュージシャン
マイルス・デイヴィスは1926年、アメリカ中西部のイリノイ州に生まれます。父は歯科医、母は音楽の教師という裕福な家庭環境に育ちました。13歳の時、父親からの誕生日プレゼントがトランペットでした。高校在学中からライブハウスに出演するようになり、18歳の時にはディジー・ガレスピーやチャーリー・パーカーとの共演を果たします。
その後、ニューヨークのジュリアード音楽院に入学。チャーリー・パーカーと寝食を共にするところからマイルスのプロフェッショナル活動がスタートします。
マイルス・デイヴィスはジャズのメソッドに縛られることのないモード奏法を編み出すなど、常に新しい音楽への探求を続けました。ストレートアヘッドなジャズを貫く傍ら、4ビートジャズだけでなく、ファンクなど他ジャンルの要素を包含した音楽への試みにも余念がありませんでした。またアコースティック楽器にとらわれることなく、エレキギターやエレキベース、電気ピアノ、シンセサイザーなども積極的に音楽に導入しました。マイルスの音楽はマイルス自身による矜持を貫いた先に存在していました。それがマイルス・デイヴィスミュージックだったのです。
■ 推薦アルバム:マイルス・デイヴィス『TUTU』(1986年)

マイルス・デイヴィスがCBSからワーナー移籍後第一弾となった後期マイルスの傑作アルバム。デジタル全盛期にあり音的にもバリバリのデジタル臭がアルバムに蔓延している。しかし単なるデジタルサンプリング音を使った薄っぺらなアルバムかといえばそうではない。その音楽はマイルスそのものであり、荘厳なムードに包まれている。
そのムードを演出したのがトミー・リピューマの存在であったと私は考えている。
マイルスは自身のアルバムではなく他者のアルバムに参加をしても、そのアルバムがマイルス一色になってしまう程、影響力が強い。
キャノンボール・アダレイの「サムシン・エルス」というスタンダードの名曲「枯葉」が入った名盤がある。名義はキャノンボールであるものの、マイルスがメンバーに名を連ねている。そのアルバムはマイルスの存在しか感じないのである。マイルスが参加をすればアルバムをマイルス色に染め上げてしまうのがマイルス・デイヴィスというミュージシャンだ。
このアルバム「TUTU」はベースとなるトラックを盟友であるベーシスト、マーカス・ミラーが制作している。マーカス・ミラーの打ち込みによるトラックの上にマイルスお得意のミュートトランペットを乗せ、完成させたアルバムだ。マーカスとの共作とも言えるこの「TUTU」、しかしどういう角度から聴いてもマイルス・デイヴィスのアルバムなのだ。
アルバムタイトルとなった「TUTU」はデズモンド・ムピロ・ツツという反アパルトヘイト運動の旗手で1984年にノーベル平和賞を受賞した運動家をタイトルにしている。
こういった名付けはマイルスお得意の手法。自身の楽曲でも「ジョン・マクラフリン」(ギタリスト)、「ジャン・ピエール」(写真家)といった固有名詞をタイトルにしていることから、その延長線上にあるものと推測される。
アルバムのアートワークもこのアルバムのムードを高めることに寄与している。マイルスを撮影したのはファッション写真家の巨匠、アービング・ペン。マイルスの超アップショットはこのアルバムにおけるマイルスの存在を強調できる唯一無二の構図といえる。裏ジャケットの写真を見ても只者ではない妖しいムードを放っている。こんなアルバムジャケットの写真があっただろうか。しかも白黒(B&W)の写真である。あえてカラーではなく白黒写真で勝負している。そんなことができるのは広告、ファッション写真の巨匠であるアービング・ペンかヘルムート・ニュートン(ミッシング・パーソンズ/「ライム&リーズン」アルバム写真撮影)、リチャード・アベドン(アル・ジャロウ/「THIS TIME」アルバム写真撮影)くらいのものだろう。対象の持つ圧倒的な存在感とパワーがアルバムジャケットに定着されている。

< ヘルムート・ニュートン撮影 >

< リチャード・アベドン撮影 >
そういう意味でこのアルバムはかなり練りこまれたプロジェクトであり、制作費用も相当なものであったことが想像できる。
出てくる音も当時流行したデジタルシンセサイザーやサンプリングシンセサイザーなど、デジタル系の機材が使用されている。実際のライブでもヤマハのデジタルシンセサイザーDX7やローランドのD-50など、日本製のベストセラー機材がバンドメンバーにより演奏されている。
マイルス・デイヴィスはジャズという音楽には執着はなかった。マイケル・ジャクソンの「ヒューマン・ネイチャー」やシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」などのポップソングも抵抗なく取り上げた。マイルス・デイヴィスが音楽に対し境界線を設けなかったことが分かる事実だ。
このアルバムにどういう形でトミー・リピューマが関わったのかを知る由もないが、1つ言えることはマイルスのアルバムに漂うムードに加え、冒頭で書いた通りある種の「荘厳」さがこのアルバムにはあることだ。この「荘厳」を演出したのがトミー・リピューマであったと私は考えている。マイルス色に加えて最先端の音、時代を取り入れ、そこに格調やラグジュアリー感、荘厳さを纏わせたのはトミー・リピューマでしかできない技だったのだ。
推薦曲:「TUTU」
アルバムのタイトル通り、反アパルトヘイト運動家であるデズモンド・ムピロ・ツツに捧げたアルバム。私のバンドでもこの曲をコピーした。
このメロディラインは一体何処から出てくるのだろうという感想をもった。今までに聴いたことのないメロディ。冒頭に鳴るサンプリングの代表的なサウンド、「オケヒット」。一歩間違えばチープな印象しか残さないこの音が重厚さを演出し、楽曲に荘厳さを与えている。その向こう側に御大、トミー・リピューマの存在を見るのは私だけではないはずだ。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:マイルス・デイヴィス、マーカス・ミラーなど
- アルバム:「TUTU」
- 曲名:「TUTU」
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