ボサノバ・ジャズ
前回までは日本におけるボサノバをベースにした音楽を検証、ご紹介をしてきました。
今回は日本から世界に目を向け、ボサノバ・ジャズを取り上げます。
ジャズはある種の緊張を強いる音楽。それがいいのですが…
ジャズ、特にビバップやハードバップジャズなどを聴く場合、聴き手側にはある種の緊張感が強いられます。その緊張感がジャズのいいところでもある訳です。
ビバップのようなジャズでは楽曲のコードに合わせた音階スケールが存在し、そのコード進行にのっとったアドリブ演奏が必要になります。
例えばジャズの大原則としてコード進行がⅡm7-V-1(ツー・ファイブ・ワン)の場合はDm7-G7-CmのコードですとDm7はDのドリアンスケール、G7はGのミクソリディアンスケール、Cmはイオニアンスケールで弾かなくてはならないという決まりがあります。こういったコードに対するスケール選択のメソッドに沿うことでメロディにジャズらしさ、緊感が生まれます。
マイルス・デイビスはこういった縛りから逃れるためにモードなる手法を考え出したりしていますが、ジャズのイイところは心地よい緊張感ですから、それを取り払う必要があるかどうかは別な話です。異なるスケールで弾けば異なるメロディラインが生まれる。そういう話だと思います。
マイルスの音楽にはモード時代でも十分な緊張感はありますし、コードに対する音列の縛りよりも自由を優先したのだと思います。マイルスをテーマにした映画「マイルス・アヘッド」では若いミュージシャンのソロに対し、「あのE♭の音は使うな」などと文句をいっていることから、音楽的には厳しかった人なのでしょう。
私がジャズをかじり出した時に、マイルス・デイビスの名盤「カインド・オブ・ブルー」にクレジットされている「フレディ・フリーローダー」の譜面を渡され、演奏をしました。B♭のブルースです。スケールなど殆ど知らない私はキーがB♭だった為、B♭のブルーノートスケールで演奏しました。その途端、バンドのメンバーから「ブルーノートスケールではなく、ミクソリディアンで弾いてくれないかな」と言われました。
「ミクソリディアンスケール…って何ですか?」と聞いたのがジャズ入口の始まりでした。実際、ミクソリディアンで弾くとブルーノートの重い感じではなく、浮遊感のあるアドリブになりました。音楽とは不思議なものです。
ひたすら癒される空間を作り出す音楽、ボサノバ
私はビバップもハードパップも大好きですが、緊張を強いられる音楽だけでなく、リラックスできる音楽が聴きたいと思う日もあります。最近は後者の方が多いです。
ジャズでリラックスできるアルバムはそう多くはないと思います。「1958マイルス」はビバップでありながら、さっぱりとしていてリラックスできるアルバムではありますが…。
ジャズ的リラックスミュージックを探すのであれば、ボサノバを素材にした音楽は緊張を強いませんからボサノバでジャズの切り口を持ったアルバムを探すのがいいと思います。そこでご紹介したいのが以下のアルバムです。
■ 推薦アルバム:ポール・デスモンド『ボッサ・アンティグア』(1964年)
ボール・デスモンドの演奏はなんといっても暑苦しくない事、さっぱりしている事。
黒人臭さがない事など、多くありますが、デスモンドの放つアルト・サックスの音色は素晴らしいの一言。その美しい音色と聴き手を強制しない音楽の居住いの良さがこのアルバムを支えている。デスモンドの音とボサノバの親和性はこのアルバムを作る為にあったのではないかと思える程。
デスモンドを支えるのがギタリストのジム・ホール。ホールの演奏もデスモンド同様。リラックス感を演出する大きな材料になっている。
ポール・デスモンドはピアニスト、デイブ・ブルーベックのカルテットの人気サックス奏者。楽曲「TAKE5」などを聴くとブルーベック自身のピアノ押しが強く、ゴリゴリとしていた。そういう意味もあり、ブルーベックのピアノの上をヒラヒラと舞うようなサックスがバンドとして必要だったのではないかと想像する。
一方、このアルバムにはピアニストはおらず、サックス、ギター、ベース、ドラムのカルテット。コード楽器はギターが担っている。デスモンドがゴリゴリのブルーベックピアノを嫌ったのか、同じフォーマットでボサノバを演奏してもしようがないと思ったのかは定かではない。しかし、ピアノレスによってデスモンドのアルト・サックス際立っているのは間違いない。
推薦曲:「ボッサ・アンティグア」
ポール・デスモンドの作ったボサノバ・ジャズの傑作。メンバーはデスモンドの他、Jim Hall – Guitar、Gene Cherico – Bass on Track 08、Eugene Wright – Bass on Tracks 01 to 07Connie Kay – Drums。冒頭のテーマメロディーが聴こえた刹那、デスモンドの音楽に引き込まれる。サポート役のジム・ホールのギター・ソロも素晴らしい。決して前にでるのではなく、そこはかとないバッキングの延長に絶妙なソロが控えている。目立ちがり屋のゴリ弾きギタリスト聴かせたい名演奏だ。
推薦曲:「サンバ・カンティーナ」
ポール・デスモンドは評論家からは、軽すぎる、想像性に欠けるなどと言われてきた。音楽的に卓越していなければ「ボッサ・アンティグア」やこの「サンバ・カンティーナ」の様な美しいメロディは絶対に書けない。他者にはない音色と音楽的スキル、それを表現できる人脈など、多くの条件を揃える力があればこその演奏。人の心にそっと忍び寄ってくる名曲。
今回取り上げたミュージシャン、アルバム、推薦曲
- アーティスト:ポール・デスモンド、ジム・ホールなど
- アルバム:「ボッサ・アンティグア」
- 曲名:「ボッサ・アンティグア」「サンバ・カンティーナ」
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